製本・印刷関連企業向けに機械を製造する富士油圧精機の工場では、受注した製品の部材加工も行う(記者撮影)

少子高齢化を背景とした働き手不足は、ものづくりの世界でロボット導入などの省人化を促した。今後はさらに、人工知能(AI)などの新しい技術を用いて設計開発や生産管理を効率化し、競争力を高めることが必要だ。

国民経済計算年次推計によると、2021年度の名目国内総生産(GDP)に占める製造業の割合は20.6%だ。自動車産業などと並んで下支えしているのが機械製造の分野で、工作機械やロボット、半導体製造装置では世界を席巻する日本メーカーも多い。大企業に限らず、中小規模の機械メーカーも国内には無数に存在する。

こうした業態は大量生産よりも、少量多品種が求められる。顧客のニーズに応じたカスタマイズやメンテナンスが不可欠だからだ。それだけに「匠の技」や経験、勘に頼る側面が強く、デジタル化(DX)の動きが乏しかった。

一方で、コロナ禍に端を発したサプライチェーンの混乱は、ウクライナ危機もあっていっそう深刻化。半導体をはじめとした部材の調達が難しくなり、業務効率化への要求が高まっている。そうした流れを受けて、ものづくりの現場ではDXの動きがいよいよ本格化しつつある。

AI活用で過去の図面を素早く検索

「図面を探すのは仕事として『当たり前』だと思っていた。その作業から解放された」。製本・印刷関連企業向けに機械を製造する、富士油圧精機の剱持卓也第二工場長はそう喜ぶ。

同社が2022年10月に導入したのがDX支援ツール「CADDi DRAWER」。紙やPDFなどの図面データをAIが自動解析し、ある機械の図面を作成するときなどに、社内で過去に設計された類似の図面を素早く検索できるようにするサービスだ。


機械製品の図面には、細かな加工方法が手書きで書き込まれていることが多い(記者撮影)

過去の図面には原価や調達先、不適合情報などのデータが詰まっており、ときにそれは紙の図面に手書きで書き込まれたものだった。それゆえにデータベース化されておらず、作業効率化のボトルネックになっていた。

簡単に検索できれば、顧客から注文を受けた際、過去に似たような機械を作ったときに施した加工や、調達品のデータを流用することができる。これまでは、担当者の記憶を頼りに過去の図面を探し、現場担当者への加工指示や、部品調達の見積書作成を行っていた。

類似図面をすぐ探せるようになり、こうした作業の時間は大きく減った。部品をいくらで購入するかといった値付けや入手困難な部品の代替品探しでも、過去の図面に記された情報を有効活用することができたという。

剱持氏によると、営業から設計、加工担当者など社内で図面を扱う社員は9割を超える。それだけに、各部署での作業効率化の余地は大きい。


富士油圧精機には数十万枚の図面がある。一部は工場外のコンテナに保管している(記者撮影)

導入から半年足らず。現在は発注を受けた製品の加工指示・調達の部署で活用しているが、今後は設計部門でも活用する計画だ。使用頻度の高い類似した部品を標準化する、開発段階でのデザインレビューに生かす、などといった方法が考えられるという。

CADDi DRAWERは、2017年に創業したベンチャー企業、キャディが開発した。画像として取り込んだ図面をAIで解析して、そこに書き込まれた手書きの文字を判別。その情報をデータベース化したうえで類似の図面を検索可能にする、いわば図面情報を共通言語化する取り組みだ。

キャディの白井陽祐DRAWER事業部長は「半導体製造装置や産業装置、電車を造る産業では、部品は特注品が多い。過去に造った製品の図面を簡単に参照できればコストを大幅に減らすことができるが、テクノロジーへの投資がされてこなかった」と指摘する。図面をPDFなどの形で保存することは20年近く前から行われてきたが、それ以上情報を活用する方法は長く革新がなかったという。

社員のリソースを革新的業務に振り向ける

こうした状況は、大企業でも同様だ。

年間6800億円を売り上げる荏原製作所は、風水力発電向けのポンプやコンプレッサーのほか、半導体ウェハーを研磨するCMP装置などを手がける。いずれも顧客のニーズに沿った作り込みが必要で、多種多様な部品を使用する。

半導体産業の活況という追い風を受けて近年の業績は拡大してきた一方、課題も浮き彫りとなっていた。部品調達の社員が忙しいことに加えて、部品の入手そのものが難しくなってきたのだ。

そこで2020年4月にグローバル調達・SCM戦略部を設置し、全社で調達体制の最適化を図ることにした。部門ごとでバラバラだった調達体制の見直しなどを進める過程で、外部との協業にも着手。そうした中でCADDi DRAWERも活用することになった。

荏原製作所の中村慶太ものづくり調達革新課長は語る。「熟練の社員でないとできなかった、過去の実績を見ながら調達先の査定をすることが可能になった。いまあるオペレーション業務的なものを減らして、(社員の)意識を戦略的なものに向けていきたい」。デジタル化を進めることによって、人間にしかできない革新的な業務にリソースを割きたい考えだ。

DXの拡大はコスト削減だけでなく、近年課題になっている技術伝承の面でも役に立つ。富士油圧精機の剱持氏は「DXの本質は次に残すことといっても過言ではない。業務を熟知している社員が退職しても、業務がDX化されていれば知見を次の人に引き継ぐことも簡単だ」と話す。

実際、ものづくりの現場では人手不足が深刻だ。よりよい待遇を求めて転職する人も相次いでいる。そもそも魅力ある職場としてアピールするには、オペレーション業務だけでなく、クリエイティブな仕事ができる環境に変える必要もある。

「日本のものづくりにはポテンシャルがある。それを解放したい」。そう語るのはキャディの加藤勇志郎社長だ。創業以来、加工部品の調達支援ビジネスに取り組んできた。加藤氏によると、国内の製造業で部品などの調達分野が生み出す生産額は年間120兆円に及ぶ。だが、この分野では目立ったイノベーションが生まれず、非効率な点が多く残っているという。

業績拡大で社員は1年で倍以上に

加藤氏は日本の製造業の現実に危機感を抱く。「アメリカやドイツでは、人口があまり増えていなくても経済成長している。成長のない日本では、1人当たりの生産性が悪いということが明確になっている」。

生産性を上げるためには、サプライチェーンの改革が欠かせない。キャディはそこに目を付け、デジタル技術やAIを駆使した取引コストの低減に取り組んでいる。その過程で生まれたのが前述のCADDi DRAWERだった。もともとの調達支援ビジネスでは、半導体不足などを背景に調達難に悩む企業からの引き合いも強い。2023年2月にはアメリカへの進出も発表。業績は急拡大している。

業績の拡大に伴って、社内体制も急ピッチで増強させている。2022年は300人以上を採用。現在の社員数は550人程度で、半分以上の社員が直近1年以内に入社したことになる。

「なんでもデジタルになればいいわけではない。人がそれ以上のことをできるようになることが大事だ」。製造業の理想の未来について、加藤氏はこう語る。家電や液晶、半導体などで負けてしまった日本勢でも、なお競争力を持つ分野はまだまだある。世界で生き残るには、こうしたDXによる地道な改善がカギを握ると言えるかもしれない。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)