インドに「カレー」はない!? バターチキンにビリヤニ、インドの驚くべき食のミステリー〜注目の新書紹介〜
あけましておめでとうございます。書評家の卯月鮎です。「おせちもいいけどカレーもね」は昭和に流行った「ククレカレー」のコマーシャル。そして、私としては「カレーもいいけどビリヤニもね」とオススメしたいところです。
ビリヤニとは、スパイスや肉(羊や鶏)を使ったインド風炊き込みご飯。2年ほど前にインド料理店で出会ってからすっかりハマり、友達にも布教しまくったのですが、誰もピンと来ず……。
ところが、去年セブンイレブンでビリヤニが発売されるや、友達から「ビリヤニって美味しい料理を見つけた、今度食べてみて」と言われ、「あのとき教えたあのビリヤニだよ!」と思いましたが(笑)、セブン-イレブンの影響力にはかないませんね。
インド在住経験者がインドの食文化をリアルに語る
さて、今回紹介する新書は『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(笠井亮平・著/ハヤカワ新書)。著者の笠井亮平さんは岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授。専門は日印関係史、南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治。在インド、中国、パキスタンの日本大使館で外務省専門調査員として勤務した経験を持っています。著書に『インパールの戦い』(文春新書)、『インド独立の志士「朝子」』(白水社)などがあります。
バターチキンの意外なルーツとは?
インド料理といえばカレーと相場が決まっている……と長年思い込んできましたが、実は、そもそもインドには「カレー」なる料理はないと言える、と著者の笠井さん。英領インド時代、スパイスを使った煮込み料理や汁物料理をひっくるめて、イギリス人が「カレー」と呼んだのが発端という説が有力だというのです。
本書の狙いは、インド料理の諸々のステレオタイプを一掃し、よりリアルな姿を紹介すること。そして料理を通じてインドの文化や宗教、さらには歴史を解き明かすこと。第1章「『インド料理』ができるまで―四〇〇〇年の歴史―」では、その発祥と進化がまとめられています。
日本人にも馴染み深い料理の真のルーツがわかるのが、第2章「インド料理の『誤解』を解こう」。日本にあるインド料理店の定番セット「バターチキンとナン」は、必ずしもインド人が日常的に食べているものではなく、北インドの、しかも外食としてのメニューなのだそう。
バターチキンは伝統料理というわけではなく、首都デリーのレストラン「モーティー・マハル」で70年ほど前に考案されたとか。そもそもこの店はインドとパキスタンが分離した際に、パキスタンの主要都市ペシャワールから移ってきたヒンドゥー教徒たちが作ったもの……と歴史的背景もしっかりと解説があるのが本書のスパイスにも負けない深みです。
では、南インドの食文化はどうかというと、米が中心。ペルシアの炊き込みご飯・プラオが、ムガル帝国の宮廷に伝わって生まれたというビリヤニ。それを食べて感激したであろうインドの人々が地元に持ち帰り、各地で特色あるビリヤニができたそうです。
ビリヤニの聖地・ハイデラバードの、マリネした肉にそのまま米を乗せて炊き上げるカッチ式ビリヤニ、コルカタのゆで卵とジャガイモが入ったビリヤニ……どちらも食べてみたいものです。
8種類に分類されるインドのベジタリアン、岸田首相がモディ首相に振る舞われたインドの屋台料理、インドのマックにインドのココイチは何が本国と違うのか、独自の発展を遂げた“インド中華”……と、インドで日本大使館に勤務していた笠井さんならではの臨場感あるインド料理のトピックが並びます。グルメガイドやグルメ雑学本を一歩進めて、歴史や風土といった視点から深掘りすることで、現代のインドの姿も浮かび上がってきます。
最近さまざまな形で話題になるインド。インドへ続々と進出する日本の外食産業という話題も本書にはあります。日本ではビリヤニがコンビニに並び、インドでは亀田製菓の柿の種が支持される。食のグローバル化がどのように進むのか、興味深く考えさせられました。
【書籍紹介】
インドの食卓: そこに「カレー」はない
著者:笠井 亮平
発行:早川書房
カレーを「スパイスを用いた煮込み料理」と定義すれば、そこには数え切れないほどたくさんのインド料理が含まれる。日本でイメージされる「カレー」とはかけ離れたものも少なくないーー在インド日本大使館にも勤務した南アジア研究者がインド料理のステレオタイプを解き、その実像を描き出す。インド料理店の定番「バターチキン」の意外な発祥、独自進化したインド中華料理、北東部の納豆まで。人口世界一となった「第三の大国」のアイデンティティが、食を通じて見えてくる! カラー写真多数。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。