「ジェネレーティブAIの期待感について、マーケターと法務担当者では感じ方が大きく異なる」。これは、1月15日に行われたJAAデジタルメディア委員会セミナー「デジタル広告に潜むリスクの現在〜生成AIとその影響とは〜」の冒頭で、世界広告主連盟(WFA)CEOであるステファン・レールケ氏が語ったビデオメッセージだ。

同氏は、ジェネレーティブAIについてのマーケターの期待感を紹介する一方で、「ジェネレーティブAIに懐疑的な人は、成果物の質、技術に対する勘違い、技術の誤用、乱用の可能性を懸念している」と強調し、「データ保護とプライバシー」「知的財産権と著作権」「ブランドセーフティ」「多様性・公平性・インクルージョン」の4つをリスクとして挙げた。

レールケ氏が指摘したリスクは、少し先の脅威というわけではない。デジタル広告を取り巻く問題はすでに山積しているが、ジェネレーティブAIの登場で状況が悪化する可能性は否定できないのだ。いま、このリスクに対処するため行動に移さなければ、広告主はさらにブランドリスクにさらされ、生活者にとってのデジタル広告の信頼度は、地に落ちてしまうかもしれない。

「リスクを軽減するために、リスクを理解し行動すること」が必要だとレールケ氏は語った。では広告主は現状をどう理解すべきなのか。セミナー内で実施された広告主3社と経済産業省によるパネルディスカッション「加速するデジタル広告のリスク拡大にどう対応するか」の内容から、日本の広告主がとるべき対応を読み解いていく。

広告主が認識しなければいけないこと



広告主によるパネルディスカッションは、パナソニックコネクトのCMOであり、JAAのデジタルメディア委員会委員長を務める山口有希子氏をモデレーターに、経産省商務情報政策局情報経済課の仙田正文デジタル取引環境整備室長、花王でマーケティング創発センターメディア企画開発部MP室長を務める板橋万里子氏、KDDIコミュニケーションデザイン部の森加夢偉氏が登壇し、デジタル広告のリスクについて話し合った。

まず、経産省の仙田室長が、昨年3月に実施した同省による広告主向けのアンケートの一部の回答を紹介。デジタル広告の品質を気にしているという広告主に聞いた質問において、「対策はプラットフォームの提供するレポート画面を見て品質チェックするというのが半数だった」と話し、アドベリフィケーションツールで対策している広告主は2割にも満たなかったと言い添えた。また、配信先を気にしている広告主に絞って質問しても、すべての掲載先を把握している広告主は2割、部分的に把握しているのが7割という結果だったようだ。

エージェンシーやパートナー、メディアなどと比べても広告主の意識が低いことは、JICDAQや経産省のリサーチでも判明している。そのうえで山口氏は、「問題を認識していない、あるいはそれに対してアクションしていない状況は憂いべきこと。ただし、積極的に問題に取り組み解決しようとしている広告主もいる」とし、花王の板橋氏とKDDIの森氏を紹介した。

なぜ広告主が負担するのか



花王の板橋氏はまず、自社のアドベリフィケーション対策の歩みを述べ、「導入当初は、なぜ広告主が広告料を払って広告を出しているにも関わらず、さらにお金を使ってツールを入れて対応しなければならないのか、といった葛藤が社内でも出てきていた。導入すること自体が懐疑的な時期でもあった」と、2017年ごろの導入当初を振り返った。しかし、自社が設ける相談窓口に「不適切な場所に広告が出ている」との消費者からの報告もあり、対策しなければいけない問題だと舵を切ったという。

「どうして瑕疵(かし)がある広告枠を提供されている広告主がお金を払わなければいけないのかという議論は最初からある」と山口氏は切り出す。板橋氏はその問いに応じ、「自衛と考えるしかない。不正掲載面報告ツールではなく、ブロックツールを入れなけれないけない。媒体社側やプラットフォーム側に努力してもらうことはもちろんだが、現状のテクノロジーではイタチごっこにしかならない。出稿側が何もしないということを、むしろ諦めた」と話した。

一方で、KDDIの森氏は、マスメディアの担当からデジタルの担当に移動したときの印象を踏まえ、「正直驚いた。マスメディアでは担保されていた広告枠のクオリティが、デジタルではない場合があったからだ」と述べ、リスティング広告で起きる不正クリックについて話しを展開した。

「日本のリスティング広告はクリーンなものだと誤認しており、状況を知るまでは不正クリックの話題が遠い外国の話しだと感じていた」と森氏。しかし、日本で、しかも自社も被害があることを確認し、社内でもアドベリフィケーションに対する意識が向上したという。「リスティング広告でも不正クリックは確かに存在していて、それを知ることがまず第一歩なのかと感じる」。

届けたいオーディエンスに届けるためには



ディスプレイ広告やリスティング広告、動画広告やSNS広告など、デジタル広告の出稿先は多様にあるなかで、「予算の問題もあるため、どこから取り組むかの優先順位をつけるべきだ」と板橋氏は言い、Youtube広告の対策もしていることを話す。「プレミアムな媒体に出せばよいという意見もあるが、そうでないターゲティングも当然ある」。

そうしたなか、「大手のプラットフォームに出稿していれば安心ではないか、という誤解もある」と山口氏は話し、経産省の仙田氏は「企業とヒアリングしていると、『大手プラットフォームだから安心』と考えている企業もみられる。この問題は、本当に企業によって感度が違う」と述べた。

市場に蔓延する悪行にジェネレーティブAIという強力な力が加われば、さらにリスクは加速するだろう。山口氏は「AIによって拡張され、さらに不正の幅が広がっている」と続ける。それに対し森氏は、「対策もある程度の限界はある。たとえば、手段そのものを変えていかねばならないとも感じている」とし、こう続けた。

「ターゲットオーディエンスにターゲティングすることをやめ、クリーンな面を用意して活用する。AIに任せすぎないということもテーマのひとつになってくるのではないか」。

業界全体で取り組む



一方で板橋氏は、「たとえば雑誌などであれば、掲載証明として見本誌や掲載誌を出してもらえるが、運用型広告ではそうした掲載証明が作りにくい。だからこそ、この期間にこういうターゲティング、というリッピングされた掲載画面をエージェンシーに提出してもらうという取り組みを行っている」とし、「全部は見られないかもしれない。しかし、健康診断のような感覚でも、期間を決めてでもよいから、自分たちの広告が一体どこに出ているのか把握する必要がある」と述べた。

仙田氏は、「経営層を含めて業界全体で取り組みを進めていくことが大事。そして、まずは広告主の意識改革、あるいは広告の買い方改革を進めたい」と話し、エージェンシーは、広告主に広告の質に対する課題を積極的に説明を、プラットフォーマーは、アドフラウドがどういう状況なのかなど、管理画面レポートの情報提供の拡充を、と要望を示した。

これらの取り組みは、デジタル広告のシェアがさらに伸びていくなかで、広告主が自社を守るため、健全なマーケティングを実現するために取り組むべきことになるだろう。「業界全体でやらなければ、さらに大きな問題となってしまうという意識を持ち、具体的な改善に取り組むことが理想だ」と山口氏はまとめ、まだ対策の意識が薄い広告主に呼びかけた。

より深刻な問題になる前に、正しい道に足並みをそろえて向かわなければならないかもしれない。ジェネレーティブAIというある種のパンドラの箱は、すでに開いてしまっている。

Written by 島田涼平