12月6日に新サービスの「Smart 5min(スマートファイブミニッツ)」を発表した程涛氏(中央)。「スイカゲーム」の生みの親だ(写真:issin提供)

2023年の「YouTube流行語大賞」まで受賞した大人気のパズルゲーム「スイカゲーム」は、在日中国人のシリアルアントレプレナー(連続起業家)である程涛氏が仕掛け人だ。

古巣の「スイカゲーム」とコラボ

大ヒットに伴いゲームの提供会社は高い収益が期待できそうだが、程氏本人はすでに経営から離れている。新たに設立したヘルスケア関連のスタートアップ企業のマーケティングで古巣のスイカゲームとコラボし、日本を舞台とした起業を再び軌道に乗せようと努めている。

「コラボ版のアプリを配信することで、もっとゲーム感覚で楽しめるサービスにしたかった」。程氏は自らが代表取締役を務めるissin(イッシン、東京・文京)が「Smart 5min(スマートファイブミニッツ)」と呼ぶ新サービスでスイカゲームと提携した背景をこう話す。

スマートファイブミニッツはスマートフォンに専用アプリをダウンロードしたユーザーが「AIパーソナルコーチ」に従って腹筋やスクワットなどの運動をすると、手首にはめた「スマートバンド」が心拍数を計測し、最適な強度のトレーニングプランを提供する仕組み。毎日5分間の運動習慣をつけることを狙っている。

issinは12月6日にこのサービスを発表し、クラウドファンディングサイト「マクアケ」で支援者を募り始めたばかり。専用アプリのダウンロードを即日可能にしたが、12月19日にはスイカゲームとの提携を発表し、アプリを進化させることになった。コラボ版は2024年2月ごろにアップデートで利用できるようになる。

issinはスマートファイブミニッツのように、健康を維持・増進するヘルスケア関連の商品・サービスを提供するスタートアップだ。

「習慣化」にスイカゲームを活用

「コーチの指示通りに運動する『ティーチング』ではなく、ユーザーが自ら考えて運動する『コーチング』を促す商品・サービスを世の中に広めたい」(程氏)。ユーザーが運動を習慣化するうえで、スイカゲームの人気は役立ちそうだという。

スイカゲームは画面上で果物を落として同じ種類のものをくっつけ、進化させてハイスコアを目指す素朴なカジュアルゲームだ。


ユーザーが運動を習慣化するうえで、スイカゲームとの連携は役立つという(写真:issin提供)

もともとは中国ネット検索大手、百度(バイドゥ)日本法人の子会社でネット広告技術を手がけるpopIn(ポップイン、東京・港)が2021年4月、新規事業である家庭用プロジェクターのアプリとして開発・内蔵したものだ。その直前に中国ではやっていた「合成大西瓜」というゲームをヒントに創り上げていた。

2021年12月には、プロジェクターの知名度を上げる狙いで任天堂のゲーム機「Nintendo Switch」版の配信を始めた。現在はpopInがプロジェクター事業を分離して発足したAladdin X(アラジン エックス、東京・港)がスイカゲームの権利を保有している。

著名なゲーム配信者がスイカゲームで遊び始めた2023年9月ごろから人気が高まり、240円という安さもあって12月13日には累計500万ダウンロードを達成した。

単純計算でAladdin X側に12億円超の収入を生み出したことになる。

実はこうしたスイカゲームの歩みは、程氏の連続起業家としての歩みと写し鏡のような関係にある。

中国・河南省出身の程氏は母国で大学受験に失敗し、親戚の勧めで2001年に日本に留学。東京工業大学を経て、東京大学大学院で情報工学を専攻していた2008年にpopInを創業した。

アメリカ・アップルの携帯音楽プレーヤー「ipod touch」の小さな画面の中で文字列をコピペするソフトで起業し、その後にネット広告技術へと事業を転換。これが百度日本法人の目に留まり、程氏は2015年、同社によるpopIn買収を受け入れて投資を回収する「イグジット(出口戦略)」を実現した。

程氏は百度グループ入りした後もpopInの「雇われ社長」を務める一方、社内起業で新たなビジネスに取り組んだ。それが現在のAladdin Xにつながるプロジェクター事業だ。2017年に発売した照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」は2021年末までに累計で25万台を販売するヒット商品となった。

程氏ら当時の経営陣が販促の一環としてそこに内蔵したスイカゲームが、2年の時を経て思わぬブームになっているという流れだ。程氏自身はスイカゲームから金銭的なメリットを得ているわけではないが、回りまわってヘルスケア関連というまったく別の起業で販促ツールとして利用する巡り合わせとなった。

popInは2022年6月、プロジェクター事業をAladdin Xとして分離し、別の中国資本に売却した。程氏も同年8月にpopInを離れ、その後はissinの経営に専念している。

すでに風呂上がりに無意識で体重を測定し、スマホアプリでデータ管理する「スマートバスマット」、管理栄養士・保健師らがオンラインで生活習慣改善プログラムを提供する「スマートデイリー」を事業化しており、スマートファイブミニッツが3つ目の商品・サービスとなる。

程氏は2008年の1回目の起業直後に、中国にいる父親を急病で亡くしている。父親は亡くなる前の3カ月で急激に痩せたといい、程氏にはissinを体重管理などを通じ、そんな不幸を未然に防ぐヘルスケア関連のプラットフォームに育てたいとの思いがある。

2024年1月14日には、オンラインエクササイズの同時接続数のギネス記録に挑戦するイベントをネット上で開き、スマートファイブミニッツのユーザー獲得につなげる計画だ。

なぜ日本での起業を続けるのか

「私はアジアの他の国でもビジネスを展開してきたが、日本ほど公平なマーケットはない。過当競争にさらされる中国に比べ、スタートアップの成功率は高いはずだ」。程氏は日本で起業を続ける理由をこう語る。

コピペ用ソフトからプロジェクター、ヘルスケア関連とさまざまな事業を手掛けてきたが、程氏が中国人であるという理由で導入を断られた例はひとつもなかったという。分厚い人材層やベンチャーキャピタル(VC)など日本で最高水準の充実ぶりで知られる東大の創業エコシステム(生態系)をフル活用し、issinの経営基盤を少しずつ固めている。

issinでは他社への売却ではなく、株式市場における新規株式公開(IPO)でのイグジットを目指すのだという。日本政府は現在、外国人が日本で起業する際の在留資格の緩和など条件整備に動いているが、程氏はそんな動きを先取りしているかのようだ。

(山田 周平 : 桜美林大学大学院特任教授)