改正大麻取締法「使用罪」創設で浮かぶ新たな問題
大麻取締法などの改正法が可決、成立した参院本会議=12月6日(写真:共同通信イメージリンク)
昨年11月、大麻に似た成分が入った「大麻グミ」を食べた人が体調不良を訴え、病院に搬送されるケースが相次いだ。
似た成分を規制する「包括指定」も
厚生労働省はグミから検出された危険ドラッグの成分、合成カンナビノイド「HHCH」を新たに指定薬物とし、販売や使用を禁止した。さらにHHCHに似た成分をまとめて規制する「包括指定」も行った。
他方、昨年12月には改正大麻取締法が成立し、「大麻使用罪」が新しく創設された。大麻を使用した大学の運動部員の逮捕など、大麻や薬物にまつわるニュースが後を絶たない。一体どんな対策が有効なのだろうか。
危険ドラッグの成分である合成カンナビノイドHHCHが入った大麻グミは、大阪市の会社が製造・販売していた。厚労省は11月22日、HHCHを薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)上の指定薬物とし、所持、使用、流通を禁じた。
さらに、今後もHHCHと構造が似た合成化合物が含まれた新製品が出てくる可能性があるため、厚労省は12月27日、似た成分をまとめて規制する包括指定も行った。
これに対して、「包括指定をしても、いたちごっこが続く可能性はある。規制だけでは薬物問題はなくならない」と話すのは、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部心理社会研究室(東京都小平市)の嶋根卓也室長だ。
合成カンナビノイドは幻覚などの精神作用を引き起こす人工の化学物質。同じく精神作用を持つ大麻の成分「THC」と似ており、摂取すると大麻に似た感覚をもたらすことから、「合法の大麻代用品」と偽装されて売られることが多い。
THCと似た成分を含む危険ドラッグは近年、次々と登場しており、2021年にはHHCを含む製品が、その後もTHCHを含む製品が出回り、健康被害の情報が寄せられた。
この2つは2022年3月と2023年8月にそれぞれ薬物指定されている。今回も新たに法律をすり抜けるかたちで、化学構造を変えたHHCHを含んだ製品が登場したわけだ。
合成カンナビノイドも、THCも、脳内のカンナビノイド受容体に結合するが、嶋根室長によると、受容体に結合する力がTHCよりも高い合成カンナビノイドもあれば、低いものもあるという。結合力が高い場合は、健康被害が出る危険性も高いといえる。
今回の包括指定について、嶋根室長は次のように指摘する。
「一括して規制することは合理的であり、一定の抑止効果が見込まれる。しかし、規制のたびに新たな化学物質は登場する。薬物問題が消えたことはこれまでない。規制だけでは薬物問題はなくならない。薬物問題を抱えた人が相談や支援につながりやすい社会が必要だ」
法改正で医療用大麻が解禁に
他方、2023年12月に成立した改正大麻取締法の主な柱は、医療用大麻の利用の解禁だった。
海外では幻覚や妄想といった精神作用を起こさない大麻の成分「CBD」を主成分にした難治性てんかんの治療薬エピディオレックスが使用されているが、日本ではこれまで大麻草から製造された医薬品の使用を認めていなかった。そのため、今後、安全性と有効性が確認されれば使用できるように変更した。
EPIDIOLEX®(cannabidiol)のオフィシャルサイト(HPはこちら)より
ただ、医療用大麻の解禁により、嗜好用大麻が解禁されたという誤解が広がる恐れもあることから、大麻を麻薬取締法で取り締まる「麻薬」に位置づけ、すでに禁じられている所持や譲渡に加えて、使用でも罰せられる「大麻使用罪」が創設された。
大麻を使用した場合、今後は7年以下の懲役となる。
2022年5月から今回の改正について議論してきた厚労省の有識者会議「大麻規制検討小委員会」の委員の1人で、神奈川県立精神医療センター依存症研究室(横浜市港南区)の小林桜児医師は、大麻使用罪の創設について「逮捕というかたちで薬物依存患者の社会生活がいったん止まる。それにデメリットを感じることで、その人が医療につながるきっかけになる」と、大麻使用の蔓延を阻止する手段として期待する。
小林医師によると、大麻の主な特徴はすぐに害(心身への害)が出にくいことで、禁断症状・離脱症状が早くに現れる覚醒剤と比べ、年単位、10年単位で出ることが多いという。
「10代から習慣的に吸っている人は、成人になってから精神疾患を発症しやすくなったり、知能指数(IQ)が低下したりする。逆に言うと、そうした症状が出るまでは、大麻の摂取は本人にとってよく眠れるとか、不安がなくなるとかのメリットがあるので、やめる理由がない」(小林医師)
