MS、Nvidia、OpenAIが「反トラスト法」で調査対象に…世界的「生成AIブーム」の裏で何が起きているのか?

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時価総額世界第1位と第2位の巨大企業が

世界的な生成AIブームをけん引するマイクロソフト、Nvidia、そしてOpenAIが反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで米国の司法省とFTC(連邦取引委員会)から調査を受けることになったと、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリートジャーナルなどが報じた。

●U.S. Clears Way for Antitrust Inquiries of Nvidia, Microsoft and OpenAI(New York Times, June 5, 2024)

●FTC Opens Antitrust Probe of Microsoft AI Deal(The Wall Street Journal, June 6, 2024)

もちろん、現時点ではまだ提訴されると決まったわけではないが、特にマイクロソフトとNvidiaは現在、時価総額で世界第1位と第2位の巨大企業であるだけに、株式市場をはじめ実際に提訴されたときの衝撃は大きいだろう。

対象となる企業のうちNvidiaの調査は司法省、マイクロソフトとOpenAIの調査はFTCが担当することになったという。それにしても、これらIT企業の一体どんな行為が市場での公正な競争を妨げると疑われているのだろうか?

IT各社へのGPU分配基準と排他的なソフト開発環境

まずNvidiaに関しては2つある。

OpenAIのChatGPTやグーグルのGeminiをはじめ生成AIの開発に必須とされるのがGPU(Graphics Processing Unit)と呼ばれる高速プロセッサだが、Nividiaは世界のGPU市場で8割以上のシェアを握っている。ほぼ独占に近い状態と言えるだろう。

最近の世界的な生成AIブームの中で、それを開発するIT企業の間で、このGPUの激しい争奪戦が起きている。これに対しNvidiaはどのような基準でこれらIT企業にGPUを分配しているのか?――これが司法省による調査項目の一つとなっている。

つまり同社が市場における独占的な地位を利用して、取引先に無理難題を押し付けていないか? それを受け入れた会社には優先的にGPUを供給する、といったことをしていないか?――恐らく、こうした疑いについて調査するのであろう。

もう一つは、NvidiaがGPUと共に提供する「CUDA(クーダ)」と呼ばれるソフトウエアに関する調査だ。CUDAは同社が2006年頃に開発した並列処理計算プラットフォーム、つまりソフトウエア開発環境だ。

現在、生成AIなど先端的なディープラーニングのシステムを構築する際には、このCUDAとその上で稼働するPyTorch(パイトーチ:フェイスブックが提供する機械学習ライブラリ)がデファクト・スタンダード(事実上の業界標準)になっている。

これらの開発環境はNvidia製のGPU上でしか使えないため、たとえインテルやAMDのような大手半導体メーカー、ましてや弱小のスタートアップ企業などが優れたGPUを開発・製品化したとしても、それらが実際にソフトウエア開発者から使ってもらえる可能性は極めて小さい。

なぜなら、生成AIを開発する研究者や技術者の誰もがCUDAやPyTorchを使っており、その上に膨大なソフトウエア資産も形成されてしまったからだ。エンジニアにしてみれば、いまさら他の物を使えと言われても、CUDA(つまりNvidia製のGPU)を使う以外に選択肢はないのである。

こうした排他的なソフト開発環境が、GPU市場における公正な競争を妨げているのではないか?――これを司法省は調査すると見られている。

スタートアップ企業を買わずに手に入れる方法

一方、マイクロソフトについては、生成AIを開発する一部スタートアップ企業との不透明な関係がFTCによる調査対象となっている。

今年3月、米国で「パイ(PI)」と呼ばれるチャットボット(ChatGPTのような生成AIの一種)を開発・提供する「Inflection AI」というスタートアップ企業の創業者・CEOのムスタファ・スレイマン氏が、突如同社の職を辞してマイクロソフトに入社し、そのAI開発を指揮していくことになった。

同氏は(グーグル傘下で囲碁の世界チャンピオンに勝ったアルファ碁を開発したことで知られる)英ディープマインドの共同創業者として知られる。

このように、有能なAI研究者としても知られるスレイマン氏だが、彼の後を追うようにInflection AIの従業員(研究者、技術者)たちも続々とマイクロソフトに入社した。こうして主力エンジニアのほとんどはマイクロソフトに移籍したと見られている。

しかも、残された従業員が働くInflection AIは今後、マイクロソフトと提携して生成AIの技術を同社にライセンス提供していくことになった。これではマイクロソフトが事実上Inflection AIを買収するのと同じではないか、と見られている。

それまでInflection AIの業績は芳しくなかったため、スレイマン氏をはじめマイクロソフトに移籍した研究者、技術者らはホッとしている。一方、マイクロソフトにしてみれば、世界的な生成AIブームの中で希少資源とも言える有能なAI研究者を多数確保できて良かった、ということになる。

しかし、それならなぜ、マイクロソフトはInflection AIをスッキリ買収しなかったのか?

