湘南ベルマーレ 山口智監督インタビュー 後編

湘南ベルマーレの山口智監督へインタビュー。後編では、「1年通して約束事を徹底」「全員が同じ絵を描く」という、今季目指しているサッカーのスタイルを語ってもらった。

前編「昨季の反省『残留への危機感でスイッチが入るようではダメ』」>>


毎シーズンJ1残留争いが続いている湘南ベルマーレ。今季上のクラスを目指す取り組みとは? photo by Getty Images

【1年通して約束事を徹底する】

――先日の今季の新体制発表会で「集大成」「結果を出さなければいけないシーズン」とおっしゃっていました。そんなシーズンを迎えるにあたって、キャンプではどんなことをテーマに臨まれたのでしょうか?

 まずは湘南のベースである守備。チームとしてのやり方、約束事を徹底することを1年通してやるつもりです。もちろん、課題の攻撃についても向き合っていかなければいけない。根底のところをもっと突き詰めてやっていく必要があると思っています。

――攻撃面で言えば、昨季はサイドでボールを運べてもそこから崩すアイデア、最後のところでのクオリティが不足していると、監督自身、記者会見でおっしゃっていました。今季はFWルキアン選手やMF鈴木雄斗を獲得して、攻撃面のクオリティアップが期待できる補強だと思いますが、彼らに期待するのはどんな部分でしょうか?

 もちろん、彼らは違いを生み出してくれる選手で、ストロングを引き出せるようにやり方を工夫したいと思っています。だからと言って、ふたりに依存するようなことがあってもいけません。

 他の選手のストロングも大事です。ただ、それはチームとしてやるべきことをやった上での話。先ほど言ったようにベーシックを徹底すると、いい攻撃につながっていくものだと信じているので、そこは選手たちに厳しく要求していきたいと思います。

【全員が同じ絵を描く】

――攻撃の課題は昨季に限らず、湘南として昔から解決できずにいるものだと会見などでおっしゃっていました。それを改善するのは長い期間が必要ということもおっしゃっていましたが、その課題に対してはどのように取り組んでいこうと考えていますか?

 個人の成長やスペシャルな部分を発揮するところはマストとしてあるんですが、選手同士の関係性のなかで生み出していくことも必要です。点を取るのは簡単なことではないんですけど、点を取るところまでいくのは可能で、どうやってそこへ進入していくかという共通認識、全員が同じ絵を描けた時にクオリティは倍増すると思います。

 それはなぜかというと、そこまでいくと相手を動かせて、それによって余裕を生み出せるからなんです。そういう考え方、回数を増やしていくことが大事です。

――その共通の絵を描くための取り組みというのは?

 シチュエーションとか、コンビネーションを落とし込む方法もやっていますし、個人のスキルアップのトレーニングにも取り組んでいます。ただ、選手たちの技術が足りないというより、そこへの意識が足りない。これまでは意識があってもひとりや数人だけだったと思います。それをチームとして、矛先を一点に集中させる必要がありますね。

 よく"攻"と"守"は分けられがちですけど、攻撃している時から守備は始まっているし、守備をしている時には攻撃の一歩は始まっているわけです。そこで優位性が出るような攻撃の仕方、守備の仕方に我々は取り組んでいて、昨季は決定的なところにつなげられた部分もあるんです。

 だから我慢しながら同じことを繰り返して、成功体験、結果につながっていけばおのずと自信がついていく。やっていることへの手応えも、もっと出てくると思います。

【自分たちからのアクションで攻守に意図的にできるか】

――成功体験、結果につながれば自信も出てくるということですが、昨季は序盤や中盤は苦しんだものの、終盤は連勝もできて、チームとして今季につながるようないい形での終え方はできたと言えますか?

 いい形で終えられたかどうかはわからないですけど、最後の結果がなぜ生まれたのか。その必然性をもっと植えつけていきたい。偶然はないですけど、ラッキーもありましたし、自分たちの狙いではないところで物事が起こることも多々ありました。

 それをいかに自分たちからアクションを起こして、攻守に意図的にできるか。残留争いをしている時に、そういうものがポジティブに生まれてきました。

――それは昨季、準備の悪さ、際のプレーの甘さを指摘することが多かったですが、終盤の結果が出ている時は、その準備や際のプレーでいいほうへ転んだということでしょうか?

 そうですね。その準備、際のプレーというのは、どっちに転ぶかという局面に大きく関わる問題です。勝てない時期はそこが明らかに足りていなかったという反省があります。それが終盤には球際や勝負への執着心がおのずと出たと思いますし、そこは本当に今年大きなポイントだと捉えています。

 ただ、それが外的要因である"残留争い"という危機感がいつもより増すことで出せるのではなく、内面的なところ、自分たちの基準を高めておのずと出せるようになるのが一番大事だと思います。

 それができれば「何年連続J1」という言葉が払拭されるんじゃないかと。だからJ1に残れたことはポジティブに捉えてやっていきたいですね。

【勝たせてあげられていないのは申し訳ない】

――山口監督が現役の頃に一緒にプレーした元選手にインタビューをすると、監督について「クレバーな選手」「細かいアドバイスをいただいた」という話をよく伺います。指導者になって選手への指導で意識されていることはありますか?

 聞かれたことに対して、素直に自分の思いを伝える。それだけですね。こうなってほしい、これを聞いてほしいと思ったことは一度もありません。監督をやらせてもらえるようになってから、教えるという言葉は難しいなと。自分の思いを伝えているだけなんですよね。

――以前、大黒将志さんにインタビューした時に、優勝された2005年のガンバ大阪は山口監督から攻撃がスタートしていたと話していました。昨季の湘南はビルドアップで苦戦するところもありましたが、あの攻撃的なスタイルを支えた監督でもビルドアップを仕込むのには苦労しますか?

 大変ですね(笑)。でも今のサッカーは、本当にコンパクトななかでインテンシティ高く、時間もないなかで判断を伴うので、僕らの頃のように間延びしたなかで空間を使いながらやっていた時代とは比べようがないと思います。

 ただ、考え方としては同じものが求められるとは思うので、準備の仕方は共通するものがありますよね。もちろん、人によって間合いも変わるので、例えば後ろの選手から縦にボールを差し込むタイミングであったり、背後に抜けるボールであったり、サイドチェンジするボールであったり。どのタイミングが一番チームにとっていいのかというのは、たくさんトライしながら掴んでいくしかない。

 そこで別の選手を獲得して解決する方法もあるかもしれないですけど、それをしたいとは一切思わないです。今いる選手にトライしてもらって、ちょっとできるようになることで、なにか違うものにもつながってくると常々思っています。そういうなかで選手たちには楽しさも感じてほしいんですよね。

――そういう選手の成長に監督としての醍醐味を感じているということですね。

 それに越したことはないです。なかなか選手は変わるものではないんですけど、少しの変化があって、それがいい形でつながってフィニッシュまでいける、勝利できる。そういうところに「みんなが同じ目的のなかで関われた」と感じられると思うんです。

 だから「苦手だから」とか、「俺はそんなタイプじゃないから」ではなくて、まずトライしてもらいたい。本当にやりがいはあるんですけど、勝たせてあげられていないのは申し訳ないと思っています。

――今季は「集大成」と位置づけられて、5位以内という明確な数字も掲げていらっしゃいます。最後に今季に向けた意気込み、サポーターへのメッセージを聞かせてください。

 もう本当にやってやるという感じですね。サポーターには結果で恩返しをしたいと常々思っています。僕も湘南に拾ってもらった身なので、自分が監督をしている間に、良いものを、良いと思ってもらえるものをたくさん残していきたいです。

 それでチームからサポーター、地域へと広がって、いろんなところへとつながっていける本来のあるべき姿というか、大きな夢にちょっとでも自分が関わった意味があるようなことがしたいと思っています。

 そのなかでもちろん結果を出さなければいけない。今まで結果が出せていないことへの批判は受け止めますし、その上でサポーターの方々には応援というか、一緒に戦ってほしいと思っています。
(おわり)

山口 智 
やまぐち・さとし/1978年4月17日生まれ。高知県出身。選手時代はJリーグベストイレブン3回受賞の名DF。ジェフユナイテッド市原ユース時代の1996年にJリーグデビュー。2001年に移籍したガンバ大阪では、数多くのタイトル獲得に貢献した。2012年からジェフユナイテッド千葉、2015年は京都サンガF.C.で1シーズンプレーし引退。Jリーグ通算581試合出場51得点。日本代表では国際Aマッチ2試合出場。引退後はガンバ大阪のコーチを経て、2021年から湘南ベルマーレのトップチームコーチに就任。同年9月から監督を務めている。