医療費と介護費の公的制度について解説します(写真:umaruchan4678/PIXTA)

定年後に必要となる生活費の中で、人によって大きく異なるのが医療費と介護費です。そのため、将来設計を考えるときに心配になりがちですが「公的制度を優先して、足りない分は貯金で補う」方針をすすめるのが、経済ジャーナリストの頼藤太希氏です。頼藤氏が医療費と介護費の公的制度について解説します。

※本稿は頼藤氏の新著『人生に必要な年金の常識』から一部抜粋・再構成したものです。

70歳未満は生涯の医療費の半分も支払っていない

これまで何度となく、病院や薬局のお世話になってきたことでしょう。しかしもし今70歳未満ならば、まだ生涯の医療費の半分も支払っていないといったら、驚く方もいるかもしれません。

厚生労働省「医療保険に関する基礎資料」(2020年度)によると、1人あたりの生涯医療費はおよそ2700万円。そして、そのうち約半分は70歳未満、もう半分は70歳以上でかかっています。つまり、70 歳以上の医療費は1350万円くらいかかるのです。高齢になると、病気やケガをしやすくなるものです。入院・退院を繰り返したり、治療に時間がかかったりするのは、仕方のないことかもしれません。


もっとも、1350万円をすべて自費で負担する必要はありません。健康保険があるため、70歳以上の医療費は原則2割負担、75歳以上の医療費は1割負担となるからです(所得によっては2割・3割負担もあり)。そのうえ、毎月の医療費が自己負担の上限を超えた場合は、高額療養費制度を利用することで超えた分が戻ってきます。

また、医療費だけでなく介護費用がかかる場合もあります。自分の介護より前に、親の介護にお金がかかる人もいるでしょう。

生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」(2021年度)によると、介護費用の平均は、一時費用が74万円、毎月の費用が8.3万円。また、平均的な介護期間は5年1カ月ですので、すべて合計すると約580万円かかる計算です。

しかし、介護費用も公的介護保険によって1〜3割の負担で済みます。さらに、介護費用が高額になった場合は「高額介護(予防)サービス費」や「高額医療・高額介護合算療養費制度」といった制度を利用することで抑えることができます。そして何より、親の介護の費用であれば親の収入・資産から出すこともできるでしょう。

病気になったり、介護が必要になったりした際に保険金が受け取れる民間の医療保険や介護保険もありますが、公的な医療保険や介護保険は意外と充実しています。医療費や介護費はもちろんかかるのですが、一度に支払うお金はそれほど高額ではありません。普段から貯蓄をきちんとしていれば、十分まかなえる金額です。

それに、民間の介護保険では、所定の要介護状態になっても保険会社独自の基準を満たさない場合には保険金が受け取れないケースもあるのです。いざ介護が始まったというときに介護保険が利用できないのでは、保険料の無駄です。まずは公的な制度を活用することを優先しましょう。

「高額療養費制度」で自己負担を減らす

日本では「国民皆保険」といって、原則すべての国民が健康保険制度に加入します。病気やケガで医療機関にかかるとき、保険証を提示すると医療費の自己負担額は最大でも3割で済みます。しかし、3割負担であっても、入院や通院が長引けば医療費の負担が大きくなってしまいます。この負担を減らせる制度が高額療養費制度です。

高額療養費制度は、毎月1日から末日までの1カ月の医療費の自己負担額が上限を超えた場合に、その超えた分を払い戻してもらえる制度です。自己負担額の上限は、年齢が70歳未満か70歳以上か、所得の水準がいくらかによって変わります。

例えば、年収180万円の70歳未満の方が入院・手術などをして、1カ月の医療費が100万円かかり、3割負担で30万円を支払ったとします。こんな場合でも、高額療養費制度の申請をすればこの方の自己負担限度額は5万7600円で済みます。残りの約24万円は、後日払い戻されます。

さらに、過去12か月以内に3回以上自己負担額の上限に達した場合は「多数回該当」となり、4回目から自己負担限度額の上限が下がります。先の年収180万円の方なら、自己負担限度額は4万4400円になるのです。

先に医療費を立て替えるのが厳しい場合は「限度額適用認定証」を申請することで、自己負担分だけの支払いだけで済ませることもできます。

なお、マイナンバーカードを保険証として利用する「マイナ保険証」で受診すれば、限度額適用認定証の申請手続きをしなくても自己負担分だけの支払いですみます。


対象外の費用もあるので要注意

ただし、高額療養費制度には対象外の費用もあります。例えば、入院中の食事代、差額ベッド代、先進医療にかかる費用などです。

入院中の食事代は「標準負担額」といって、基本的に1食あたり460円です。もしも1カ月入院したら約4万円かかります。

差額ベッド代とは、希望して個室や4人までの少人数部屋に入院した場合にかかる費用です。金額は人数や病院によっても異なりますが、中央社会保険医療協議会の「主な選定療養に係る報告状況」(令和3年7月)によると、差額ベッド代の1日あたり平均徴収額は6613円。個室は8315円と高いのですが、2人部屋は3151円、3人部屋は2938円、4人部屋は2639円と、金額に開きがあります。

