特定の書籍を「有害」だとみなして書籍の発禁(発売・頒布禁止)処分を下す動きは急増しており、アメリカ図書館協会によると、毎年倍近いペースで学校や公共図書館での本の禁止や制限が行われた件数が増加しているとのこと。ノースカロライナ大学グリーンズボロ校で識字能力について研究するゲイ・アイビー氏は、特定の種類の本に若者が害を受ける心配はなく、むしろそのような本に若者が触れることにメリットが多くあることを指摘しています。

How teens benefit from being able to read ‘disturbing’ books that some want to ban

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発禁処分の試みはアメリカ全土で急増しており、2020年から2021年で約2倍、2021年から2022年ではさらに倍となる年間約1200件を記録しました。発禁に対抗して、世界最大の出版社であるペンギン・ランダム・ハウスが学校図書館から書籍を撤去した学区に対して訴訟を起こしたり、公共図書館が発禁本にアクセスできるプロジェクトを立ち上げたりと、対抗する運動も活発になっています。

「発禁本」や「図書館での取扱を禁止する本」が2倍に増加、一体どうして発禁指定されるのか? - GIGAZINE



発禁本は書籍の内容や特定の描写を問題視した保護者の異議申し立てによる決定が多く、アメリカ図書館協会の会長を務めるレッサ・カナニオプア・ペラヨ=ロザダ氏は「現在、多くの図書館職員が自分や周囲の保護者の読みたい本を若者に提供する働きかけをしたことで、雇用や個人の安全が脅かされ、場合によっては訴追の脅威にさらされています」と発禁処分の過熱ぶりについて語っています。

そこで、若者の読み書き能力を研究するアイビー氏は、セックスや暴力など規制されがちな描写を含むヤングアダルト文学を読んだ学生たちが、結果としてどのようなことを感じているかインタビュー形式の調査を2023年末に実施しました。その後、2024年初頭から時間をかけて、ヤングアダルト文学を読んだ後にどのように考え方や周囲との関係が変わったのかなど継続して質問をしています。



アイビー氏は調査の結果として、過激な描写を含むヤングアダルト文学を読んだ学生に感じられた変化を6種類にまとめています。

1.より共感的になる

フィクションでは人種、性別、文化、精神状態などが自分と異なる人物たちの行動や感情が描写されるため、他人の心を見る窓のように機能し、他人への共感力を高めます。この共感力は、読者が物語を読んで心を動かされるとより強まるため、ある程度過激な設定や描写がある作品に触れると、新しい共感力が生まれる可能性があります。

2.人間関係を改善する力がつく

ヤングアダルト文学を読んだ学生たちの中には、家庭環境の悪い家ですごす子どもの辛さや、精神疾患の厳しさを、フィクションを通して初めて知ったと語る人もいました。また、フィクションにおける新しい発見は「この本を読んだ感想を共有したい」という感想を生み、めったに話したことのない学生たちが本の感想を交わしたことで親密になったり、両親など家族とも本を共有してコミュニケーションが発生したりします。アイビー氏は「本の中の人間関係は、10代の若者たちに自分自身の人間関係を再考させました」と結論付けています。



3.より思慮深くなる

フィクションの登場人物が下した決断は、10代の若者たちにとって重要な選択の参考になります。ポジティブな人物はロールモデルとなり、疑わしい決断を下した人物は反面教師として機能します。規制されるヤングアダルト文学には、有害な人間関係や薬物、ギャング関連の活動、望ましくない性行為などが含まれることが多くあります。これらの問題に関わる選択は、安全に作られたフィクションにおける選択よりも、10代の若者が直面する問題によく関連していたとアイビー氏は指摘しています。

4.幸せな気持ちになる

発禁や図書館からの排除を求められる本は、教育に悪いという考えの他、「読むと気分が悪くなる」ことが理由とされる場合もあります。しかし、アイビー氏の聞き取り調査では、深刻で不安な内容の本を選んだ場合でも、読書で気分がよくなると多くの学生が回答しました。

5.本は生徒の精神的な治療に役立つ

うつ病や深い悲しみを感じていた一部の学生は、本を読むことでそれらの精神的な不安の治療に役立ったと報告しました。自分と同じように困難な心情を持つ登場人物と照らし合わせて、本を通して「心の旅」をすることで、自分の悩みを再考するのに役立つとアイビー氏は語っています。

6.よりよい読書家になる

ノートルダム大学の教育研究者らが2011年に発表した論文では、自分の読解能力を超えた文章を読んだとき、その文章に対する取り組みにおける粘り強さは、興味や楽しさなどのモチベーションに左右されるということが示されました。保護者や教育者が「学生に読ませたい」と推奨する本は、読んだらためになる本ではあっても、学生のモチベーションにつながる本ではないことが多いものです。研究に参加した学生たちは、夢中にさせる物語を理解するために、わからない語彙(ごい)や表現について教師に尋ねたほか、繰り返し図書館や書店を訪れるようになったそうです。



アビー氏は調査の結果を受けて、「インタビューした学生たちの報告したポジティブな変化を一般化することはできませんが、実験的な研究から同様の読書による効果を示したものもあり、それを具体的に実証できた形になりました」と語りました。読書は社会的、感情的、道徳的、学問的な利益を読者に与えることができるもので、そのためには仮に「不快」や「不適切」と思える本であっても、そのような本へのアクセスを遮断するべきではないとアビー氏は主張しています。