自動運転の試験や検測装置の搭載が進む中、東海道新幹線の次世代車はどんな姿で登場するか(写真:JR東海提供動画より)

東海道新幹線の目下の主役といえば、2020年7月に営業運行を開始した最新車両の「N700S」。しかし、いずれ後継車両が開発され、新旧交代の日は来る。新たな車両はいつ登場するか、どんな性能を持つのか。それを占うような走行試験が昨年、2023年5月10日の深夜に行われた。

ドクターイエローよりレアな車両

最終列車が出発して人けのない深夜の浜松駅ホームにN700S車両が姿を見せた。車体には「J0」という記号が記されている。

J0編成は量産車に先立ち製造された第1号車両。停電時のバッテリー走行などN700Sに搭載された数々の新技術の性能確認を行う確認試験車だ。試験走行のデータは量産車の製造に反映される。量産車が製造され、運行を開始した後もJ0編成は営業車両に転用されることなく、開発中の新技術を検証するための車両として走行を続けている。

外観はN700Sの量産車両とほぼ同じで、黄色い車体色をまとって走行しながら電気設備や軌道設備の状態を測定する電気軌道総合試験車「ドクターイエロー」のように遠くから一目でわかるような特徴はない。しかし、J0編成の役割を考えれば、ドクターイエローよりもレアな車両といえるだろう。


N700SのJ0編成は新技術を開発するための特別な編成だ(記者撮影)

この日は浜松―静岡間を「自動運転」する走行試験が行われた。鉄道の自動運転は古くから行われているが、新幹線での営業運転の例はない。JR東海が目指すのは国土交通省の分類で「半自動運転」と呼ばれるもので、運転士が発車操作を行うと、その後の速度調整や駅での停車はすべてシステムが担当する。

浜松駅を出発した列車はぐんぐんスピードを上げ時速200km超で走行。その後は加減速を繰り返す。自動運転システムは線路のカーブや起伏、天候、省エネ性などを加味し、目的地までの距離や必要な速度をリアルタイムで計算し速度を調整しているのだ。


自動運転を試験中の車内。モニターに加減速のグラフが表示されている(記者撮影)

静岡駅には予定より2秒早く到着した。東海道新幹線は発車時刻や到着時刻を15秒単位で定めており2秒早着は十分合格点。係員が列車の停車位置を計測すると、所定の位置から0.9cm手前だった。停車位置は、所定位置から±50cmの範囲で停車するのが目標で、これも合格点である。


停車位置を計測する係員。ずれは所定位置から0.9cmだった(記者撮影)

乗り心地についても加速も減速もスムーズで運転士による手動の運転と違いはないように思える。自動運転システムによる運転だと言われなければ、乗客はわからないだろう。

自動運転列車に運転士が乗車する理由

新幹線の自動運転システムの開発に取り組んでいるのはJR東海だけではない。JR東日本は上越新幹線の新潟駅と新潟新幹線車両センターを結ぶ約5kmの区間で回送列車を使った自動運転の試験を実施しており、2020年代末に同区間の回送列車の完全無人運転、2030年代半頃には東京―新潟間における営業列車のドライバーレス運転を目標とする。

ドライバーレスは運転士資格を持たない係員が運転席に座り、安全確認やドア開閉を行うというもの。確かに運転を機械に任せるなら、運転席に座るのが運転士である必要はない。

JR西日本も2022年度から北陸新幹線白山総合車両所の敷地内で自動運転機能の要素技術開発として実証実験を実施している。JR東日本とJR西日本は協力して自動運転の実現に向けたシステム開発やコスト削減の検討を行うとしている。

JR東日本が運転士ではない係員が運転席に座るのに対して、JR東海は運転士が乗車することにこだわる。その理由は、運転士が乗車しているほうが異常時における手動運転への切り替えなどの対応を迅速に行える、と考えているからだ。東海道新幹線は運行本数が多いだけに、異常時の後に短時間で通常ダイヤに戻せれば、混乱の影響を最小限に抑えることができる。

一方で自動運転は乗務員の役割も変えることになる。運転士は負担が軽くなる分、現在車掌が行っているドア開閉を受け持つ。車掌はドア開閉の業務がなくなるが、人数は減らさない。旅に不慣れな乗客のサポートを手厚くしたり車内セキュリティー向上のため巡回を強化したりすることが新たな車掌業務として検討されている。

なお、昨年10月末には「のぞみ」の車内ワゴン販売が廃止され、パーサーの人数が3人から2人に減った。一方で、近年は警備員が乗車して車内を巡回するなど、乗務員の役割が大きく変わりつつある。自動運転が導入されれば、パーサー、警備員、車掌を含めた人数やその役割分担が抜本的に見直される可能性もある。

では、自動運転の導入時期はいつか。JR東海の新幹線鉄道事業本部の辻村厚・本部長は「2028年にはN700タイプの列車に自動運転システムを搭載し営業運行したい」と語る。


自動運転試験走行中の運転室内(写真:JR東海提供動画より)

この2028年は今後を占うカギだ。JR東海発足後に初めて造られたのは1992年に運行を開始した300系で、その7年後の1999年には700系、その8年後の2007年にはN700系が投入されている。N700系という名前だけ見ると700系のマイナーチェンジのように思われるが、実際にはフルモデルチェンジ。性能面では車体傾斜システムを搭載したことで、曲線区間でも速度を落とすことなく東海道新幹線の当時の最高速度である時速270kmで走行できるようになり、東京―新大阪間の運行時間は最大5分短縮された。

