倫理的に問題のある「ダークパターン」を生み出す企業が絶えない意外な理由とは……(写真:shimi / PIXTA)

ユーザーを事業者にとって都合のよい選択に誘導するデザイン「ダークパターン」。不本意な会員登録を強いられたり、不要な商品を買わされたりするのは、気持ちのいいことではない。このようなデザインはなぜ生み出され、そして使われ続けているのか。

ダークパターン問題の提起・啓発に取り組む、武蔵野美術大学教授/コンセント代表取締役の長谷川敦士氏に、法規制の現状や、企業がうっかりダークパターンを使用しないために注意すべきことを聞いた。

ユーザーを「騙して行動を誘導」するデザイン

--「ダークパターン」とはどのようなデザインをいうのでしょう。問題となった経緯を教えてください。

端的にいうと「ユーザーを騙すデザイン」です。行動経済学には、直接的に指示せずともつい相手がその行動を取るように促す「ナッジ(「肘で人をツンツンとつつく」の意)」という概念があります。


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ダークパターンはWebのユーザーインターフェース(UI)でこれを悪用したものです。ユーザー自身の心理を利用するため個人の注意不足とも紙一重であり、「騙されたのは自分のせいだ」と感じる人もいます。

そもそもナッジは、2000年代初頭から公共領域で適用されていました。例えば、重要な通知に返信させるような工夫や、エレベーターではなく階段を利用させる仕掛け、ポイ捨てを防ぐ仕掛けなどです。

人に意図しない行動をさせることの良し悪しは当時から指摘されていましたが、「特定の行動を強制するわけではなく、選択肢は残されている」という観点で許容されてきました。


出典:株式会社CONCENT『ダークパターンレポート2023』p10,p11
注釈)調査時期:2023年8月 調査対象:2023年8月
調査対象 ECサイトやアプリなど、インターネットを介した商品購入やサービスの利用、または サブスクリプションサービス利用の経験のある、 18歳から69歳までの国内在住の消費者799人

ネットで散見される7種類の「ダークパターン」

--ダークパターンにはどのような種類があるのでしょうか。

OECD(経済協力開発機構)では7つに類型化しています。

「行為の強制」:商品を閲覧するだけのユーザーにも会員登録を求める、など。アカウント作成や情報提供など特定のタスクを強制する。


出典:株式会社コンセント『ダークパターンレポート2023』p5

「インターフェース干渉」:「いいえ」のボタンを意図的にグレーにし、クリックできないものだと錯覚させる、など。意図的に誤解をさせる。


出典:「Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites」2. Visual Interference(ACM CSCW 2019)

「執拗な繰り返し」:選択肢が「はい」「あとで回答する」しかないポップアップが何度も表示される、など。ユーザーがいつか「はい」を押すように誘導する。


出典:株式会社コンセント『ダークパターンレポート2023』p6

「妨害」:退会方法をわかりづらくしたり、サインアップは簡単でも退会には電話やメールが必要になる、など、手続きを本来よりも意図的に困難にする。


「こっそり」:定期購入が条件であることを隠して商品を格安で販売したり、商品価格を格安で表示する分、送料を異様に高額に設定したりする、など。


「社会的証明」:「○人がこのページを見ています」「お客様の声」など。閲覧者数を誇張したり、架空の意見を掲載したりする行為は当然許されないが、OECDは、たとえ情報が事実であっても誤解を招くものは使うべきではないとしている。


「緊急性」:セール終了までの時間を表示するカウントダウンタイマー、など。ユーザーにプレッシャーをかけることを目的とし、カウントダウンは虚偽であることも少なくない。

--大手企業をはじめ、ダークパターンが導入されている例は散見されますが、世界各国ではどのような対応・規制が行われていますか。国内外の法整備の状況を教えてください。

比較的厳しい法規制の例として、アメリカ・カリフォルニア州のケースがあります。個人情報取得の確認であらかじめ「情報提供を承認する」が選択されていて、拒否するにはユーザー自身がチェックを外さなければならないものや、チェックボックスの文言を二重否定の長文にしたりして判断を難しくさせることなどを禁じています。

日本も消費者庁や総務省が取り組みを進めており、日本の対応が特別遅れているわけではありません。ただし、詐欺的なものを除いてダークパターンそのものに違法性はないため、国内外を問わず取り締まりが難しく、いたちごっこが続いています。

多くの企業が意図せずダークパターンを作っている

--なぜ、ダークパターンは生まれてしまうのでしょうか?

