メタバースに参入した企業の9割が事業化に失敗したことが報じられているほか、メタバース事業に注力してきたMetaも直近の決算報告で巨額の赤字を計上するなど、メタバースの現状は決して明るくありません。一方、最初期のメタバースのひとつであるLinden Labの「Second Life(セカンドライフ)」は、2003年6月のローンチからちょうど20年が経過した2023年時点でも息の長いサービスを続けています。そんなセカンドライフの制作者であるフィリップ・ローズデール氏が、イギリス紙・The Guardianのインタビューに応えて、メタバースの先駆けとなった仮想現実プラットフォームの誕生秘話やメタバースの展望を語りました。

Who needs the Metaverse? Meet the people still living on Second Life | Second Life | The Guardian

https://www.theguardian.com/technology/2023/jun/10/who-needs-the-metaverse-meet-the-people-still-living-on-second-life

サンフランシスコにあるLinden Labのオフィスから、ZOOMでThe Guardianのインタビューに応えたローズデール氏は、54歳という年齢ながらカラフルな眼鏡と漫画の登場人物のような白髪という、天才発明家少年のような容姿を保っているとのこと。幼少期から科学とSF小説の両方に親しみながら育ったというローズデール氏は、「SF作家のニール・スティーヴンスンが『スノウ・クラッシュ』でメタバースという言葉を生み出すより前から、『アクセス可能なデジタルユートピア』というビジョンを持っていました」と話しました。

ローズデール氏が、1992年に刊行された「スノウ・クラッシュ」を妻からプレゼントされた際、ローズデール氏は妻から「あなたがいつもやっていることが書かれたSF小説だから、絶対に気に入るはず」と言われたそうです。



それから2年後の1994年、サンフランシスコに移住したローズデール氏が最初にやりたかったことは、インターネットを使って大規模なサーバーマシンのプールを作り、その中で巨大な世界をシミュレーションすることでした。しかし、当時はまだ技術が未発達で、ローズデール氏は「この私でさえ、インターネットがまだ信じられないほど低速で、コンピューターが3Dをろくにレンダリングできなかった90年代前半にそれをやろうと思うほど、狂ってはいませんでした」と振り返っています。

それから数年後、機が熟したと感じたローズデール氏は1999年にLinden Labを設立しました。このころになると、オンラインゲームが一般的なものとなっていましたが、ローズデール氏は「セカンドライフをクエストやお使いが満載のビデオゲームにはするまい」と考えていたとのこと。ローズデール氏はその代わりに、セカンドライフを新しいアイデンティティや自己表現、現実逃避の方法を試す場所にしたいという構想を練っていました。

しかし、セカンドライフの経済システムがオンラインゲームを手本としたものだったのも確かです。特に、1999年にサービスを開始したオンラインゲームの「EverQuest」ではユーザー同士のアイテムの売買が盛んに行われており、これが「ユーザーが思い思いのコンテンツを作ってお互いに販売する」というセカンドライフ経済の原型となりました。



ローズデール氏は、「EverQuestには共通の部屋があり、そこが市場になっていて、プレイヤーはテキストで品物を売っていました。それが、セカンドライフにはオープンエコノミーが必要だと確信した理由のひとつです。私は、人々が物語やコンテンツの創造者となることを邪魔しないように心がけながらセカンドライフを開発しました」と話しました。

こうして2003年にリリースされたセカンドライフは、最初のころは月額料金を課金するシステムでした。しかし、サービス開始から1年後、Linden Labは料金体系を不動産モデルへと移行させます。これにより、ユーザーは誰でも無料でセカンドライフの世界を訪問できる一方で、その一部を所有したい場合はお金を払わなければならないようになりました。

「結果的に、これは素晴らしいビジネスモデルとなりました。セカンドライフで土地を買う人たちは、その土地で何か新しいことを始めてお金を稼ごうと、喜んでお金を出す人たちだったのです」と、ローズデール氏は指摘します。セカンドライフが仮想空間を不動産としたことで、ユーザーは土地に高層ビルを建てたり、会社を設立して経営したり、広告を掲載したり、鉱山を掘ったりと、何でもできるようになりました。

例えば、ある人はデジタルな衣装でいっぱいの店を開き、またある人は不動産業者となって一等地の土地を売ったり貸したりしました。こうしてセカンドライフ内の経済はどんどん活発化していき、2006年にはセカンドライフで成功を収めて大富豪になった人が、経済雑誌・BusinessWeekの表紙に取り上げられるまでになります。



しかし、その分だけ紆余曲折もありました。特にローズデール氏の印象に残っている一件は、あるセカンドライフ内の島のオークションです。その島をロンドンのマーケティング会社であるRivers Run Redが買い取った時のことを、ローズデール氏は「買い手が実在の企業だと知った時、みんなが大激怒したのを覚えています。それはもう大騒ぎでした」と述懐しました。

当時のセカンドライフが革新的だったもうひとつの理由は、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の香りがただようファンタジー世界が舞台のオンラインゲームとは異なり、主流派のジャーナリストがその魅力をゲームを遊ばない人にも簡単に伝えることが可能で、時には人間臭く、時には下世話なストーリーを伝えることができたという点です。

