Netflixは元々、DVDの宅配販売・レンタルを行なう会社だった(写真:metamorworks/PIXTA)

東証がPBR(株価純資産倍率)が低迷している上場企業に対し改善要請を強化したことから、「ROE(自己資本利益率)を高める経営」が再注目されている中、企業の成長には「会社としてのカルチャー」が重要な役割を果たすという。アメリカの投資ファンドでアナリスト等を歴任した森憲治氏が、長期投資の視点から、企業価値を高め、国内外の投資家から評価される会社になるための「起業家精神」について考察する。

※本記事は森氏の著書『米国の投資家が評価する「良い会社」の条件 クオリティ投資の思考法』から一部抜粋・再編集しています。

株式市場との長期的な信頼関係は欠かせない

投資家としてさまざまな会社のマネジメントや従業員と対話していると、業界および個々の会社のカルチャーは本当に幅の広いものであると認識できる。

起業家精神にあふれ株式市場との対話に積極的な会社もあれば、技術者集団であり研究開発には興味があるものの株式市場との対話にはまったく興味を持っていない会社も存在する(ミーティングをセッティングするために連絡をとっても、返事すら返ってこない会社も多々存在する)。

長期投資家の目線からすれば、いちばん大事なのは本業で成長していけるか否かであることから、一概に株式市場との対話に積極的でない会社が悪いというわけではない(むしろ本業で大事なことがあるのであれば、そちらを優先すべきだ)。

しかし、ある一定の信頼関係を株式市場と構築できなければ、その企業の株価は低迷し、企業価値が減少していくことで、本業に必要な資金調達がむずかしくなるなど、本業に支障をきたす状況へつながる。他社に買収されてしまうことすら考えられよう。

株式市場から正当な評価を得て、本来成し遂げられるべき成長を実現していくためには、会社が株式市場と長期的な信頼関係を築いていくことが極めて重要となる。ここでは、そのような関係を築いていくためにどのようなコーポレートカルチャーが求められるかについて、何点か取り上げたい。

ネガティブな情報ほど積極的に開示すべし

会社の誠実性

会社のマネジメントやIR担当者は、当然、自分の会社の株価を上昇させたいというインセンティブがある。そのため、会社の業績や、新しい商品やサービスの開発状況、ESGへの取り組みなど、基本的にはできるだけ良い情報を強調して、悪い情報についてはできる限り触れないようにする傾向がある。

投資家としては、もちろんポジティブな話を聞きたいので、その場では会社のマネジメントやIR担当者の話を聞いて満足することになるが、後になってその話がポジティブな面を誇張したものであることに気づいた場合、「あの会社は誠実ではない」と判断されてしまう可能性がある。

投資家は、日常的に他の投資家と情報交換をしており、「あの会社は誠実ではない」という話が広まってしまうと、それが株式市場全体の共通認識となってしまう可能性すらある。そのようなリスクを避けるためには、ポジティブな話だけではなく、ネガティブな話も含めて、誠実にコミュニケーションを行なうことが重要だ。

以前、欧州の広告会社のマネジメントとミーティングをした際の話を取り上げたい。

その広告会社は、紙ベースの広告を駅やバス停などの人の目につくところに出すことによって、広告主から収益を得るビジネスを経営していた。ところが、この十数年のあいだに、広告の主戦場はインターネットに場所を移し、フェイスブックやグーグルに広告業界におけるシェアを奪われる状況が続いていた。

その会社に「この先10年を考えたときのチャレンジは何か?」と質問をしたところ、そのマネジメントは(1時間のミーティングのうち)30分を費やして、会社が置かれている現状、いまアクションをとらなければどのような深刻な状況に陥るか、といったネガティブな状況を包み隠さず説明したのだ。

多くの会社のマネジメントが、できるだけ素早くポジティブなトピックに話題を移すのと比べ、大きく違う印象を受けた。

投資家としてはポジティブなことだけを聞いて後で後悔するよりも、ネガティブなことも含め会社を理解したうえで、長期的な関係を築いていきたいという気持ちが強い。投資家と困難を共有し、一心同体で困難に立ち向かっていくようなスタンスでコミュニケーションを行なうことで、より強固な信頼関係が構築できるように思う。

実際のお金の動きは噓をつけない

会社の永続性

投資家として長期的に投資をする大前提として、マネジメントが長期的な目線でビジネスを行なっているかを検討している。

会社が長期的な目線を持っているか否かは、ミーティングをして質問を行なうだけでは把握することがむずかしい。口先だけなら誰でも長期的な成長を重視していると言えてしまうためだ。