6〜8年おきに新型車両が登場

6年後の2013年にはN700Aが投入された。外観はN700系とほぼ同じだが、ブレーキ性能の向上によりブレーキをかけてから停止するまでの距離がN700系と比べて約10%短縮、車体傾斜装置も改善して乗り心地も向上した。また、既存のN700系も改造してN700Aで採用された新機能のいくつかが搭載されている。2015年には東海道新幹線の最高時速が285kmに引き上げられている。

2020年にはN700Sが営業運転を開始した。床下機器を小型化して配置を集約化したことで、基本形である16両編成から8両、6両への短編成化が容易になった。また、床下機器の小型化によって余裕が出たスペースにリチウムイオンバッテリーを搭載し、停電などによりトンネル内や橋梁上などリスクがある場所でやむをえず停止したとき、バッテリーを使って安全な場所まで自走することが可能となった。


最新型のN700S。16両編成以外に8両編成や6両編成への短編成化が容易になった。写真は8両編成の状態(記者撮影)

車内も全席にコンセントを設置したほか、静謐性も向上させた。このようにJR東海は6〜8年おきに東海道新幹線に新型車両を投入してきた。

そう考えるとN700Sの後継車両は2026〜2028年に登場する可能性が高い。「自動運転システムが搭載されるのは新型車両か」と尋ねると、辻村本部長は「N700Sの改良版か、新しい名前がつくかはわからない」としたうえで、「自動運転のほかにもいろいろな改良が施されるのではないか」と述べた。その車両に新機能が複数搭載されるなら、700系からN700系、さらにN700Sが生まれたように、新型車両として新しい名前がつけられる公算は大きい。

辻村本部長は複数の改良が施される可能性を示唆した。ではほかにどんな性能が加わるか。N700Sは営業走行をしながら架線や信号システム、軌道などを監視できる機能を持ち、毎日の営業運行と同時に検測を行うことができる。武田健太郎副社長は「営業列車に積む設備がどんなデータをどこまで取れるか研究中」とし、新型車両において状態監視機能を拡充する可能性は十分ありうる。

2023年12月12日には、高速走行中に架線の位置関係を三次元的に計測する装置や架線の金具を撮影し、AIを用いて金具の変形や破損などの異常を自動で検出する装置を開発したと発表した。今後、営業列車の搭載に向け耐久性などの検証やさらなる精度向上を行い、東海道新幹線の列車と指令の間で高速・大容量の通信が可能となる2027年以降の活用を見込むという。これも「新型車両」の登場時期と合致する。

ドクターイエローは引退か

営業列車が高速走行しながら線路や架線の状態を監視できるようになると、気になるのはドクターイエローとの兼ね合いである。


2001年に登場した現在のドクターイエロー(記者撮影)


ドクターイエローの車内(記者撮影)

JR東海が保有するドクターイエローは2001年の運行から22年経つ。いつ後継車両が登場してもよいが、営業列車で同じ業務ができればその必要はない。つまり、東海道新幹線の営業列車における状態監視機能が拡充され、ドクターイエローと同等の機能を持つようになれば、ドクターイエローの存続に関わってくる。

「ドクターイエローが今後どうなるかは多くの人が関心を持っており、JR東海の社内でもトップシークレット扱い」(JR東海の関係者)として、その帰趨についてはまったく情報が入ってこない。先述の新しい架線検査装置の開発についても、その効果として「作業員の徒歩巡回による外観検査の削減につながる」としており、ドクターイエローに関する言及はない。

しかし、すでに九州新幹線や西九州新幹線ではドクターイエローのような専用車両ではなく、営業用の列車に検測装置を組み込んで検査を行っている。状態監視機能を拡充した新型車両の登場に合わせてドクターイエローが引退するというシナリオは十分ありうる話だ。

車内の設備はどうなるか。2024年春には3、10、15号車にある喫煙ルームが廃止される。新型車両がこのスペースをどう活用するかも気になるところだ。現行の車両ではかつて7号車にあった喫煙ルームがビジネスブースになった。3、10、15号車のスペースは非常用飲料水置き場に使われる予定だが、より本格的な活用法があっていい。車内ワゴン販売の廃止もあり、自動販売機のスペースにするのは一案である。


N700Sの喫煙ルーム(写真:JR東海)

たとえば、近畿日本鉄道の特急「ひのとり」にはコーヒーサーバーやスナック類の自販機を設置したスペースがある。ワゴン販売の廃止に合わせて駅ホーム上にホットコーヒーやアイスクリームの自販機が設置されるようになったが、乗車後すぐ飲まないとコーヒーは冷めてしまうし、すぐに食べないとアイスは溶けてしまう。一息ついてから熱いコーヒーを飲みたい、カチカチに凍ったアイスを食べたいという利用者も少なくないはずだ。また、ビールサーバーを車内に置けば、泡立ちのよい冷たいビールが車内で楽しめる。


近鉄特急「ひのとり」車内にあるコーヒーサーバーやスナック類の自販機を設置したスペース(記者撮影)

長期的には食堂車が復活?

このほか、JR東海は時期こそ明言しないが、グリーン車の上級クラス座席の導入を検討中だ。JR東日本の新幹線E5系やE7系にはグリーン車よりもグレードが高い「グランクラス」が設定されている。本革の座席でシートピッチが広く、まるで航空機のファーストクラスのようだ。JR東海もこのような座席を検討しているのだろうか。

2027年以降にはリニア中央新幹線の品川―名古屋間が開業する。その後には新大阪延伸も控えている。東京と大阪を結ぶ大動脈が2重系化し、現行の東海道新幹線よりも短時間で移動したい人はリニアに流れるため、東海道新幹線は今までのような大量輸送にこだわる必要はなくなる。車内スペースに余裕ができれば、長期的には食堂車の復活がありうるかもしれない。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)