企業のリスクマネジメントに対する考え方を「実際のトラブル」を例に見てみましょう(写真:metamorworks/PIXTA)

企業の不祥事や問題、トラブルが報じられるニュースは枚挙に暇がありません。たとえばセキュリティ対策や人権・労働問題、商品の品質やマーケティングなど、その種類は様々です。しかし、これらのニュースを「ESG」の文脈から見ている人は少ないのではないでしょうか。

『あわせて学ぶESG×リスクマネジメント』の著者で公認会計士の木村研悟氏曰く、「環境:Environment、社会(人権):Social、ガバナンス:Governanceの頭文字をとったESGの本質は、『その企業のリスクマネジメント』にある」と話します。

そこで、この記事では企業のリスクマネジメントの考え方を「実際のトラブル」を例に挙げながら解説します。

■評価や信頼を勝ち取るために不可欠な「品質とマーケティング」

品質は、製品やサービスが持続可能で社会に対して責任ある形で生産・提供されることを保証することであり、ESG目標の達成に直結します。

一方、マーケティングは、商品・サービスの安心安全を顧客やステークホルダーに伝え、評価や信頼を勝ち取るための不可欠な手段となります。

1976年にOECD(経済協力開発機構)が策定した「OECD多国籍企業行動指針」では、情報開示、人権、雇用および労使関係、環境、贈賄・贈賄要求・金品の強要の防止、消費者利益など、幅広い分野における責任ある企業行動に関する原則と基準を定めていますが、この記事ではその中でも「消費者の安全」に焦点を当てて解説を進めます。

オンライン上で流通する商品の安全性

消費に関するOECDのデータ(出所:OECD,CONSUMER POLICY ATOECD)によると、興味深いことにネットショッピング(EC)が普及して消費者のエシカル志向が高まる一方、安全性の低い商品が世界中に多く出回っていることがわかります。

インターネット上で購入できる商品の安全性に課題があることを裏付けるデータは、ほかにもあります。OECDが2021年に実施した調査によると、海外では、オンライン上で流通している製品のうち、玩具・ゲーム、育児用品などでは、販売禁止品やリコール品が販売されている事例が確認されています。

また同調査によると、販売サイトから得られる情報では、製品表示や安全に関する警告が十分かどうか、自主的または義務的な安全基準を満たしているかどうかわからない製品も約3割あったと報告されています(経済産業省「インターネットモールを利用する皆様へ 安全な商品かどうかの確認を忘れずに」)。

日本の消費生活用品と食品リコールの現状

消費者庁の資料から、身近な領域でのリコールの現状を解説します。

2008年から2018年までの10年間で、リコール開始件数は合計1212件あり、減少傾向にあるものの、毎年100件前後は発生しています。

特に、リコールの対象となっていた暖房器具やパソコンなどから出火する火災が、多く発生しているとのことです。また、消費者庁が行ったアンケート調査においては、約3割の消費者がリコールを知っていても事業者に連絡をしないことが判明しています(出所:消費者庁「自宅にある製品、リコールされていませんか?」)。

次に、食品を含む消費者庁に通知された消費者事故の推移を見ると、2021年からの食品衛生法等の改正で、食品リコール届出が義務化されたこともあり、件数は増加しています。また、2021年にはネオジム磁石製のマグネットセットを子どもが誤飲し、磁石同士が胃や腸を挟み込んだ状態で動かなくなり、胃や腸に穴が開く痛ましい事故も発生しました。

■自動車のリコール状況

2021年度における自動車のリコール届出は、国産車と輸入車を合わせて、総届出件数369件、総対象台数が約425万台でした。

2015年度と2016年度はタカタのリコールがあったため突出して多く、タカタ関連だけで2015年度は届出件数および対象台数が49件、約955万台、2016年は届出件数および対象台数が44件、約621万台でした(出所:国土交通省「各年度のリコール届出件数及び対象台数」)。

■医薬品・医療機器のリコール状況

医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器若しくは再生医療等製品(以下、「医薬品 ・医療機器等」という)の製造販売・製造業者等は、許認可を受けた医薬品・医療機器等を回収するときは、回収に着手した旨および回収の状況を厚生労働大臣に報告しなければなりません(医薬品医療機器等法第68条の11)。

2020年以降において医薬品の自主回収が増加していますが、これは2021年2月の小林化工における製造工程で不正が発生したことに端を発して、数十社の製薬メーカーが相次いで自主回収を行ったことが原因です(出所:厚生労働省「医薬品・医療機器等の回収報告の状況について」)。