だが、精神疾患を患ったり、IQが下がったりしてから、使用前の自分に戻りたいといっても手遅れだ。
実際、この9年間に同院の依存症外来を初診で訪れる人の使用薬物は、覚醒剤が380人なのに対し、大麻だけの場合は10分の1に過ぎないという。
「そもそも人が依存症になる理由は、好奇心ではなく、何らかの逆境体験を持ち、孤立し、人に頼ることを放棄していること」と小林医師は説明する。このため、メリットがデメリットを上回っている間は、その物質に頼って過ごしてしまう。
「何も不利益を経験せずに、自発的に依存症治療やリハビリ施設にやってくる大麻使用者はほとんどいません。使用罪で逮捕され、何らかの社会的な制約を体験することは、『こんなデメリットがあるなら、たとえ大麻で熟睡できたり不安が消えたりしたとしても、精神科で睡眠薬や安定剤をもらったほうがいい』と、人を頼る第一歩になりえます」(小林医師)
周囲に相談しやすい体制を
とはいえ、使用罪ができたからといって依存症患者がたちまち医療機関につながるわけでも、回復するわけでもない。必要なのは司法、医療、福祉の連携だと小林医師は言う。
国会で採択された付帯決議でも、大麻使用者が教育や治療、就労支援の各プログラムに参加する仕組みの導入や、周囲に相談しやすい体制の整備について、政府が検討することが盛り込まれた。
小林医師が望むのは、使用罪で逮捕されたら、薬物依存症専門の医師や心理士、弁護士らがその人のアセスメント(評価)を適切に行う体制だ。
例えば、恋人に勧められて断れず、たまたま一服吸ったら捕まったという人は、依存症の治療は必要ない。一方、心のバランスを取るために習慣的に吸っているという人は、生きづらさや逆境体験の評価をし、重症化する前に必要な医療や福祉につなぐことが求められる。
ただ、現状は受け皿の1つとなる薬物依存症専門の医師は不足し、社会復帰までの施設なども足りていない。
使用罪の創設については「薬物事犯としてスティグマ(負の烙印)が押されてしまう」といった懸念の声も上がっている。
だが小林医師は、薬物事案は“支援が必要な人たちの孤立のサイン”ということをメディアが理解して、薬物事犯の更生をひたすら促すようなトーンの報道をやめると同時に、実名報道をやめる。また、子どものときから適切な予防教育が行われたりすれば、著しいスティグマはなくなるはず、と考える。
「ダメ。ゼッタイ。」は効果なし?
今も行われている厚労省の薬物乱用防止キャンペーン「ダメ。ゼッタイ。」は効果がないそうだ。
「薬物を必要とする人は、ダメとわかっていてもやるからです。孤立しているから依存症になるので、学校などではいろんな相談の窓口があるということを、早い時期から教えてほしい」(小林医師)
前出の嶋根室長も、薬物の害を強調するのではなく、人に相談する力を養う予防教育を重視している。他者とのコミュニケーションの取り方や、断り方、情報を読み解く力などのスキルを教え、教室などで実践してもらう参加型のプログラムを提唱中だ。
現在、嗜好用大麻を合法とする国はカナダ、ウルグアイ、ドイツ(2024年から)などがあり、アメリカは州によって合法化している。
日本の大麻取り締まりの議論でも、海外の取り組みにならうべきとの意見もあるが、「海外をまねる必要はない」と小林医師。大麻の経験率は、アメリカは国民の約40%、ドイツは約25%なのに対して、日本は1.4%に過ぎないからだ(厚労省「現在の薬物乱用の状況」より。データはこちら。日本に関しては「薬物乱用・依存状況の実態把握と薬物依存症者の社会復帰に向けた支援に関する研究」より。データはこちら)。
「合法化している国は使用率が高い。合法化して国が管理することで、大麻関連の金が犯罪組織に流れないようにしたほうが、大麻が広がることよりもメリットがあるなどの背景がある。けれど、検挙率が増えているとはいえ、使用者が全国民の1%という今の日本では、私はまだ使用罪で間に合うと思っています」(小林医師)
この考えでいえば、現在、若者を中心に広がる市販薬の過剰摂取の問題は、合法である市販薬の使用者は膨大な数にのぼるため、別の対策が望まれるという。20歳未満の人が大量購入することを禁じる対策も有効だ。
しかし、手に入りにくくすれば市販薬の依存症が治るわけでもない。冒頭で触れている、法をすり抜けて登場する危険ドラッグも同様だ。
大麻をはじめアルコールや薬物への依存が心理的不安や孤立から来るなら、この先も薬物がなくなることはないだろう。だからといって、取り締まりや対策をしなければ、蔓延してしまう。
「体を壊しても自己責任だと突き放す社会でいいのか、私たちはどういう社会を作っていきたいのか、考えてほしい」と小林医師は話している。
(井上 志津 : ライター)