【連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第12回>

◆【連載・谷口彰悟】第1回から読む>>
◆第11回>>思い返すフロンターレ時代「嘉人さんと悠さんにはだいぶ鍛えられた」

 カタールに来て1年──。谷口彰悟はサッカー以外にも「日本との違い」を実感している。日々の生活において、まったく異なる考え方に驚いたことがいくつもあったという。

 海外でプレーするということは、そこで暮らす人々の文化を知るということ。肌で感じ、驚き、学んだ「異国」の魅力を語ってもらった。

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谷口彰悟もカタールに来て1年が経った photo by Getty Images

 気がつけば、カタールのアル・ラーヤンSCに加入して、もうすぐ1年になろうかとしている。

 今回は、そんなカタールでの日常を少しだけ紹介できればと思う。せっかく異国でプレーしているのだから、たまにはサッカーとは異なるテーマについて綴ってみるのもいいかもしれないと思ったからだ。

 以前もこのコラムで触れたが、カタールに来て最も違いを感じたのは、宗教も踏まえた文化だった。

 ラマダーンはイスラム教を象徴する義務のひとつであり、(断食を行なう)その期間は試合や選手のコンディションなどにも影響がある。また、宗教的な理由から豚肉を摂らないことも大きな違いのひとつだろう。

 日常生活を送るなかでは、さまざまなところで日本との常識や習慣、はたまた感覚の違いに戸惑い、驚き、そして学ぶこともある。

 まず、パッと思い浮かんだのは、クルマの運転についてだ。日本では交通ルールを守って運転している人がほとんどだ(ほとんどというか、みんな守っていますよね?)。信号や標識は守るし、スピードも法定速度を大幅に超えて走行している人はまず見かけない。

 しかし、カタールの人たちはお世辞にも安全運転とは言いがたい(笑)。日本ならば時速30キロや40キロが制限速度になっていそうな狭い道路でも、かなりの速さで通り過ぎていく。交差点でもあまり減速せずに曲がるクルマを見かけることもあって、正直驚いた。

 もちろんカタールにも交通ルールはあり、守っている人もいるため、自分も予期せぬパプニングに巻き込まれないよう、日本で暮らしていた時以上に安全運転を心がけるようにしている。

 時間に対する規則正しさは、世界的にも日本の特長として挙げられるところだが、時間に対する概念や感覚は、カタールもやっぱり異なる。

 規律を重んじるレオナルド・ジャルディム監督がチームを率いるようになってからは、定刻どおりに練習が始まるようになったが、昨季までは開始予定時刻になっても、選手がグラウンドに集まっていないことも多々あった。

 先日、時間に対する感覚の違いをあらためて認識する機会があった。

 練習後、チーム全員で食事をしようという話になった。練習が終わったのが20時半だったため、1時間後の21時半にレストランに集合しようということで話はまとまった。

 自分はチームスタッフのクルマに便乗させてもらい、お店まで行くことにした。それでも集合時間に10分ほど遅れてしまったため、急いでお店に入ったが、何と自分たちが一番乗りだった。

 みんながそろって食事会がスタートしたのは22時半。集合時間から1時間が過ぎたころだった。

 ここでさらに文化の違いを感じるのは、先に到着した選手たちは、さらに遅れてきた選手に対して、「時間! 時間!」と言って腕時計を叩く仕草をしてアピールするのだが、決して彼らは怒っているわけではない。これがもし日本だったら、集合時間を守って会場に来ていた人たちは、イライラしたり、不満げな態度を示したりすることだろう。

 このエピソードから僕自身が何を伝えたいかというと、カタールでは時間に対する感覚が寛容で、それがどこか余裕を持って生活しているように映る。

 そうやって街中を見渡してみると、カタールには、まず急いでいる人がいない。日本、特に首都圏では、ビジネスマンが小走りで駅に向かう姿を見かけたり、時間に追われてあくせくと対応している人の姿を見かけたりする。そうした忙(せわ)しない光景を、カタールでは見かけることがほとんどない。

