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現役時代に高収入であっても「老後破産」は決して他人事ではありません。68歳の隆さん(仮名)も、年金退職金ともに潤沢な老後資産があったにもかかわらず「まさかの出来事」により老後破産危機に陥ってしまいました……。株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、事例をもとに「老後破産危機」の対策・予防策を解説します。

たとえ富裕層でも…「老後破産」は決して他人事ではない

日本弁護士連合会消費者問題対策委員会の「2020年破産事件及び個人再生事件記録調査」によると、「破産」が60歳以上が全体の約26%を占めており、高齢者の老後破産は意外に多いことがわかります。

破産理由として最も多いのは「生活苦・低所得」で、全体の約6割を占めています。しかし、老後破産に陥る理由はさまざまです。

病気になり、自宅を売却してもローンが返せないケース

定年前に病気を患い仕事ができない状態になると、収入源がなくなり生活が苦しくなるケースがあります。

自宅を所有している場合、定年後も住宅ローンの返済が続くケースが多く、定年後も働き続ける前提でプランを組む人がほとんどです。そのため、まだ年金がもらえない年齢で無職となると、ローンの返済をはじめとした生活費で預貯金がどんどん減っていきます。

回復後、再就職するために就職活動をするも雇用が叶わず、アルバイトでなんとかしようとしても、アルバイトと年金だけでは住宅ローンの返済は叶いません。

背に腹は代えられないと、せっかく購入したマイホームの売却を決断しても、売却して住宅ローンを完済できればいいですが、ローンが残ってしまうこともあります。

また、自宅を売却してしまうと新たに賃貸住宅を借りる必要があり、月々の家賃負担が発生します。

現役時代の高い生活水準を落とせないケース

現役時代に高収入である場合、老後破産とは無縁であるかと思われがちですが、収入に比例して生活水準も高くなるケースが多くあります。

現役で稼いでいるあいだはいいものの、定年を迎えたとたん、ほとんどの場合収入は大幅に減少します。

老後の収入に見合った生活水準に下げられれば問題ありませんが、月々の赤字を認識しつつも生活水準を下げることができなかった結果、老後破産に陥るというケースが少なくないのです。

このほかにも、多額の資産を持ちながらも老後の生活が立ち行かなくなり「老後破産危機」に陥るケースがあります。隆さん(68歳)と洋子さん(67歳)夫妻も、「まさかの出来事」から老後破産危機に陥ってしまいました。

退職金年金も潤沢…幸せな夫婦を襲った「まさかの出来事」

隆さん(68歳)と洋子さん(67歳)夫妻は、職場で出会い、約40年前に結婚。現在2人暮らしです。隆さんと洋子さんはともに公務員であったため、退職金を含めた預金は約5,000万円、年金は月に約32万円と、金銭的な不安とは無縁の“勝ち組夫婦”でした。

1年ほど前、暇を持て余していた隆さんは、ある日みたテレビ番組をきっかけに、料理にハマったそうです。以来、食事は隆さんが毎食作るように。洋子さんは「楽になったわ」と喜んでいたものの、毎日のルーティンがなくなり、ボーッとテレビを見る時間が増えました。

しばらく経ったころ、洋子さんに異変が起こります。外出しようとしたこと自体を忘れる、トイレ使用後に水を流していない、ティッシュのストックがあるにもかかわらず、買い物のたびに購入してくるため物置がティッシュで溢れかえる……。

明らかに何かがおかしい洋子さん。しかし、隆さんは「いやいや……まさか、ウチの妻に限ってそんなこと」と素直に認めることができず、気にしないフリを続けていました。

しかし、洋子さんの症状はますます顕著に現れるようになります。さすがの隆さんも「これはもうダメだ。病院にいかないとまずい」と、夫婦で病院へ。その結果、隆さんの予想どおり「認知症」の診断がおりました。

長年、お金の管理を妻に任せていた隆さんは、「預金は妻の名義だし、キャッシュカードの場所も暗証番号もわからない……どうやって生活していけばいいんだ!」とパニックに。藁にも縋る思いで、かねてからの知り合いであったファイナンシャルプランナーのもとへ相談に訪れました。

家族が認知症に…口座凍結されるのはいつ?

原則、名義人が認知症であることがわかると、銀行によって預金口座は凍結されます。ただし、医師から認知症を告知されたその瞬間に口座が凍結されるわけではありません。

具体的には、名義人が銀行の窓口で自分の生年月日や住所を答えられなかったり、会話の応答ができなかったりと、認知症であると銀行が判断したときに口座が凍結されるケースが多いです。

そのため、必要があれば本人の意思能力が低下する前に、あらかじめまとまった金額を出金するなどの対応をとっておく必要があります。

“気づかないフリ”を続けた隆さん…残された選択肢は

キャッシュカードが手元にあり、暗証番号がわかっていれば、ATMを利用してお金を出金することは可能です。しかし、隆さんは現状、カードの在りかも暗証番号もわからない状態です。

洋子さんが窓口で行員と問題なくやりとりができれば出金はできますが、もしそれが難しい場合には、「成年後見人制度」を利用することで必要なお金を出金することができます。

ただし、成年後見人は被後見人(今回の場合は洋子さん)のために財産管理を行うため、洋子さんのお金を隆さん自身のために使うことには制限がかかります。

洋子さんが認知症とわかる“前”にできた「3つ」の対策

FPから説明を受け、成年後見制度を利用すれば預貯金を引き出せることがわかり、ひとまず安心した隆さん。

しかし、できれば洋子さんが認知症の診断を受ける前に次の備えをしておくと、よりスムーズでした。

1.「エンディングノート」の活用

認知症になった場合や、介護が必要になった場合に備えて、必要な情報をあらかじめノートなどに記載し、家族間で情報共有しておけば、いざというときもあわてずに対応することができます。

今回の事例であれば、洋子さんのキャッシュカードの保管場所と暗証番号をノートに控えていれば、隆さんはそれほど慌てることはなかったかもしれません。

2.「代理人カード」を作成する

本人が元気なうちに、「代理人カード」を作成しておくことで、名義人に代わってATMなどで預貯金の入出金が可能となります。洋子さんが認知症になっても、口座から生活費を出金することができました。

3.「予約型代理人サービス」「代理人指名手続」

名称はさまざまですが、代理人(原則は親族)が本人に代わって銀行でのさまざまな手続きが可能となるサービスも存在します。

たとえば、円預金の入出金、外貨預金や投資信託など運用性商品の売却、住所・電話番号変更、残高証明書発行などができます。口座名義人である本人が元気なうちに手続きをする必要がありますが、費用は無料です。

経済的なゆとりも「病気」には勝てない…“もしもの事態”に備えを

経済的にゆとりがあっても、病気になってしまうと状況が一変します。認知症は一緒に生活している家族からすると気づきにくく、気づいても受け入れがたいものです。「まさか認知症になるなんて」「どのように関わればよいのかわからない」という声はよく聞かれます。

機会があれば「認知症サポーター養成講座」などを受講しておくと、認知症に対してどのように対応すればよいのか基本的なことを知ることができます。今回の事例のように老後破産の危機に陥らないためにも、介護や認知症の情報を集めて備えをしておきましょう。

武田 拓也
株式会社FAMORE
代表取締役