先進医療とは、厚生労働大臣が認める高度な技術を伴う医療のことです。先進医療の治療費は健康保険の対象外なので、全額自己負担です。

もっとも食事代や差額ベッド代は確かにかかりますが、そこまで高い金額ではありません。貯蓄をしっかりしておけば、十分まかなえる金額です。

また、先進医療の費用は、がんの陽子線治療や重粒子線治療などは数百万円しますが、数万円から数十万円で済む治療もあります。そして厚生労働省「令和4年6月30日時点で実施されていた先進医療の実績報告について」によると、先進医療を受けた患者数は2万6556人ですから、日本の人口(1億2500万人)で割ると先進医療が必要になる確率はわずかに0.02%です。この費用をあえて医療保険やがん保険で用意する必要はないと考えます。

介護サービスを利用し、1カ月の自己負担額が一定の上限額を超えた場合に、その超えた部分が戻ってくる「高額介護(予防)サービス費」という制度があります。

高額介護サービス費の上限額は住民税の課税される世帯(現役並み所得者がいる世帯)で14万100円、住民税非課税世帯で2万4600円となっています。高額療養費制度の医療費と同様に、介護費用の負担も一定の上限額までにできる、ありがたい制度です。


高額医療・高額介護合算療養費制度も活用

とはいえ、長期間にわたって医療費と介護費がかかり続けると、家計の負担が大きくなってしまいます。そんなときに利用したいのが高額医療・高額介護合算療養費制度です。

高額医療・高額介護合算療養費制度は、同一世帯で毎年8月1日〜翌年7月31日までの1年間にかかった医療費・介護費の自己負担額の合計額(自己負担限度額)が上限を超えた場合、その超えた金額を受け取れる制度です。

高額療養費制度や高額介護サービス費制度を利用すれば自己負担は減りますが、ゼロになるわけではありません。高額医療・高額介護合算療養費制度を利用することで、その自己負担をさらに軽減できます。

高額医療・高額介護合算療養費制度の自己負担限度額は、世帯の年齢や所得によって異なります。年間の医療費・介護費を計算して、制度が利用できるか確認しましょう。


高額医療・高額介護合算療養費制度の申請は、公的保険の窓口で行います。国民健康保険や後期高齢者医療制度の場合はお住まいの市区町村、協会けんぽや健康保険組合などの場合は勤務先を通じて申請を行います。

ただし、高額療養費制度・高額介護サービス費制度の対象外となっている費用は、高額医療・高額介護合算療養費制度でも対象外です。例えば、高額療養費制度では入院時の食事代や差額ベッド代、高額介護サービス費制度では要介護度別の利用限度額を超えた費用などは自己負担になります。

高額介護サービス費の自己負担の上限額は、本人の所得で決まる場合と世帯の所得で決まる場合の2つのパターンがあります。

そこで、同居している家族が住民票の世帯を分ける「世帯分離」をすることで、介護費用を削減できる場合があります。なお、世帯分離をしても、同居を続けてかまいません。

世帯分離とは、同居している家族が住民票の世帯を分けることです。世帯分離をすることで、介護費用を削減できる場合があります。例えば、介護サービスを受ける親を世帯分離して、親単独の世帯にすれば、世帯としての所得が大きく減るため、高額介護サービス費の自己負担を大きく減らせる、というわけです。

世帯分離をしても、別居する必要はない

介護サービスを受けている親(住民税非課税)が、住民税の課税される世帯と同世帯にしていた場合、高額介護サービス費の負担限度額は月額4万4400円になります。しかし、世帯分離をして親だけの世帯になった場合、高額介護サービス費の負担の上限額は「世帯全員が住民税非課税」にあてはまるので、月額2万4600円となります。


さらに、仮にこの親の前年の年金年収とその他の所得金額合計が80 万円以下だったとしたら、負担の上限額は月額1万5000円になります。同じ介護サービスを受けていても、負担が月約2万〜3万円、年間で約24万〜35万円ほど減らせることになります。

高額介護サービス費は、最も負担の重い世帯で月額14万100円の負担になっています。ですから、高所得者の方こそ、世帯分離を検討するといいでしょう。なお世帯分離をしたからといって、別居する必要はありません。

世帯分離は介護費用の削減にとても役立つ方法なのですが、高額療養費制度や高額介護サービス費の「世帯合算」はできなくなります。高額療養費制度や高額介護サービス費は、世帯ごとにかかった費用を合算して申請できます。

しかし、たとえ同居していても、世帯分離をすれば親と子で別の世帯になりますので、合算できなくなります。とくに、2人以上介護している場合には、世帯分離がかえって損になる可能性があります。損得をトータルで考える必要がありますので、詳しくはお住まいの自治体にご相談ください。

(頼藤 太希 : マネーコンサルタント)