(写真はイメージです:IYO/PIXTA)

コロナ禍後、歴史的円安の状況で海外からの旅行客が日本の各地で溢れかえっている。かつて、日本は物価高の国として有名で、国民の不満も大きく、「内外価格差の是正」が重要な政治課題となっていた。しかし、現在の日本は逆に物価の安い国として認識されるようになった。

当然、需要過剰になれば価格は上がるし、コロナ禍で疲弊した宿泊業や飲食業にとっては稼ぎ時で値上げが相次いでいる。それは日本経済にとってはよいことに違いないが、日本に住み日本円で収入を得る国民にとっては値上げラッシュで生活苦を感じ始めている人は多い。

たとえば、ホテル代。コロナ禍の2倍、3倍の価格になっているホテルも多い。ホテル予約サイトで東京のホテルを見ていたら、ひとり一泊1万1000円と比較的リーズナブルなホテルがあった。どんなホテルかと思ったらカプセルホテルだった。土曜日だとビジネスホテルクラスでシングルが2万円から3万円程度が多い。サラリーマンの出張時の宿泊手当は1万円から1万数千円程度が普通だから、悲鳴を上げている人も多いだろう。

外国人観光客向けに高い価格を設定

そこで、最近、外国人向けの「二重価格」を設定することが議論になっている。円安で殺到する外国人に高い価格を提示し、日本人と区別することの是非だ。

そもそもどこの国でも、消費者の属性によって料金が異なるケースは多い。鉄道などの交通料金や娯楽施設等の入場料などで、子ども料金は大人の半額など、当たり前のこととして受け入れられている。

障害者割引もよく見かける。また地域の自治体が運営する施設(博物館や入浴施設など)では、地域住民は安く、他の地域からの訪問客には高い料金を設定していることも多い。

最近ではシルバー割引を見かけることも増えた。これらを差別的な二重価格と感じる人はほとんどいないだろう。なぜかといえば社会政策的、合理的な理由があると考えられているからだ。

一方、「レディースプラン」「レディースデー」などと称し、女性にだけ安い料金を表することに対しては批判的な声が上がることもある。価格を男女で区別するのは差別で許されないという意見だ。

しかし、「マーケティングの1つで事業者の自由だ」、「統計的に女性の方が収入が低いので問題ない」という肯定意見もある。「レディースデー」だけあるのは問題という認識があるのか、「メンズデー」も設けたレストランなどを見かけたことがある。

JRは外国人向け格安乗り放題パスを用意

では、日本人と外国人で料金に差をつける例はあるだろうか。思い当たるのはむしろ外国人を安くする「ジャパン・レール・パス」だ。外国から日本を観光目的で訪れる人が購入できる格安の全国のJR乗り放題パスだ。新幹線も乗り放題だ(のぞみ号、みずほ号は別途料金がかかる)。

あまりにも安いことに対して批判もあり、最近値上げしたが、それでも普通車用が7日間で5万円だ。このように、外国人向けが高くなる料金設定は、これまで日本ではあまり見かけなかった。

海外ではどうであろうか。筆者自身の経験では台湾のホテルで外国人と自国人との二重価格に接したことがある。ただし、そこでの表記は「自国民優遇料金」だった。自国民である証明書の提示で優遇料金となる。外国人価格を高くするのではなく、自国民価格を安くするという形だった。

そもそも宿泊施設の料金は予約時期、宿泊人数、個人客か団体客か、何泊するのか、予約サイトの相違などで異なるので単純比較が困難だ。また、ホテル側も部屋代の違いがクレームになることを恐れているのか、チェックイン時に料金確認を口頭で行わず、電卓で示し、隣のチェックイン客にはわからないようにしているのではと感じることがたびたびある。

また、コロナ禍のときには「県民割」など、地元民に対して割引する制度が多く見られた。

ただし、外国人か日本人かという線引きで宿泊料金を変えることに関しては、問題ないと言い切れないように感じる。

飲食店での二重価格はさらに難しい。限られた空間で同時に飲食するからだ。同じ料理でも日本語メニューと英語などの外国語メニューで異なる価格にする方法がありえるが、これは「ぼったくり」に映る。また、スマホで画像翻訳も簡単にできる時代だ。

日本人に対して割引する方法は?