そのため、会社が稼いだ現金を実際にどのようにアロケーション(予算配分)しているかを見ることが重要であると考える。実際のお金の動きは嘘をつけないからだ。

たとえば、短期的な利益を向上させる目的で広告宣伝費や研究開発費を削り、それを役員へのボーナスとして分配してしまうのであれば、長期的な会社の成長よりも短期的な個人の利益が優先されるカルチャーが存在するのではないか、と考えてしまう。

また、短期的な規模の成長を重視して、投資リターンの低い買収を繰り返す場合には、それも長期的な会社の成長よりも短期的な成果を上げるために行なわれている可能性が高い。

長期的な目線で投資を行なう投資家は、短期的には成果にならないものの長期的な成果につながるような支出(広告宣伝費、研究開発費、人材育成など)にどれくらいお金を割り振っているかを把握し、その会社のマネジメントが将来の持続的な成長をどれだけ重視しているかを評価している。

また、会社がどのような賞与体系を構築しているかを確認することも有益だ。

短期的な成果を重視した会社であれば、比較的短期的な売上や利益の金額にボーナスの金額がリンクした賞与体系になっているかもしれない。一方で、長期的な成果を重視した会社であれば、長期的な株価の上昇に連動した内容になっていたり、長期的な企業価値の向上(たとえば将来のROEの水準)にリンクした賞与体系を採用していたりするかもしれない。

なお、ここでは「マネジメントが会社の永続性を重視していないのでは?」との疑念を抱かせるケースとして、会社内部者による自己株式の売却についても触れたい。

会社の内部者が「自社の株を売る」ことの意味

会社内部者は、会社のことをいちばんよく知っている人たちであり、その人たちが自社の株を売るということは、「会社の将来に何か問題があるのでは」という極めてネガティブなメッセージを株式市場に送ってしまうことが多い。

もちろん、創業経営者が株式市場での上場基準をみたすために株式を売却する必要があるなど、合理的な理由がある場合は別であるが、売却のタイミングやコミュニケーションの仕方に十分気を配る必要がある。

実際に起こったケースとして、期待外れな決算発表をする数カ月前に自社株を売却したマネジメントに遭遇したことがある。期待外れな決算発表の前には、そのマネジメントはポジティブな発言をしており、高い株価で彼らは自社株を売却することができた。その後、決算発表後に株価は暴落することになった。

このようなマネジメントは、会社の永続性よりも、短期的な自分の利益を優先していると言わざるを得ず、市場からの信頼を大きく失うことになる。

会社の起業家精神

進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」という名言を残した。これは企業にも当てはまるものであり、将来を見据え、先手先手で新しい事業に投資を行なわない限り、成長を持続していくことは困難である。

動画ストリーミングサービスのNetflixはその最たる例といえる。

Netflixは元々、DVDの宅配販売・レンタルを行なう会社であった。共同創設者のReed Hastingsは、「人々は将来的にインターネットで動画を観るようになるはずだ」と確信し、2007年にインターネットでの動画配信を始めた。

起業家精神の浸透が「明暗」の分かれ道

その後、自らがコンテンツ制作に携わることを決定し、2011年には大ヒットシリーズのHouse of cardsを生み出し、Netflixの登録者を大きく成長させることに成功した。いまでは、フェイスブック、アマゾン、グーグル等とともにグローバルIT企業の仲間入りをしている。


一方、Netflixのライバルで、一時は全米各地に3000店舗を展開していたDVDレンタルチェーンのBlockbusterは、動画ストリーミングサービスの普及によって2010年に倒産に追い込まれた。マネジメントが、インターネットの普及と消費者の嗜向の変化をうまく捉えられなかった結果といえよう。

新しい事業をスタートすることにはリスクが伴う。リスクを極端に嫌がる企業は、目先の数年は生き残りが可能であるが、長期的に存続していくことはむずかしい。

投資家として会社の起業家精神を判断するうえでは、CEOとの面談を重視している。面談のなかでは、CEOが時代の変化を捉えようとしているか? 新しい挑戦を行なう姿勢を持っているか? それを会社全体のカルチャーとして普及させる努力を行なっているか? 従業員の起業家精神が適切に評価される仕組みが構築されているか? といった点を確認する。

また、CEOのみならず従業員の方と対話をするのも有益だ。従業員の方は、当然、投資家とのコミュニケーションのプロではないため、会社のカルチャーをありのままに反映していることが多い。起業家精神が浸透している会社と、浸透していない会社とでは、従業員の方の話の熱量に大きな違いを感じることができる。

(森 憲治 : 公認会計士、米国証券アナリスト)