近藤雄一郎社長(右)はSMBC日興のビジネス変革を吉岡秀二専務に託す(撮影:今井康一)

SMBC日興証券は1月31日、4月1日付で近藤雄一郎社長CEO(61)が退任し、吉岡秀二専務(59)が後任の社長CEOに就任する人事を発表した。近藤社長は会長にはつかず川嵜靖之・現会長とともに特別顧問に退く。

証券取引所の外で行われる「ブロックオファー」取引をめぐり違法な株価操縦が行われたとして、法人としてのSMBC日興が起訴されてから2年弱。「内部管理体制の強化など再建の道筋がついた」(近藤社長)としてトップ交代に踏み切る。

日経平均株価の上昇や新NISA(少額投資非課税制度)のスタートと、証券会社のビジネスに追い風が吹く中、SMBC日興の業績は冴えない。競争環境は激化しており、新社長がSMBC日興を成長軌道に乗せられるかが焦点になる。

「メドがついたら退任」から1年超

「健全な企業文化の形成に終わりはない。現場から経営まで高いインテグリティ(誠実さ)を持つことに尽きる」

吉岡専務は記者会見の冒頭でこのように語り、相場操縦事件を受けた社内の再発防止策から説明を始めた。SMBC日興の有罪判決は昨年2月に確定したが、元幹部の裁判は今も続いている。問題を過去のものとして片付けられない状態を物語る。

2020年に就任した近藤社長は、在任期間中に相場操縦が行われ、法人としての刑事責任まで認定されたにもかかわらず、社長を続けざるをえなかった。

2022年10月に金融庁から3カ月間の一部業務停止命令を受けた際に「再生の道筋にメドがついた頃には身を引く」としたものの、1年以上の年月が経っていた。退任がなかなか決まらなかった状況について、ほかの証券会社幹部は「針のむしろ状態。見ていて気の毒だった」と慮る。

その間、コンプライアンス部門の人員増強や内部管理体制強化のシステム投資100億円などの体制整備を行った。それと同時に近藤社長が取り組んだのが、弁護士による調査報告書で指摘された「他人事意識や消極姿勢」といった企業風土の改善だ。

社長自ら全国の営業店を回り、社員との意見交換に力を入れた。事前質問のすりあわせをしないなど、できるだけ本音を言いやすい環境を作るために心がけたという。

体制再構築の一方で失った「推進力」

吉岡専務は1988年に旧・日興証券に入社した「生え抜き」ではあるものの、事件発覚時は三井住友銀行に在籍していた。事件後にSMBC日興に戻り、大きく揺らいだエクイティ部門の立て直しに取り組んだ。

退職者が相次ぎ、組織を再構築する必要がある中で重視したのがやはり「社内コミュニケーションの強化」だ。会見では「社員の本当の声に耳を傾けることが不可欠だ」と語った。

ただ、この間に失ったものは大きい。そのひとつが個人投資家などを対象とする営業(リテール)部門の「推進力」だ。野村ホールディングスや大和証券グループ本社といったライバルと業績を比較すると影響度がみえてくる。

2023年4〜12月期の同部門利益は野村が839億円、大和が381億円といずれも久々の高水準だったのに対し、SMBC日興は9億円の営業赤字に沈んだ。投資銀行やホールセールの分野では他社と遜色のない業績なだけに、営業部門の劣勢が際立つ。


ポイントは各社が進める「資産管理型ビジネスへの移行」を利益に結びつけられているかだ。

証券業界では、株取引にかかる手数料収入中心のビジネスから、顧客の資産増加に応じて報酬を受け取るビジネスへの移行が懸案になっている。

取引さえしてくれれば顧客が損を出しても問題ないといった従来型ビジネスでは、顧客本位とは言えないという反省が背景にある。さらにSBIや楽天などネット証券を筆頭に手数料の引き下げが続き、手数料ゼロ時代へ突入していることも大きい。

1月30日の決算会見では、営業部門の利益が上がらない理由を問われた場面があった。


よしおか・しゅうじ/1964年生まれ。1988年慶応大理工学部卒、日興証券(現SMBC日興証券)入社。2014年執行役員エクイティ副本部長、2021年常務執行役員、2023年専務執行役員。2024年1月取締役専務執行役員に(撮影:今井康一)

質問に吉岡専務は「(株取引の委託手数料中心の)フロー収益偏重から資産管理型ビジネスへの変革を進めている。中長期的に寄り添うコンサルティングは(親会社の)三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)との親和性が高い」と答えた。が、同時に「業績拡大には相当の時間がかかる」ことも認めた。

SMFGとの協力関係をどうする

一方、1月31日の第3四半期決算会見で野村や大和は資産管理型ビジネスへの移行についての自信をにじませた。

野村の北村巧CFOは「昔に比べてストック収入が増えて業績の安定性は高まっている」と発言。大和の佐藤英二CFOも「利益の質が向上していることに手応えを感じている」と述べた。

野村はこうした自信を背景に、1月31日に1000億円を上限とする大幅な自己株買いを発表。発表翌日の株価は2015年8月以来の高値をつけた。

大和も7年間トップを務めた中田誠司社長が4月に退任することを発表済み。後任を中田社長のもと構造改革に取り組んできた荻野明彦副社長が引き継ぐ。荻野副社長は「中田社長が作った流れを進化・加速させる」(昨年12月22日の会見)と、現路線を踏襲するとの意向を示す。

勢いづく2社を尻目に、SMBC日興の懸念要素としてあるのが親会社であるSMFGとの関係だ。

SMFGは昨年3月に銀行や証券、カード、保険など個人向け金融サービスを一元化したアプリ「オリーブ」を投入し、利用者を急速に増やしている。ところが、オリーブで証券サービスを提供しているのはSMFGと提携したSBI証券だ。SMBC日興はオリーブの利用者拡大を享受できていない。

SMFGが2021年に資本業務提携したアメリカの大手証券ジェフリーズとは、SMBC日興の海外部門との連携が進んでいる。だが、テコ入れすべき営業部門での打開策が見えづらい。

「営業部門の改善は不退転で臨むが、V字回復は考えていない」と吉岡専務が述べるなど、懸念を払拭する術ははっきりしない。ただ近藤社長は「守りだけでなく攻めるということも必要。そのためには社長の一新が必要」と語った。次期社長に求められるのはまさに「攻めの一手」となる。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)