安倍新総裁。(資料写真:吉川忠行/05年9月11日)

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異例の速さと若さで、日本国の総理大臣に上り詰めることになった安倍晋三という個性。自民党の若手議員を中心に、その人柄・政策に共感する声は強いが、一方で異能の総理・小泉純一郎の負の遺産をどう解消するのか、政権の行方を危ぶむ声もある。タカ派と見られる外交・安全保障政策の近隣諸国への影響と相まって、その手腕は私たちをどこに連れていくのだろうか。(文中一部敬称略)

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派閥を超えた面倒見の良さ

 今年6月、派閥を横断した若手議員(当選6回以下)による“安倍応援団”として生まれた「再チャレンジ支援議員連盟」(衆参94人、山本有二会長)。会長の山本有二・衆院議員(54)(高知3区)は派閥も異なり、当選回数も安倍より1回多い。そして、年齢もわずかながら兄貴分だ。なぜ、かくも熱烈な応援を繰り広げたのだろう。

 「どちらかと言えば縁のなかった人なのですが、ポン友の菅(すが)義偉(衆院神奈川2区)から『いい人なのでぜひ会ってくれ』と言われて食事をご一緒したのが最初。家柄の良い品のいい人だと思ったし、その考え方にも共鳴した。えっ? 政策ですか。私は共鳴しますね。タカ派と言われても、今の日本は昔の日本とは違うわけだし、アジア外交でも言うべきことは言うべきだ。それに、実に面倒見のいい人。派閥を超えて、あれだけ親身に若手の応援をする人はいませんよ」と手放しだ。

 また、安倍の人柄をほうふつさせるのは、味方も多いのと同様に敵が少ないこと。昨夏の郵政国会のとき、郵政法案に反対し片山さつき氏(衆院静岡7区)という“刺客”を送り込まれた、城内実・前衆院議員(41)。安倍に国会議場内で耳打ちされ、翻意を促された場面は有名になったが、今回の総裁就任もわが事のように喜んでいる。

 「うれしいですね。まさに国家、国民の利益・国益を深く考えている方だと思う。それにバランス感覚があって優しい人。闘う政治家と言われていますが、自分の損得勘定抜きで考えることのできる人ではないかな。一人の先輩として尊敬しています」とは同氏の最初の反応だ。復党に関しても尋ねたが、これには「今、そのことをどうこう言うべきではない」と言葉を濁した。真意は分からないが、自らを引き立ててくれた安倍への素直な感謝とともに、小泉首相への複雑な感情もあるのではないか。

 安倍の面倒見の良さは、こうしたコメントからも想像されるが、実際、今回の総裁選でも若手の議員を飲食店に集め、自らは飲めないにもかかわらず来店しあいさつし、金だけ払って帰るというキップの良さはかなり評判になった。それだけでも、多くの議員連中を魅了してしまった(?)ということだろうか。

新総理・総裁の手腕はいかに?

 ただ、今連載には多く声は織り込んではいないが、その手腕に不安を投げかける指摘がそれなりにあることも事実だ。

 安倍は当選回数が少ないにもかかわらず、メディア対応にはかなり腐心していることはうかがえる。小泉首相がテレビや雑誌などの、政治報道ではメジャーになり得なかったメディアへのサービスに努めたことは周知のこと。またこの戦略は、安倍に踏襲されていると考えてもあながち外れてはいないだろう。さらに政治家としてのしたたかさに関しても「4月15日の靖国参拝の件なども『行ったのかも行くつもりなのかも含めて、お答えできない』とするなど、随分としたたかさを備えてきたように思える」(政治評論家・浅川博忠氏)との声に代表されるように、かなりその処し方を考えていることは見えてくる。

 しかし、一方では、一部メディアへの敵対的態度などに対して「もういい加減にした方がいい。それでは、懐の浅い政治家と言われるだけ」(全国紙デスク)といった声や、その政治手法そのものへの危惧(ぐ)を示す人も多い。

 清和会(森派)の内情に詳しいある全国紙論説委員は「彼は本来、調整型の政治家。人の話を聞くのがうまい人だ。ただ、小泉さんの後では何をやっても大きなリスクが待ち受けているのは確かじゃないのかな。派閥回帰は絶対にダメだし、かといって彼に小泉さんのような非情さはないから…」と話す一方で、「闘う政治家などと言っているけど、いったい何と闘おうとしているのか見えてこない部分がある。マスコミと戦うじゃ意味はないし、ブレーンをきちっと使っていかないと、知識の浅さを見透かされてしまうハズだ」と辛口の批評を仕向けている。

 折に触れて安倍の動きを追ってきた『月刊現代』編集部の高橋明男編集長もまた、こう言ってその行方に疑問符を投げかけた。

 「今はポスト狙いでしょうが、安倍氏のところに多くの議員が参じている。しかし、実際にはポストは限られている。当然、不満が出てくるだろうし、身内で足の引っ張り合いが出てくるのではないか。調整型と言われながら調整がつかなくなったり、勉強不足から答弁の不備をつかれる場面も出てきそうな気がしますね。小泉さんのようにはぐらかす能力はないから、ついしゃべったことが格好の攻撃材料になってしまうかも」と不安材料が多いとの見方だ。

 当面の党役員・閣僚人事。後見人を自称し後ろに控える、小泉首相や森前首相の調整も大変になるかもしれない。不安材料を挙げればキリはないが、最後に古い友人のこんな言葉を紹介しておこう。

 「晋三さんは一度決めると突っ走る人だからなぁ〜。足を引っ張られず、うまくやっていけるかどうか、少し心配です」(前出・浜部千秋氏)

 「政策は祖父のDNAを受け継ぎ、優しさは父親譲り」(作家・大下英治氏の言葉)の新首相は果たして、私たちの国を“美しい国”に導いてくれるのだろうか――。(この項終わり)【了】

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<参考文献:『美しい国へ』(安倍晋三著・文春新書)、『ドキュメント安倍晋三』(野上忠興著・講談社)、『安倍晋三物語』(山際澄夫著・恒文社21)、『安倍晋三 安倍家三代』(大下英治著・徳間文庫)、『月刊現代』2003年12月号、同2004年1月号連載「安倍晋三『気骨と血脈』」(野上忠興)、快く取材に応じてくださった関係者の皆様に衷心より感謝します=筆者>

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