「読者がどういうものが好きで、どんな情報・体験が必要なのか、プロフェッショナルな編集者であればわかる。それに寄り添ったかたちで広告を届ければ、きっと読者の心を動かせる」。

2月6日に配信されたクオリティメディアコンソーシアム主催の「経営が見逃してはいけない、デジタル広告に蔓延るリスク〜クオリティメディアだから届けられる広告の価値〜」において、集英社の田中恵顧問は、編集記事よりも記事広告のコンテンツのほうが読者に受け入れられることも多々あったと語りながら、そう話した。

広告をしっかり伝えるには、掲載先の質が問われる。しかしながら、適正な対策を怠った運用型広告の場合、掲載面の質は担保できない。デジタル広告のリスクが高まっているいま、広告主やエージェンシーは何を大切にし、パブリッシャーは何をしていかねばならないだろうか。

野放しにされたデジタル広告市場



クオリティメディアコンソーシアム主催の同セミナーでは、東洋経済新報社・執行役員東洋経済オンライン事業局長の堀越千代氏がモデレーターになり、前述の田中恵氏、パナソニックコネクト・取締役執行役員ヴァイスプレジデントCMOの山口有希子氏、そしてクオリティメディアコンソーシアム事務局長の長澤秀行氏が、「広告価値を高めるために企業は何をするべきか」と題したパネルディスカッションを行った。

冒頭、堀越氏がアドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティというデジタル広告の3大リスクについての認識を尋ねると、3者からそれぞれの意見が飛び交った。

まず、「大きな問題意識がある。デジタル広告市場が大きくなっていると当時に課題も広がっている」と山口氏が切り出した。たしかに、アドフラウドの国内被害は1300億円にも上り、ジェネレーティブAIの台頭によってMFAなどの質の低いサイトはさらに増え続け、インターネット広告におけるユーザーの信頼度はTVや新聞・雑誌などのマスメディアと比べて遥かに低くなっている。つまり、日本のデジタル広告市場は、野放しにしてよい状況ではなくなってしまっているといえるだろう。

こうした現状を憂いつつ、田中氏は10年ほど前に体験したある出来事を回想し、こう話した。「デジタルを中心に行うあるコンテンツのプロジェクトで、マネタイズに自信があると話すパートナー候補にこう言われたことがある。『とにかく記事を量産してほしい。安くて適当に書いてくれるライターはいくらでもいる。写真はありモノで構わないから撮影は必要ない』」。

愕然としたという。そのうえで、「もちろんそのパートナーとの契約は行わなかった。取材をしっかりして、写真ひとつにもこだわる。コンテンツを作るのは時間がかかるものだ。そうして読者との信頼関係も生まれる。デジタルではこれが違うのだろうか? こうした意識が、いま蔓延しているMFAにもつながっているのではないだろうか」と投げかけた。

一方で長澤氏は、大手プラットフォーム上に蔓延している詐欺広告に言及し、信頼あるメディアやニュース番組を装った巧妙な詐欺広告が増えていることを嘆いた。「公共的なメディア空間で詐欺広告が当たり前のように出ている現状は、新聞広告をやってきた自分としては、非常に危機感がある」という。

たとえば、facebookやインスタグラムなどを運営するMetaのデジタル広告の質の管理に関する見解はこうだ。「詐欺的な内容のオーガニックのコンテンツもブランドセーフティのコントロールの対象になっている。また、詐欺的な内容のオーガニックなポストは弊社のコミュニティスタンダードという、広告だけでなく、一般的なポスト全体にあてはまるスタンダードの違反になっているので、排除する努力をしている」。

長澤氏は、日本法人には取り締まる権限がないという話しはよく聞くとしながらも、「一切努力のあとは見えない」と一喝し、「直さなければいけない」と訴えた。

販促中心の広告という成り立ち



複雑化したデジタル広告は、どういった会社を通し、どこに配信されているのかが不透明なことが多い。そうしたなかで、企業は何を取り組めばよいだろうか。

「アドネットワークが複雑なことに加えて、AIによっていろいろなところに拡張されている」と山口氏は話す。そのうえで、「現状のデジタル広告の問題をわかっている広告主とわからない広告主がいる。わかっていたとしても、どう対応すればよいかわからないパターンがあり、さらに対策のためのお金やリソースもない、という状況にもなっている」と述べ、「まずは問題を知って、理解して、アクションしないと防ぎようがない」とした。

田中氏は、集英社において2018年からアドベリフィケーションを導入し、2021年からはデフォルトでディスプレイ広告にアドベリフィケーション対応をするようにした経緯を話し、「取り組んだからといってマネタイズにつながることはない。ただし、大事なのはまずは信頼性だ。きちんと透明性をもってやることで追い風も吹くと考えた」と強調した。

一方で長澤氏は、「一番の課題は、インターネット広告が販促中心で育ってきてしまったということ」と述べ、多くの企業が持つCPC重視のKPIを嘆いた。また、「クオリティがあるメディアも悪質なメディアも広告費の単価は変わらない。このままではデジタル広告はユーザーからより信頼されなくなり、コンテンツに命をかけているメディアは立ち行かなくなるだろう」と主張し、自身が事務局長を務めるクオリティメディアコンソーシアムを提案した。

重要なのはユーザーとのエンゲージメント



「デジタルへの転換は、『枠から人へ』という魅力的なものだったが、いまでこそ『安心安全な枠へ』戻ろうとしている。コンテンツの力、あるいは信頼性でユーザーの心を動かすのはメディアの力。そこが強くなれば、広告主にもより役に立つ場になるはずだ」と田中氏は問いかける。それに応えるように、「ブランドにとって重要なのは適正な場所に広告を出すこと」と山口氏は訴えた。

どんなに有名な企業の信頼できる広告であったとしても、その広告が出ている掲載面のサイトやアプリが不快であったり不適切であったりすれば、その広告を出している企業の評価・信頼は下がるのだろうか。

長澤氏は、JIAAのインターネット広告に関するユーザー意識調査の結果を提示し、「広告をみるためにコンテンツをみるわけではない。そう考えると、コンテンツがしっかりしていないと広告も評価されないと考えるのは当たり前だ」と述べ、今後のゆき先について、こう続けた。「いままでのインターネット広告はリーチを最大化するという非常に単純なプロモーション型の広告。これからは動画広告も増えてくるため、広告のクオリティを高めなければいけないし、その受容性を高めるメディアに出さないといけない」。

「広告主が望んでいることは、ユーザーとのエンゲージメント。企業や商品に対する顧客の『好き』を理解し、そこにマッチするコンテンツと連携していくことで、もっと強いエンゲージメントを作れるはずだ」と山口氏は述べる。「エンゲージメントにこそ広告の本質がある」。

デジタル広告とは、何もすべてがネガティブなものではない。堀越氏は「上手く使えば、それなりに大きな成果を得られるもの。そのためには私達の認識を変えていかねばならない」とまとめた。

Written by 島田涼平