例えば、イギリスのタブロイド紙・Daily Mailは、セカンドライフでの出来事を伝える記事に「4児の母が夫を捨て、オンラインゲーム『セカンドライフ』で出会ったポールダンサーとの仮想の結婚式と出産を経験し、その後現実の世界で結婚した」という見出しをつけています。

セカンドライフにはまた、一般受けする華やかな場所であるとともに、特殊な好みを持つ愛好家が集う場所でもあるという、他のオンラインゲームやサービスにはあまり見られない側面もあります。例えば、The Guardianによるとセカンドライフのマーケットプレイスには「ケモノ(Furry)」、つまり擬人化された動物キャラクターのタグがついたアイテムが1万8000点以上も出品されているとのこと。

こうした点について、The Guardianは「当時メタバースとは呼ばれていなかったセカンドライフは、オタク気質な不適応者がコミュニティを見つけるためのオンライン空間のひとつに過ぎませんでしたが、その粗いグラフィック表現を通じて露骨に性的なデジタル表現を顕在化させる場でもありました」と指摘しています。



創造性を発揮する場となるセカンドライフの機能こそ、他のプロジェクトが閉鎖したり縮小したりする中でセカンドライフが生き残ってきた理由だと主張する人もいます。仮想世界を専門とするジャーナリストのワグナー・ジェームス・オー氏はThe Guardianに、「普通のメタバース・プラットフォームでは、活発かつ公平なクリエイター経済がほとんど見られません。しかし、セカンドライフではクリエイターがLinden Labの社員の給料と同じくらいの収入を得ることができます」とコメントしました。

ユーザーの根強い支持により存続してきたセカンドライフですが、パンデミックに伴う都市封鎖が落ち着いてからは新規ユーザー数が鈍化しています。ローズデール氏は2006年に、「私たちは、セカンドライフが多くの点で現実より優れたプラットフォームだと考えています」と豪語してひんしゅくを買いましたが、当時のローズデール氏が期待していたほどには、セカンドライフは発展しませんでした。

これについてローズデール氏は、セカンドライフがユビキタスになると信じていた自分は甘かったと認めた上で、「誰もがアバターを持ちたがり、今やっているようなインタビューをしたり、買い物をしたり、人と遊んだりするために、人生の一部をセカンドライフのようなもの、あわよくばセカンドライフで過ごすことになるはずだと思っていたんです。しかし、今にして思えばそんなことはありませんでした」と振り返りました。



by rafeejewell

ローズデール氏の誤算のひとつは、アバターになりきることへの抵抗感です。これについてローズデール氏は、「私はほとんどの人が客観的な自分をデジタルの世界に移すことに抵抗感がないだろうという、ユートピア的な考えを持っていましたが、そうではありませんでした。第2のアイデンティティを維持することの難しさはかなりのものであり、それを喜んで行う人の数は当時の私が思っていたよりも少なかったのです」と分析しています。

また、この失敗からローズデール氏は、メタバースの今後について「例えば、Facebookのビジネスを存続させることができるほど、メタバースが成長するとは思えません。そのためには、10億人規模のユーザーが必要です」と話しました。

その一方でローズデール氏は、メタバースにはソーシャルメディアにはない魅力があるとも考えています。なぜなら、同じ考えの人が集まって二極化を引き起こしているFacebookに比べて、さまざまな人と頻繁に交流することを余儀なくされるセカンドライフでは分断や偏見が少なく、ユーザー同士が良好な関係を構築していることが多いからです。

メタバース特有のメリットは、空間を共有しているにもかかわらず物理的な衝突が起こらないという点にあります。ローズデール氏は、「誰かがセカンドライフの中で過激派の集会を開いても、同じ陸続きの空間で起きていることですから、他の人がふらっと立ち寄って異議を唱えることができます。これはソーシャルメディアで発生するエコーチェンバー現象よりずっと健全です」と話します。



また、デジタル空間での活動は、物理的な世界での活動より環境への負担が小さいことも利点です。「私たちが環境に与える影響に関する最大の問題のひとつは旅行です。私たちがデジタル領域で自分の好みを表現するようになれば、バーチャルグッズを作って『出荷』するコストは無視できる程度しかありません」「セカンドライフでアバターを動かすのはエネルギーの浪費だという人がいるのを見ると、本当に腹が立ちます。エネルギーがかかるのは事実ですが、それは人が行動するのに必要なエネルギーの1%しかないのですから」とローズデール氏は指摘しました。

セカンドライフが20年にわたって存続してきたという事実は、社会的相互作用と自己表現という、人間の資質そのものがメタバースの成功のカギであるということを示唆しています。学校でいじめられた経験を持ち、12歳でセカンドライフを始めて以来14年間セカンドライフを楽しんでいるというミュージシャンのAufwie氏は、「セカンドライフを始めた時ほどの興奮がもうないのは確かです。それでも、私は自分を表現したり、友だちを作ったり、学んだり、考えを共有したりするといった、人間が持つあらゆる素晴らしさを教えてくれたこのメタバースのパイオニアに、今でも感謝しています」と話しました。