東大卒業式での佐々木望氏(写真:佐々木望/インスパイア)

多くの作品で活躍する声優として多忙な毎日を送りながら、46歳のときに独学で東京大学文科一類に合格を果たした佐々木望氏。仕事と勉強の過酷な両立のなかで成功をつかみ取った秘訣は「ワクワクした気持ち」の持続にあるといいます。そんな佐々木氏が、つまずきがちな受験勉強を乗り越えるために実践した、「網羅的な学習法」と「瞬発的な裏技」の組み合わせによる実践的な記憶術を紹介します。

※本稿は佐々木氏の新著『声優、東大に行く 仕事をしながら独学で合格した2年間の勉強術』から一部抜粋・再構成したものです。

「いつかは覚えられる」と気楽に淡々と

勉強して新しい知識や考え方を頭に入れたつもりでも、翌日になると「あれ、なんだったっけ」となることがありませんか?

と問いかけてみましたが、私のことです。覚えたつもりでも、しょっちゅう忘れます。

われながら残念な記憶力ではありますが、そうは言っても、勉強での記憶力はその人の能力や年齢とは関係のないフェーズの話だと考えています。

だって、能力でも年齢でもほかの要素でも、「私は○○だから覚えられないんだ」と思ってしまうと、勉強にも勉強している自分にも、とたんにワクワクできなくなるじゃないですか。いいことなし、です。

だから、覚えていないという状態は「まだ繰り返しが必要」という単なる「途中の状態」なんだから忘れるのはあたりまえ! と割り切って、記憶については自分にあまり期待せずに、忘れてもくさらずに、そしてけっして自分を責めずに、「いつかは覚えられるし、覚えられなくてもそれはそれで問題ないや」くらいに、気楽に淡々と繰り返しています。

気楽に淡々と何度でも。

気楽に淡々と何度でも。

せっかく勉強しようと決めたんだから、その気持ちを自分で下げてしまわないように。

勉強を続けるためには、まず自分がストレスを感じないように、つらくならないようにしてあげることが大切だと思うんです。

「人にはやさしく」の基本は「まず自分にやさしく」です!

繰り返し読むことで記憶の「重ね塗り」を

忘れることを気にしなくてもよいといっても、やはり記憶していた方が圧倒的に効率がよいという事項もあるので、自分に合う記憶法を模索してみたこともありました。

「書いて覚える」という方法は、それが合うかたもいらっしゃるのでしょうが、万人に効果がある方法ではなく、むしろ、向いている人の方が少ないのではないかと思っています。

とくに、受験勉強などの日時や期限が決まっているものについては、向き不向きだけでなく、時間対効果の問題に関わってくるからです。

書いて覚える方法は時間がかかります。書くのに費やした時間は、書かなければほかの勉強(勉強でなくても)に使えた時間です。

貴重な可処分時間を書くことに使いたくなかったので(そして、書くのはめんどくさかったので)、ひたすら見てひたすら読みました。繰り返し書くよりは繰り返し読む方がずっと速く、たくさん繰り返せます。

記憶の定着度は繰り返した回数で決まるので、より繰り返しの回数をもてる「読むこと」を優先しました。

繰り返し読むという方法は、覚える負担がないのが長所です。わざわざ暗記作業をしなくても、繰り返すことで少しずつでもなんとなく頭に残り、さらに繰り返すうちに自然に定着していきます。

記憶を薄く塗り薄く塗り、と重ね塗りしていくようなイメージです。

ときには「何度繰り返しても覚えられない!」ということもありますが、そういうものは、自分には縁がなかったと割り切ってきっぱり捨ててしまうのもアリですし、もしくは、最終的に(極端にいえば試験当日に)頭に入っていればいいと考えて、直前だけなんとか頑張って覚えるのもアリです(後で紹介する「寸前記憶法」をお試しください!)。

できるだけ快適にできるだけ楽しく勉強するために、暗記はできるだけしないようにして、繰り返すことで結果的に記憶している状態に持っていきました。

繰り返す際も、「覚えよう。覚えねば」と欲を出してしまうと、覚えられなかったときにストレスになるので、「覚えなくていい。今日はただ繰り返すだけでOK」、「覚えなくていい。今日もただ繰り返すだけでOK」と自分を甘やかして、気楽に淡々と繰り返していました。

暗記しようとせずに「覚えられればラッキー」くらいに軽く考えて繰り返していると、そのうち「おっ、けっこう覚えてるじゃん自分」と気がつくこともよくありました。

とにかく何度でも「塗り」の補強を重ねて

新しい分野や科目の勉強も、薄く重ね塗りするやり方で始めるととっつきやすく思えました。

まずは、あまり時間をかけずに本全体をさっさと一周してみる。

2回目も、細かい点は気にせずさっと一周する。

そうやって何度か繰り返すのです。

初回からべったりと隅から隅まで塗ろうとすると全体を塗り終えるのに時間がかかります。1冊の本に1か月も2か月もかけていると、終わる頃には最初に読んだことを忘れてしまうかもしれません。

私なら絶対に忘れます。

とくに初回は、うっすーい塗りでかまわないので、スピード重視で終わらせます。塗り残しがあっても気にせずに繰り返すと、いずれはなんとなくでも全体的に塗ることができて、その頃には記憶にもよく定着しています。

ただ、こうやって薄く重ね塗りしていっても理解も記憶も全体に均等にはならず、繰り返しても「塗りが薄い」ままの箇所が出てきました。

そういうときは、別途、その部分の塗りの補強をする時間をとったこともあります。

東大数学を目指して「確率」を強化した1週間

東大数学の過去問を見ると、ほぼほぼ毎年、確率の大問が出題されています。そこで、一度集中して確率を勉強しようと、ある1週間の勉強時間をすべて確率だけに使うことにしました。受験前年の夏頃のことです。

名づけて「確率強化週間」!

