【追悼】伊集院静さんが食事の際、箸袋に書いてくれた私の宝物とは
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3月18日、東京會舘での伊集院静先生の「お別れの会」に参列した。
同會舘3階のローズの間で開催されたが、受付を待つ間に窓から春を予感させる陽光が會舘内に射しこんでいた。ただ天気は快晴だったが北風は激しく、窓から見える皇居周辺の樹々を揺らす。
東京會舘で開かれた「お別れの会」
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あの日も、晴天だった。
伊集院静先生といえば、2009年初夏の日のゴルフが忘れられない。私は当時「週刊現代」の所属する局に在籍していた。その時のS編集長が「週刊現代」のコラム連載を伊集院先生に依頼。連載を快諾していただいたことがきっかけで、S編集長と伊集院先生との間でゴルフを一緒にやろうという話になった。その際にS編集長の上司だった私が駆り出されて、千葉県の泉カントリー倶楽部でプレーした。伊集院さん、S編集長、私の3人でのゴルフだった。
その当時の「週刊現代」は部数が低迷していた。私は以前も編集長を務めて編集手腕に実績のあったS氏に頼み込んで、編集長再登板をお願いしたばかりだった。S氏にとっては2度目の「週刊現代」の編集長であり、その際の新連載の目玉企画が伊集院先生のコラムだった。
S編集長にしても私にしても、雑誌の命運をかけて必死だった。S氏にとっては、覚悟の編集長再登板である。伊集院静先生も雑誌の苦境が分かりながらも、連載を引き受けてくれたのだと思う。「大人の流儀」シリーズは、こうして始まった。ちなみに単行本のシリーズ名は「大人の流儀」だが、週刊現代のコラム連載の正式名称は「それがどうした 男たちの流儀」である。
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ゴルフでの昼食の際に箸袋にさらさらと
ゴルフ当日朝、二日酔いだと言いながら車から出てきた伊集院先生は、私が思っているより大きな人だった。大きな人というのは稚拙な表現だが、背も高く胸板もあるので、昔なら偉丈夫とでも表現するのだろう。
スタートして伊集院先生がドライバーを持つと、飛ばす、飛ばす。球が当たった瞬間に空気を切り裂くような音を立て、途中でグーンと加速するようだ。ロケットではないのだから物理の法則からは、あり得ないことだから目の錯覚だろう。同伴者の私が見ていて、飛距離も含めて爽快な気分になれる、そんなゴルフだった。
午前のハーフが終わり、ゴルフ場のレストランで昼食となった。伊集院先生とS編集長と私はアルコールを飲みながら、たわいもない話に興じていた。
その途中で伊集院先生が「お前の名前は変わっているが、こんな風な字なのか?」と言いながら、突然箸袋にさらさらと私の名前を書いてくれた。
私の名前は確かにかなり珍しいが、実際に目の前で文字を書いてくれた人は後にも先にも伊集院先生だけだった。
これが、その時の箸袋である。
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当代でも指折りの作家に名前を書いてもらえるとは意外だった。しかも、ゴルフ場のレストランである。そして、箸袋である。意外だったからこそ、この時の記憶は私にとっては一生忘れられない思い出になった。真新しい綺麗な色紙に書いてもらう「揮毫」より、私にとっては百万倍の価値があるものとなった。
伊集院さんは女性にもよくモテたと巷間言われるが、男たちの心も鷲掴みにした。私も、この時の箸袋を15年近くも大事に保管していたのだから、伊集院静という作家に惚れたのだろう。
この後、伊集院先生の連載は大人気となった。一方、「週刊現代」もS編集長の企画力や部員たちの頑張りがあり、伊集院さんの連載が人気を博すのと並行して部数をどんどん伸ばしていった。そして、伊集院さんのコラムは単行本『大人の流儀』となり、ベストセラーになった。
「週刊現代」の部数は伸びて、新しい読者がついてきた。2011年には、伊集院さんのコラムを読みたいがために60代の男性がコンビニにおいて「週刊現代」を万引きするという事件まで発生した。
仙台まで編集長、部員と一緒に押し掛けた
連載の好調が続いた2011年のことだが、S編集長と編集部員数名で先生のお住まいのある仙台まで押しかけて、伊集院先生を囲むゴルフコンペを行ったこともある。
ゴルフの前日は、仙台の繁華街・国分町にある伊集院先生のお勧めの老舗居酒屋・『地雷也』で前夜祭。伊集院先生もお店にいらして、大いに盛り上がった。
コンペ当日は奥さま・篠ひろ子さんも参加されたのだが、伊集院先生も奥さまも私やS編集長、そして編集部員のゴルフの下手さ加減に呆れていたこと、呆れていたこと。コンペ後は奥さまの行きつけのイタリア料理店で打ち上げをしたが、酔いに任せて奥さまに「伊集院先生についてのエッセイ本を出してもらえませんか」とお願いした。失礼極まりない所業だが、奥さまは笑って受け流してくれた。
とにかく、夢のように楽しい仙台旅行であった。
伊集院先生は、2023年11月にお亡くなりになった。享年73。
先生の全作品を読んだわけではないし文芸編集者でもないのでおこがましいが、『羊の目』(文藝春秋社)と『お父やんとオジさん』(講談社)は大好きな作品だ。
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祭壇の奥に伊集院静先生の写真が飾られている。いつもの通り、ダンディな先生がそこにいる。
伊集院静先生の写真に手を合わせながら、先生と接した一瞬だが貴重な時間に感謝した。合掌。