 カタールで生活するようになり、少しは自分も現地の雰囲気に染まってきたかなと思っていたが、いまだに時間を気にしてしまっているから、まだまだと言うことなのだろう。

 また、カタールでは民族衣装である『トーブ』を着て生活している人を多く見かけるが、このトーブが常に真っ白で、綺麗にクリーニングされたものを着用している。シワひとつない、綺麗な白いシャツで歩いている姿を見ると、印象としても優雅で、やはり余裕があるように見える。

 そうした身だしなみへの気配りは、時間に対するゆとりとともに、カタールの風土を表しているように感じる。

 カルチャーショックを受けるとともに、学びにもなったのが、裕福な国でもあるカタールでは、現地の人たちが優遇されている生活を送っていることだ。

 カタールの人のなかには働いていない人も多く、身のまわりのことは基本的に外国人労働者が担っている。アル・ラーヤンSCも、クラブハウスの清掃やスタジアムの清掃などは外国人労働者の人たちが請け負ってくれている。

 世界大会が開催されるスタジアムで、周りのゴミを拾う日本のファン・サポーターが世界的に称賛されるように、身のまわりのことを自分たちで行なう日本の文化や習慣、さらに美徳はすばらしいと思う。

 一方、海外では、それを片づけることを仕事にしている人、それによって生活している人を目の当たりにした。

 僕は日本人として、身のまわりのことを自分でやる習慣が身についているし、実際、そうしたことは自分でやりたいとは思うが、カタールで生活する全員がそうなってしまうと、清掃を仕事にしている人などの職を奪うことにつながってしまう意識も抱くようになった。

 これはどちらがいいとか、悪いとかを言いたいのではなく、そうしたことで成り立っている物事があることを知った。

 そして、カタールで生活するようになって、自分自身の日常が大きく変化したことと言えば、食事だろう。

 今では、ほぼ毎日、自炊している。おかげで料理スキルは、日本にいる時よりもだいぶ上がったように思う。自炊しているのは、自分が食べたいと思うものを食べることができるし、どういった食材を使っているか、どういった油や調味料を使っているかを自分自身が把握、管理できるところにある。

 ただし、前述したように、カタールでは豚肉を摂ることができないため、食事のレパートリーには正直、だいぶ苦戦している。主に使うのは鶏肉か牛肉になるが、牛肉もあまり食べる習慣がないため、基本的には鶏肉がメインになっている。

 現地の料理にも、好物はできた。カタールはペルシャ料理やアラビア料理が主流と言えるだろうか。自分がそのなかでも好んで食べているのは、『フムス』と言われる豆料理。ひよこ豆をペースト状にした料理で、ヘルシーだし、試合前日に宿泊した時にはいつも食べている。ほかには、『タブーリ』と言われるパセリやトマトといった野菜を細かく刻んで、オリーブオイルとレモンで和えたサラダも好んで食べている。

 基本的には、現地で購入できるものが多く、シーズンオフを経てカタールへ戻る時も、日本から持ち込んだものは決して多くはなかった。強いていえば、日本で生活していた時から使っていたシャンプーやコンディショナー、それこそ歯ブラシや歯磨き粉など、日ごろから愛用していた日用品がほとんどだろう。

 それくらいカタールでの生活に、馴染んできた証拠なのかもしれない。強いて困ったことと言えば髪型、つまりヘアカットくらいだろうか。一度、カタールのヘアサロンで髪を切ることにチャレンジしてみたが、細かいニュアンスが伝わらず、髪だけは帰国した際に切ろうと決意した。

 シーズン前のキャンプも含め、日本に帰国するタイミングが長期間とれない時は、思いきって丸刈りにしようかと真剣に悩んだくらい。今は日本に帰国した際に、何とか時間を調整して髪を切っているが、日本のヘアスタイリストの技術が高いこと、日本人の髪の特徴を把握していることを知り、あらためて彼らも僕らと同じプロなのだということを実感する。

 今回は、カタールと日本の習慣や文化の違い、さらにはカタールの魅力を綴ってみたが、もうひとつ驚いたことをつけ加えると、ビーチが綺麗なことだった。

 郷に入れば郷に従え──。カタールでの生活が始まり1年が経とうとする今、自分なりにこちらでの生活リズムを築いている。

◆第13回につづく>>


【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2022年末、カタールのアル・ラーヤンSCに完全移籍。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。