強そうな名前です。

この週を越えたら私の確率解答力は飛躍的にアップするに違いない。

私は確率のスペシャリストになる!

名前をつけただけでもう気分が高まりました。

そのまま書店に行って、確率だけを扱った問題集を新しく購入しました。まっさらの、しかも「確率」に特化した問題集に取り組む方が「強化週間」っぽいからです。

「確率強化週間」といっても山にこもって確率を解いていたわけではなく、普段どおりに仕事も生活もしながらなので、1週間はあっという間に終わり、問題集の半分まで進めるのがやっとでした。

それでも、ともかくも確率にどっぷり浸かった週にはなりました。

翌週から「確率のスペシャリスト」になれたかというと、まあなれませんでしたが、確率に対する理解も好感度も、少なくとも前の週までに比べるとワンランクずつアップしたような気がしました。

ひとつの分野を短期間に集中的に勉強すると、少しずつゆっくり勉強していくよりも一気に力がつくことがあります。それは、英語の勉強をしていた時期にも、この「確率強化週間」でも実感しました。

このように、たまに短期集中で固め打ちすると、網羅的な勉強とのメリハリがついて刺激になり、自信も生まれます。

最後の頼みの綱は、試験ギリギリの「寸前記憶法」

暗記作業は好きではありませんが、勉強していて、やっぱりこれは覚えておいた方があとあと都合がいいだろうな、と感じることがあります。

なかなか記憶に定着しないものは、重要だと思える最低限の事項だけにしぼって、直前期にまとめて覚えました。最低限かつ直前にすることで、記憶をしてその記憶を保持しておく負荷をできるだけ減らしたのです。

意味づけも語呂合わせもせず丸吞みのようにゴリゴリと暗記したため、そこそこの負荷はかかりましたが、試験直後に忘れてしまってもかまわない、と短期間だけ頑張りました。

「直前期でも覚えたくない。どうせ覚えても忘れるし」というかたは、試験のぎりぎり間際に覚える手もあります。前日の夜や当日の朝にはじめて暗記をするのです。

試験会場ではたいてい、解答用紙や問題冊子が配られ始める前までは参考書やノートを見ることが許されています。試験開始直前のそのわずかな時間が、記憶する最後のチャンスです。

私は、その科目で絶対に知っておいた方がいい、でも正確に覚えられているかどうかあやしいといった事項を書いたメモを持ち込み、それを最後の1秒まで見て、脳の短期記憶に入れようとつとめました。

絶対に知っておいた方がいい事項というのは、たとえばセンター数学では、「3変数の因数分解公式」、「積分の面積公式」、「メネラウスの定理」などです。

これらの公式や定理を知らなくても問題は解けますが、知っている方が圧倒的に解答時間を短縮できます(これらが使える問題が出たら、ですが)。時間がタイトなセンター数学で使わない手はありません。

「参考書などをしまってください」とアナウンスされるまでメモをガン見して、書いてあることを脳裏に刻みつけます。

そこから試験開始までは短くて数十秒、長くても数分間。その間、ほかのことは考えずに、覚えたことを頭のなかで反復しまくって記憶から消えないようにします。

そして「解答はじめ」の合図があったらすぐに、なによりも真っ先に、それらを問題冊子の余白に一気に書いてしまうのです。

余白に書き終えるまで覚えていれば、それでOK!

いまさっき覚えたことを頭で反復しまくってからすぐ書くので、ほとんど正確に書けます。書いてしまったらもう安心! 必要になれば試験中いつでも見られるのですから、もう頭から抜けても大丈夫です。

重要な事柄を紙に書いて試験に持ち込み、試験中にその紙を見たら不正行為になりますが、重要な事柄をいったん覚えて、試験が始まってから問題冊子の余白に書き留めることは、当然なんの問題もないわけです。


書き留めたことがその試験で使えるかどうかは問題を見なければわからないことですが(そして、結局使えなかったということも多々ありますが)、いざ必要になったらいつでも参照できると思うと安心して問題に取り組めます。

このように強引なまる覚えは、記憶からすぐに揮発してしまいます。試験開始直後に余白に書き留めてホッとした瞬間にもう忘れてしまうほどです。

でも、その試験中に使える状態になっていれば、頭のなかになくてもよいのです。

余白へのメモは、脳の外部記憶装置として機能します。

この寸前記憶法は自分にはとても役に立ちました。

第2回:「40代で東大合格」声優が"一日坊主"推奨する理由

(佐々木 望 : 声優)