キックボクシングで「42戦無敗」の戦績を持つ“神童”那須川天心は、プロボクシングのリングでも強かった。転向初戦で国内上位ランカーの与那覇勇気を圧倒、ポテンシャルの高さも見せつけた。

大観衆が見守る中、与那覇(左)を終始圧倒、判定で圧勝した那須川(写真:藤村ノゾミ)

6ラウンド判定完勝。だが、圧倒的に攻め続けながらもKOはできなかった。それは那須川のパンチが「軽い」からなのか? 彼がボクシングのリングで目指すスタイルとは?

○■驚異のスピードと動体視力の良さ

「ホッとしました。ボクシング転向会見から半年間、昨日のために生きてきた。疲労のピークを何度も迎えたけど、壁を越えられて結果も出せた。『格闘技が好きなんだ』と改めて思えたし、自分を熱くさせてくれるボクシングに感謝している。これからも強さを求めて、強い選手を全員倒せるようにやっていきたい」

プロボクシングデビュー戦で勝利を飾った翌日の4月9日、東京・江東区にあるWOWOW辰巳放送センターでの一夜明け会見。傷ひとつない顔でメディアの前に姿を現した那須川天心は、いつも通りのテンポ良い口調でそう話した。

一夜明け会見でメディアからの質問に答える那須川の顔には傷ひとつなかった。右は帝拳ジム代表の浜田剛史氏(写真:藤村ノゾミ)

試合翌日に都内で開かれた那須川天心の一夜明け会見。世界タイトルマッチ以外で行われることは異例だが、多くの報道陣が集まった(写真:SLAM JAM)

4・8有明アリーナ『Prime Video Presents Live Boxing 4』でのボクシング初戦は、完勝だった。

キックボクサー時代と同じ入場テーマ曲、矢沢永吉の『止まらないHa∼Ha』でリングイン。米国の人気リングアナウンサー、ジミー・レノン・ジュニアからコールを受ける豪華な演出。

集まった1万2500人のファンを那須川がいきなり沸かせる。

試合開始のゴングが打ち鳴らされた後も、彼の独壇場。対戦相手、日本バンタム級2位の与那覇勇気(真正)を18分間(3分×6ラウンド)、圧倒し続けたのだ。

両者の実力差は明らかだった。

スピードと、動体視力の良さが違い過ぎた。

与那覇は前に出てパンチを繰り出すも、これがほとんど当らない。それどころか与那覇がモーションを起こすと同時に那須川は右ジャブを合わせ、その直後に左ストレートを顔面にヒットさせていく。

「全局面で合わせる」

那須川はキックボクサー時代に、よくそう口にしていた。

相手の攻撃を瞬時に避け、スピード感をもって自らの打撃を先にヒットさせるのである。それをボクシングのリングでも実践した形だ。

「悔しいというよりも情けない。見ての通りの完敗です。作戦は立てていたが、それをさせてもらえなかった。短期間でここまでのボクシングができるのは、技術の吸収力が凄いのだと思う。クリンチになった時の対処も上手かった」

腫らした目の周りを隠すようにサングラスをかけた与那覇は、試合直後にそう言った。

「予想していた以上にボクシングに適応していた。これからもっと上に行くでしょう」とも。

○■井上尚弥とは異なる魅せ方

デビュー戦で那須川は、ボクシングにも十分に適応できることを証明した。

それでも気になったことがある。

「あれだけパンチを浴びせたのだから倒して欲しかった」

試合後に、そう話す元世界チャンピオンが複数いたこと。これは多くのファンが望んだことでもある。

なぜ、那須川は一方的な試合展開を作れたにもかかわらず倒し切れなかったのか?

2ラウンドに那須川はダウンを奪った。だがあれは、正確にはダウンではなかっただろう。与那覇が飛び込むようにしてパンチを繰り出したところに、那須川が右を合わせる。それが頭部をかすめ、その際に与那覇のグローブが勢い余ってマットについたに過ぎない。「スリップ」とコールされて然るべきシーンだった。

4ラウンド、与那覇をロープ際に追い込みラッシュをかけた那須川だったが、倒し切ることはできなかった(写真:藤村ノゾミ)

18分間を通して那須川のパンチを浴び続けた与那覇は、倒れなかった。

これは、那須川のパンチが軽かったからか?

与那覇は言う。

「効いたパンチはありました。ただ、『やばい』というのはあっても『ガクガク』となってしまうことはなかった」

那須川は「ズドーン!」という一撃を放つタイプではない。スピードとタイミング、つまりはキレのあるパンチで勝負する選手。そして彼が闘いの中で優先するのは、相手のパンチをもらわないこと。

「俺も殴る、お前も殴れ」といったディフェンス無視の倒し合いをするつもりは毛頭なく、「打たれずに、自らのパンチを当てる」のが信条、その先に「KOできれば」と考えている。ならば、パンチが軽くなるのも必然である。

ファンは、KO決着を望む。

だから、那須川は試合後に言った。

「今日の試合が自分の限界ではない。学ぶことは多くあるし、もっと拳にパワーをのせたパンチも身につけていきたい」

彼のボクシングは、今後さらに進化し精度も高まろう。しかしスタイルは変わらないし、変える必要もないと私は思う。

KOだけがボクシングの醍醐味ではない。スピードとテクニックで相手を圧倒する、それもボクシングの魅力。連続KO記録でファンを唸らせる井上尚弥(大橋)とは異なるスタイルで那須川は観る者を魅了していくのではないか。

たとえば、1980年代後半から90年代前半にかけ、卓越したディフェンス技術とスピードで一時代を築いた名王者パーネル・ウィテカー(米国/元4階級制覇世界王者)のように─。

那須川の次戦は8月に行われる予定。相手が誰になるのか、発表を楽しみに待ちたい。この試合で勝利すれば、3戦目で日本タイトル挑戦となる可能性が高まる。

文/近藤隆夫

近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。〜ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実〜』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー 〜小林繁物語〜』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

『伝説のオリンピックランナー爐い世討鶚甼盞四三』(汐文社)

『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS郄田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら