日経平均は1989年の3万8915円を超える可能性も出てきた。だが今はバブルではない(撮影:梅谷秀司)

少し前の話だが、筆者の2024年の相場予測(「2024年の日経平均は『3万6000円台到達』が可能だ」)が配信されたのは、昨年12月7日のことだ。そこからわずか1カ月半ほどで、日経平均株価は一時3万7000円に迫った。

こうした株価上昇を受け、巷では「バブルの再来か?」などと、株価水準の妥当性に対して疑問を投げかける声も増えてきた。そこで今回は当時と比較するうえで、重要な3つのポイントを指摘したい。

日経平均は「配当込み」ならすでにバブル超え

まず1つ目として、最も基本的な尺度であるPER(株価収益率)を比較してみよう。投資家が極度の楽観に浸っていた1989年当時、日本株のPERは約60倍まで膨れ上がっていた。さながら、市場全体が(現在の東証グロース市場に上場しているような)成長株であるかのようなバリュエーション(企業価値評価)であった。

それに対して現在の日経平均PER(指数ベース)は約20倍であり、そこには約3倍の開きがある。単純に当時のPERを現在の日経平均株価に当てはめると約11万円となり、明らかな違いがある。確かに現在のPERは過去数年との比較で見るとやや高いものの、これを以ってバブルとするのは違和感を禁じえない。現在の株価水準は「業績見合い」と判断するのが妥当だろう。

2つ目は、私達が見ている株価は配当を考慮していないという点を踏まえる必要がある。投資家の直面する損益を考える際は、単純に株価を比較するのではなく、保有期間中の受取配当金の総額を加味する必要がある。特に現在のように新NISA(少額投資非課税制度)を活用した資産形成を考えるうえではそれが重要だろう。

そこで配当金を加味した「日経平均トータルリターンインデックス」に目を向けると、現在の水準は約6万3000円となっている。これは1989年12月の水準の、はるか上の水準を行っている。あまり話題にならなかったが、この尺度でみれば2020年に日経平均株価は最高値を更新済みであった。

なお、2005年1月を始点とする平均収益率は日経平均株価がプラス5.9%、それに配当を加えた日経平均トータルインデックスはプラス7.8%であった(1月19日現在)。これは8%という、投資家の要求リターンとしてよく知られている数字に近い。

3つ目は、バブル期と似ている、あるいはバブル期以上に株価を押し上げているかもしれないデータに触れておきたい。それは名目GDP(国内総生産)成長率と長期金利(10年金利)の関係だ。

現在、名目GDPは付加価値の単価とも言うべきGDPデフレーターの上昇を伴って直近の4四半期は4%超の基調で拡大し、0%台後半で推移する長期金利を明確に上回っている。

こうした「名目成長率>長期金利」の関係は、バブル期にあたる1980年代後半にも観察されており、それが過剰投資の温床になったとの指摘もある。というのも、この状態はマクロ的に見れば調達金利を上回る投資機会が豊富に存在する状態を意味するからだ。

仮に人々がその状態が長く続くと確信するなら、企業は借り入れを増やし投資・雇用を拡大し、同時に投資家は株式の購入を進めるのが最適解になる。これは投資家にとって「おいしい」状況と言え、それがマクロレベルで実現し過剰投資を招いたのがバブル期であった、と振り返ることもできるだろう。

日銀の本格的な金融引き締め実施は考えにくい

現在の名目GDPは国内のインフレを反映して一気に600兆円の大台を視界にとらえている。今後、日本経済が2011〜2012年ごろのようなデフレに舞い戻ったりすれば話は変わってくるが、当分の間、名目成長率が長期金利を上回る状態が期待され、そうした下で積極的な投資が報われやすいと判断される。

そうなると気になってくるのは日銀の金融政策だ。日銀が金融引き締めに転じ、長期金利が上昇すれば上記の「おいしい」状態が崩れてしまう危険性がある。だが、筆者の想定通りであれば、そうした懸念は杞憂に終わる。結論を先取りすると、良くも悪くも日本の賃金動向が日銀の物価目標を上振れ方向に脅かすほどには強く伸びず、結果として金融引き締めが実施されるとは考えにくいためだ。

市場関係者の一部には日銀のインフレ退治が手遅れ、いわゆるビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)に陥るとの見方もあるが、それは贅沢過ぎる悩みと言わざるをえない。筆者は、日銀が4月にマイナス金利という極端な金融緩和に終止符を打った後、当分の間、政策金利を据え置くと予想している。端的に言えば、金融政策の正常化はそこで終わりということだ。

その理由は賃金上昇率が十分に高まらないからに尽きる。物価上昇率を抑え込むことを目的とする連続利上げは、賃金上昇率が強すぎて金融引き締めを講じる必要が生じたときに実施されるはずである。たとえば賃金上昇率が3%超まで高まり、2%の物価目標達成が脅かされる状況がそれにあたる。

しかしながら、現在の日本の賃金上昇率は約30年ぶりの高い伸びとはいえ、所定内給与(いわゆる基本給に相当する概念)は2%弱の上昇であり、2024年度も同程度の推移が予想されており、インフレ抑制を目的とする連続利上げを必要とする領域には、かなりの距離がある。

現在の賃金上昇率は、マイナス金利という極端かつ副作用の大きい金融緩和策の終了を正当化するには十分な伸びであるものの、その後の連続利上げが必要になる状況が到来するとは考えにくい。ちなみに欧米が果敢な利上げを実施した背景には、極度の人手不足感が生じる下で、労働市場の構図が労働者優位に傾いた結果、賃金が異常値的な上昇を記録したことがある。

「マイナス金利解除で円安進行」もありうる

たとえば2022年央のアメリカにおける平均時給は、前年比6%程度まで高まっていた。そうした賃金由来の高インフレに対して金融引き締めは正しい処方箋と言えるが、日本にそうした状況が訪れる可能性は低いだろう。

そうであれば、日銀の金融政策が日本株の上昇を阻害する可能性は低いと判断される。反対にマイナス金利解除をきっかけに円安が進むという、直観とは逆の展開も想定しておきたい。

それはYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)の修正を実施した2023年7月と10月はその直後に「これでしばらく円高イベントはない」との見方から投機筋が円売りに傾き円安が進行したことから教訓を得たものだ。

仮に、4月25〜26日の日銀金融政策決定会合でマイナス金利が解除された際、植田和男日銀総裁が先行きの利上げについて慎重な見解を示せば、その可能性が高まるだろう。円安は日経平均株価採用銘柄の約6割を占める製造業にとって追い風となる。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(藤代 宏一 : 第一生命経済研究所 主席エコノミスト)