実は、意図的なケースと、そうでないケースとがあります。例えば、定期購入であることを隠して格安価格で健康食品を販売するのは「こっそり」に当てはまり、意図的なものです。


長谷川 敦士(はせがわ・あつし) コンセント代表取締役/武蔵野美術大学造形構想学部教授
「わかりやすさのデザイン」であるインフォメーションアーキテクチャ分野の第一人者。デザインの社会活用や可能性の探索とともに、企業や行政でのデザイン教育の研究と実践を行う。消費者庁や総務省をはじめとした会議の場や、企業・団体で構成される研究機構の活動などにおいて、ダークパターン問題の提起・啓発にも取り組んでいる
(写真は本人提供)

ただし、ほとんどの事業者は積極的にユーザーをだまそうとしているわけではありません。「会員登録数を増やしたい」「購入率を高めたい」という目的のためにUIを試行錯誤した結果、意図せずダークパターンになってしまうことが多いのです。

UI改善の検証で用いられるA/Bテストでは、AIによるクリエイティブの自動生成も進んでおり、より効果的なデザインを残すサイクルを回すうちにダークパターンばかりが残ってしまうこともあります。

--企業がこうしたデザインを作らないように留意すべきことは何でしょうか。

実は原因となりうるのが、ビジネスのゴール設定、つまり「KPI」です。このことを、事業責任者はしっかり認識しなければなりません。

例えばメールアドレスの獲得をKPIにした場合、現場は何としてでもメールアドレスを集めて成果を出そうとします。その結果ダークパターンを使用してしまったとしても、やめるとKPIを達成できないとなれば、そのまま使い続けてしまうことでしょう。

最近ようやく、ダークパターンが企業のレピュテーションリスクとして意識され始めていますが、改善にはKPIの見直しが必要です。

UIと事業ミッションは無関係だと思われがちですが、事業責任者は事業ミッションがダークパターンを生み出す可能性があることを知っておくべきです。責任者から「ダークパターン対策はできているのか」と投げかけられれば、現場も「実はKPIが問題で」と相談しやすいでしょう。

加えて、業務プロセスで防ぐ仕組みづくりも行えるとよいでしょう。例えば、クラウド会計サービスを提供する企業、freeeにはデザインチームがダークパターンと判断したら現場に差し戻して改善させるフローがあります。

もともとは非健常者向けのインクルーシブデザインを徹底する仕組みだったようですが、こうした倫理的な問題にも機能するとして注目されました。

Netflixは自らユーザーに「退会を提案」する

--個人消費者として、悪質な契約や情報提供に応じないために気をつけるべきことは何でしょうか。

まずは、「ダークパターン」という人の感情につけ込むUIの存在を認識することです。例えば、「まとめて買わないと損」と煽られて年に1度しか使わないものをまとめ買いしても、結局は無駄になってしまいますよね。

ダークパターンには、自分の決断に疑問を抱かせて購買を煽るものも多いです。ある意味、感情を“ハッキング”するものなので、判断する前に一呼吸置いて考えることが大事です。


反対に、ユーザーに親切な事例として有名なのがNetflixです。Netflixは、一定期間アクセスがないユーザーにメールで退会を提案し、反応がなければサブスクリプションを停止させています。実際にはあまり会員数も減らなかったようで、「ブランディングのための施策か」と揶揄する人もいました。

しかし、たとえ偽善であっても、こうした姿勢を見せることは大切でしょう。好印象を抱いて退会を思いとどまった人がいれば儲けものですし、こうした企業が増えれば、相対的に配慮がない企業からは自然とユーザーが離れていきます。

そのためにも、少しでも多くの人がダークパターンを認識し、社会全体としての問題意識を高めることが必要なのです。

(酒井 麻里子 : ITジャーナリスト/ライター)