日本人には割引するという方法もありえるが、身分証明書などの確認も煩雑となる。また、日本人と外国人が混じったグループの場合はどうするのか、という別の問題が出てくる。SNSが発達した今日、そのようなことをすればたちまち店の悪評が立ち、高くしたいはずの外国人が入店しなくなるということもありえる。

外国人向けのメニューから安い料理を削除してしまうという方法で客単価を上げる方法もある。テレビ番組でオーバーツーリズム問題の解決方法として、海外のある自治体では、生活路線となっているバス路線を外国人向けの地図から消してしまっている事例を紹介していた。同様な手法である。

寿司屋でいえば、外国人向けメニューでは並寿司は表示しないというやり方だ。しかし、「選択肢」を示さないというやり方は、そもそも常連だけのための「裏メニュー」の是非についても話題になるが、誠実とは言えない。

自由競争下では、価格は当事者間で自由に決められる。同じサービスや物で相手によって取引価格が違っても本来は問題とはならない。ただ、そこでは、契約当事者の立場が対等であり、自由意思によって契約条件が決定されるという前提がある。

しかし、事業者と消費者(BtoC)の取引においては、情報力、資金力、交渉力等において立場の非対等性が指摘されている。たとえば、契約自由の原則には「相手を選ぶ自由」を含むが、「外国人お断り」などの売り手の意思表示は差別として問題となりえる。

売り手の市場での影響力は格段に大きい場合もあり、社会的な影響が大きいからだ。大手の飲食店等が、同じ商品を外国人には高く売るような状況は同様に認識される可能性がある。

外国人向けスペシャルメニューを用意する手も

外国人向けの料理を作り、料金を高く設定するという方法はどうであろうか。いわゆるスペシャルメニューだ。外国人好みの料理や豪華な料理を高い価格で設定する形であれば批判は起きないだろう。

外国人向けに相撲ショーを見ながら食事ができる店舗も登場している。外国人向け料理を頼むと「忍者」が料理を運んでくるなどの工夫をしたら楽しそうだ。外国人が好むような品質やサービスを付加し、それに見合った料金を設定することは何ら問題ない。商売はWINーWINの関係でなければ納得されないし、持続性はない。

そもそも外国人がすべて円安の恩恵を受けた裕福な人たちだけではない。バックパッカーと言われる、安い費用で海外の文化に親しみ、人々との交流を楽しむ若者も多い。

彼らにはむしろ、安い料金で日本旅行を楽しんでもらいたいと思う。それが長い目で見たときに国益にもかなう。「おもてなし」に反するような安易な「外国人価格」は結局、市場で支持を得られず続かないだろう。

日本人の中にも嫌悪感情がうまれる

相手との駆け引きで契約条件を決めるようなことに慣れていないこともあり、相手の顔や懐具合を見て値段を決める商売を感情的に「えげつない」と感じる日本人の国民性もある。

そもそも「失われた30年」といわれるように日本の長期にわたる経済停滞は諸外国と比べて顕著で、異常なほどの円安は国力の低下を示すとの意見も多い。世界各国の物価比較においては、イギリスの経済誌『エコノミスト』が作成する「ビッグマック指数」がよく引き合いに出される。最新の結果(2024年1月公表)を見ると、次の通りだ。

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インバウンド消費が顕著であることも頷ける。韓国、中国、タイより日本のビッグマックは安いのだ。しかし、日本の物価を安いと感じる外国人には、より多くお金を落としてもらうだけでなく、構造的な問題を解決することも重要だ。

(細川 幸一 : 日本女子大学元教授)