では、ここからは「品質・マーケティング」について企業がどのようなことを求められているのか、セクター・業種ごとの取り組みと、実際の事例を一部紹介していきましょう。

■品質問題が問われる「家電製品の製造」

家電製品の場合、顧客自身による保守・点検が難しい状況下において、経年変化により火災や死亡事故など重大事故が発生する恐れのある製品を、安全かつ長期間使用できるように、製品開発やアフターサービスを行うことが企業には求められています。

主要なサステナビリティ基準であるSASBスタンダードでは、品質管理に関する業務プロセスとして、プロダクトデザイン、製品安全試験、リスクの特徴付け、製品リスクの優先順位、製品表示、製品リスクに関する情報の共有、製品リスクに関する新たな情報の管理について整備することを求めています。

社会・顧客に与えるインパクトとして、法規制および自主規制を対象に、発令されたリコールの件数、製品リコールの台数だけでなく、リコール関連情報として、リコール問題と原因の説明、総リコール数、問題を是正するための費用、リコールが自発的か非自発的かの区分、是正措置、法的手続きや顧客死亡などの結果の開示も求めています。

事例:ノートパソコン約25万台に発火の恐れ※

ある総合電機メーカーは2011年6月〜2015年3月に製造されたノートパソコンのバッテリーパックで、全世界で25万5806台を対象にリコールを行いました。うち日本国内では150機種に搭載された、9万5811個が対象とされています。

原因はいずれも、バッテリーパックの中にあるバッテリーセルへ異物が混入し、異常過熱し発火・発煙に至ったとしています。

※出所:日経XTECH「東芝・パナソニック、ノート27万台に発火の恐れ パナ製電池に不具合」

マンション強度不足で賠償命令も

エンジニアリング・建設サービスの企業は、建設現場におけるデジタルとリアルのベストミックスの追究、建設技能労働者の評価や処遇改善などを通じて、高品質な製品・サービスを安定的に供給する取り組みを行っています。建設サービスは、多様な工種があり、自然の中での工事や都市部での作業など、施工条件も千差万別です。

各工種に精通した経験豊富な技術者が、計画段階から参画し、施工上のリスクを抽出・排除することで、施工の品質担保を行っています。

主要なサステナビリティ基準であるSASBスタンダードでは、品質問題に伴う経済価値インパクトとして、注文変更、範囲修正や設計修正、欠陥に伴う手直し費用額を開示することを求めています。

手直し費用の範囲には、人件費、原材料費、設計費、設備費および下請業者に関連する費用等が該当します。また、欠陥および安全関連災害に伴う法的手続きに起因する金銭的損失の総額を開示することが求められます。

事例:大手建設会社、マンション強度不足で賠償命令※


仙台市の8階建てマンションのコンクリート強度が不足し、補修では済まないほど耐震性を欠いているとして、所有者が建て替え費用など約5億4000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は2015年3月に、元請け会社など3社に約5億1900万円の支払いを命じました。

※出所:日本経済新聞「マンション強度不足、高松建設に賠償命令 仙台地裁」

「国産牛偽装事件」の背景にあるもの

食品・飲料の企業は、健康・栄養関連の法制化が進むなか、表示品目を精度高く検査できる新規検査法の開発、責任あるマーケティング活動のための広告販促活動原則の充実などが求められています。


たとえば、日本の食品表示法では、消費者利益の増進を図り、国民の健康保護・増進等に資する食品の生産振興への寄与を目的に、アレルゲンや賞味期限、原材料、原産地など販売用に供する食品表示基準が定められ、食品関連事業者はこの基準に従った表示をしなければなりません。

関連法令の遵守・徹底と安全で品質の高い商品の提供がますます求められています。

主要なサステナビリティ基準であるSASBスタンダードでは、品質問題に起因するインパクトとして、自社ブランド製品を対象に、業界または規制の表示もしくはマーケティングコード、またはその両方の不適合の件数を開示することが規定されています。また、収益の内訳として、遺伝子組換え作物(GMO)表示製品と非GMOの表示製品の開示も必要です。

事例:食品メーカーによる国産牛偽装事件※

食品メーカーの加工センターが国の牛肉のBSE対策を悪用していたことが発覚。

国が検査を受けていない国内産の牛肉が市場に出回ることを防ぐため、食品メーカーから買い上げる制度を悪用し、輸入牛肉を国産と偽って買い取らせ、1億9000万円の補助金を不正取得。

同社の売上は激減し、2002年に廃業しました。

※出所:NHKアーカイブス「牛肉偽装事件」

(木村 研悟 : 公認会計士)