その理由は、もしも本当に買収してしまえば、反トラスト法つまり独占禁止法に抵触すると考えたからであろう。その網をかいくぐるために、あえて「不自然な雇用形態」という策を弄したのではないか?――この点を今後、FTCは調査していくことになるのだろう。

「悪魔に魂を売った」と言われたOpenAI

これと同様の嫌疑は、マイクロソフトとOpenAIの関係にも向けられている。

マイクロソフトがOpenAIへの10億ドルの初期投資を決めたのが2019年7月のことだ。それから間もなく20億ドルを追加して総額30億ドル(当時の為替レートで3000億円以上)の巨額投資となった。

この段階では、当時まだ無名のOpenAIの技術力を発掘したという点で、マイクロソフトには先見の明があったと高く評価されている。が、2023年早々にChatGPTが一大ブームを巻き起こしてOpenAIが有名になると、マイクロソフトは同社への実に100億ドルの追加投資を決め、総額130億ドル(同1兆7000億円以上)もの巨額出資となった。

この時点でマイクロソフトはOpenAIの発行株式の49%を握って筆頭株主となった。仮に50%以上になれば、マイクロソフトはOpenAIを子会社化することになるので、これも反トラスト法に抵触する恐れがある。その一歩手前で踏みとどまった、ということになる。

しかも、その出資の仕方が妙なのだ。マイクロソフトによる総額130億ドルの投資と言っても、実際にはその巨額資金はOpenAIが自由に使えるキャッシュとして提供されたのではなく、マイクロソフトのクラウド・コンピューティング「アジュール」の使用料として提供されたと見られているのだ。

しかも、それによってOpenAIが開発するGPT-4やChatGPTなどの生成AI技術はマイクロソフトに排他的にライセンス提供される。つまりマイクロソフトは自社株も現金も提供することなく、単に自社の豊富な計算機資源をOpenAIに使わせてあげるだけで、同社の発行株式の約半分と高度な技術力を手に入れたことになる。

当時、こうした取り決めはOpenAIの一部従業員らの間で「悪魔に魂を売った」とまで酷評されたそうだが、逆にそうまでしなければならないほど、同社は追い込まれていたと見ることもできる。

GPT-4など大規模言語モデルの開発には膨大な計算機資源が必須であり、それを当時は未だ弱小のスタートアップだったOpenAIが手に入れるためには、たとえ不利な条件でもマイクロソフトと手を組まざるを得なかったのだろう。

他の会社にも同様の慣行が広がった

しかし本当の問題は、これと同じことを、その後他の会社もやり始めたことだ。

たとえば、OpenAIのChatGPTと同様のチャットボット「クロード」を開発・提供する米国の「アンソロピック」というスタートアップ企業である。同社はこれまでグーグルやアマゾンなどのビッグテックから総額73億ドル以上の資金を調達している。

しかし、これらの資金もやはりキャッシュではなく、グーグルやアマゾンの保有するクラウド・コンピューティング資源の利用料として提供されたと見られている。これが巨額出資の必須条件だった。つまりマイクロソフトとOpenAIがかつてやったことを踏襲したのである。

これら一連の行為は、マイクロソフトやグーグル、アマゾンなどのビッグテックが自社の豊かな計算機資源(しかも3社合わせればクラウド市場で寡占状態となっている)を利用して、生成AIのスタートアップ企業を事実上囲い込む行為に等しいではないか、と疑われている。

その先駆けとなった「マイクロソフトとOpenAIの関係」を今後、FTCは丹念に調査していくと見られている。

本来、OpenAIやInfection AI、アンソロピックなどのスタートアップ企業は、既存のビッグテックと競合して画期的な新技術を開発していくことが、市場のためにも消費者のためにも望ましい。

ところが、現状では、それらのスタートアップが不本意ながらビッグテックとの競合よりも、むしろ共生を強いられている。この不自然な関係にメスを入れるのが、FTCなど政府機関による調査の眼目となっているようだ。

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