人間はお互いのことを名前やあだ名で呼び、時にはペットや身近な動物に名前を付けています。ケニアのサバンナに生息するアフリカゾウの鳴き声を分析した新たな研究では、野生のゾウが「独自の名前」を持っており、この名前を使ってお互いを呼び合っていることがわかりました。

African elephants address one another with individually specific name-like calls | Nature Ecology & Evolution

https://www.nature.com/articles/s41559-024-02420-w



African elephants address one another with name-like calls − similar to humans

https://theconversation.com/african-elephants-address-one-another-with-name-like-calls-similar-to-humans-232096

Elephants call each other by name, study finds | Zoology | The Guardian

https://www.theguardian.com/science/article/2024/jun/10/elephant-names-study-ai

コロラド州立大学の行動生態学者であるマイケル・パルド氏は長年にわたり野生のアフリカゾウを研究する中で、「アフリカゾウは名前のような鳴き声を使ってお互いに呼びかけているのではないか」と考えるようになりました。しかし、これまでアフリカゾウの鳴き声に名前が含まれているのかどうかを検証した研究はなかったとのこと。

そこでパルド氏らの研究チームは、ケニアのサンブル国立保護区とアンボセリ国立公園で1986〜2022年にかけて録音されたアフリカゾウの鳴き声を機械学習モデルで分析し、鳴き声の中に「名前」と思われるものが含まれているかどうかを研究しました。

ゾウの鳴き声といえば「パオーン」という大きな音を想像する人も多いかもしれませんが、実際には鳴き声のほとんどが「ランブル音」と呼ばれる、部分的に人間の可聴域を下回るほどの低周波音です。研究チームは、名前はこのランブル音に含まれている可能性が高いと考え、分析もランブル音に着目して行われたとのこと。

分析では、機械学習モデルに対して鳴き声の特性を表す数値を与え、各鳴き声がどのアフリカゾウに向けられたものなのかを教えました。モデルはこの情報に基づいて、特定の個体に向けられた鳴き声のパターンを学習し、続いて別の鳴き声サンプルから「この鳴き声はどの個体に向けられたものなのか」を予測しました。なお、モデルのトレーニングには99頭の個体が発した、合計437件の鳴き声が使用されたそうです。



研究チームが開発したモデルは、全体の27.5%で鳴き声の受け手を識別することに成功しました。これはランダムに推測した場合よりもはるかに優れた数値であり、少なくとも一部のランブル音に「意図した受信者を識別できる名前のような要素」が含まれていることを示唆します。

しかし、この結果だけでは「鳴き声を出す個体によって固有の音声パターンがあり、その個体がどの個体に最も話しかけやすいのかという傾向から、鳴き声を受けた個体を推測した」という可能性も捨てきれないため、アフリカゾウの鳴き声に名前が含まれている十分な証拠とはいえません。

そこでパルド氏らがさらに鳴き声を分析したところ、同じアフリカゾウの鳴き声であっても受け取る個体によって類似度が違うことを発見しました。つまり、鳴き声を出した個体に固有のパターンがあるのではなく、鳴き声の受信者側に固有の要素がある可能性が高まりました。

さらに研究チームは、「鳴き声を受け取るアフリカゾウが自分の名前に反応できるのか」を調べるため、17頭のゾウに対して名前が含まれていると思われる鳴き声を聞かせる実験を行いました。実験の様子は以下の動画で見ることができます。

Scientists Call Elephant by Name, and She Calls Back - YouTube

研究チームが離れた場所から、名前が含まれると思われる鳴き声をアフリカゾウに聞かせます。



すると、ゾウは耳を大きく広げ、パタパタと振って鳴き声に反応しました。確かにゾウが名前に反応してこちらを見たように感じます。研究チームによると、ゾウが自分の名前が含まれている鳴き声を聞くと、そうでない鳴き声と比較して平均128秒早く鳴き声の発信源に近づき、平均87秒早く鳴き声を返し、2.3倍の量の発声をしたとのことです。この結果は、アフリカゾウが文脈に関係ない鳴き声であっても、その鳴き声が自分に向けられたものだと判断できることを示唆しています。



名前を含んだ鳴き声を発すると思われているのはアフリカゾウだけではなく、過去にはバンドウイルカやオウムも個体を識別する「コールサイン」を持っていることが報告されています。しかし、バンドウイルカやオウムの場合は聞き手の鳴き声を模倣したものをコールサインに利用しており、聞き手の鳴き声との類似性がないアフリカゾウのケースは珍しいとのこと。

パルド氏は、「興味深いことに、アフリカゾウが特定の聞き手に向けた鳴き声は、他の個体に向ける鳴き声と比較して、聞き手の鳴き声に類似していないことがわかりました。この発見は、アフリカゾウは単に相手の鳴き声をまねる他の動物とは異なり、人間と同じように互いを呼び合う可能性があることを示唆しています」と述べています。

今回の研究結果は、アフリカゾウが複雑な社会を構成する上で個体を名前で識別する必要があり、アフリカゾウが抽象的な思考能力を持っていることを示唆するものです。パルド氏は、アフリカゾウの鳴き声がどのように発達したのかを調べることで、人間の言語の進化に関するヒントが得られる可能性があると主張しました。