モテて遊びたい盛りの彼。一線を越えても「付き合おう」と言ってくれない男を、結婚に踏み切らせた方法
「結婚しない男女が増えている」と言われる昨今。しかし東京の婚姻率は人口1,000人当たり5.5%で、なんと全国1位を誇っている。（※『令和2年 東京都人口動態統計年報』）
特に「東京都区部」と呼ばれる東京23区は、その中枢を担っているのだ。
ただ、結婚すればそれだけで幸せなのだろうか？
東京23区内は、エリアによって生活している人たちの特徴が全く異なり、価値観や悩みも違う。
それぞれの区に生息する夫婦が抱える、苦悩や問題とは…？
親鳥が舞い戻る江戸川区／“バツイチ女”麻子（32）の場合
「ちょっと麻子！早く起きなさいよ〜」
朝6時半。母親に起こされ、私はベッドからもぞもぞと顔を出す。
「あれ…。今、何時？」
「乃愛ちゃん、もう起きてるわよ」
母親の後ろから、ひょっこりと3歳の娘が顔を出す。
「ママ、お寝坊さんだ」
「そうだね〜、ごめんごめん。今起きる」
離婚し、実家に舞い戻って早半年。暮らしは快適そのものだった。
「子どもができたみたい…」
元夫である直道にそう伝えた日を、今でも昨日のことのように思い出す。当時の私は28歳で、どうしても結婚がしたかった。
彼は大手外資コンサル勤務の30歳。私の一目惚れで、ずっと積極的にアプローチしていた。
でも私の熱意とは裏腹に、モテて遊びたい盛りだった直道は、私とそういう関係になってもハッキリと「付き合おう」とは言わない男だったのだ。
それでも私は「いつかきっと…」と、ずっと淡い期待を抱いていた。
妊娠が発覚したのは、半年くらい中途半端な関係が続いていたときのことだ。
― やった…！これで結婚できる！！
乃愛には申し訳ないけれど、妊娠が発覚したときに真っ先に思ったのはそんなことだった。
結局私たちは交際期間0日で、妊娠がわかった3ヶ月後に籍を入れたのである。
当時アパレルのPRをしていた私は、とにかく安定した暮らしを求めていた。直道の年収は、5,000万はあったと思う。
港区にある80平米の低層マンションで、私は快適に暮らしていた。
カードキーを何度もかざさないと入れないエントランス。優秀な彼の妻で、家賃50万超えのマンションに住んでいる。それだけで自分も“Sランクの女”になれたと信じていた。
そして日に日にお腹は大きくなっていく。
「直道、今日も遅いの？」
「うーん、そうだね。ちょっとクライアントとの会食があって」
「そっか…。早く帰ってきてね」
お腹をさすっているだけで我が子への愛情が増していく私とは対照的に、直道はそうではなかったらしい。
それから1年後。彼の行動が怪しいと感じ始めた私は、勝手に直道のスマホを見てしまった。そして妊娠中から、彼に別の女がいたことを知ってしまったのだ。
最初は、見て見ぬフリをしていた。彼のスマホを見てしまった自分が悪いと思っていたから。
― 娘もいるし、この快適な暮らしを捨てるわけにはいかない。私さえ我慢していれば何とかなる。
1人で生きていく勇気もないし、お金もない。直道に縋るしか生きる道はないように思えた。でも乃愛が2歳になる頃には、いよいよ彼は家に帰ってこなくなり始めたのだ。
「直道、さすがにそれはないんじゃない…？」
「お金は家に入れてるんだから、文句言うなよ」
彼の浮気が発覚してから、私たちの喧嘩はひどくなっていった。
「乃愛のことはどうするの？信じられない！！」
「は？俺はそもそも、お前となんか結婚する予定はなかったし」
売り言葉に買い言葉で、罵り合いが続く日々。そして乃愛が3歳になる誕生日当日。
帰宅しない直道に待ち疲れ、乃愛と2人でバースデーケーキのロウソクを吹き消したとき。もう離婚しようと思った。
お金もないし、仕事もない。でも何とかする。娘を強く抱きしめながら、私は強くなろうと決意したのだ。
そして3年半の結婚生活に終止符を打ち、私は江戸川区にある3LDKの実家に舞い戻った。
本当の自分らしくいられる場所
常にタクシー移動だった港区での日々。でも今は電動自転車が私の愛車だ。最初はイヤで仕方なかった。あの頃からの落差が半端なかったから。
でも私にも乃愛にも愛情皆無のひどい夫から、ようやく解放された。
そして毎朝、娘を自転車の後ろに乗せて川沿いを爆走しながら風を感じるたびに、幸せが私を包んでいく。
「ママ、パパにはいつ会えるの？」
「うーん。もう少し待っててね」
娘から父親を奪ってしまったのは申し訳ないと思っている。でもここには両親もいるし、のんびりした空気が流れているのがいい。
何よりも、江戸川区に住んで驚いたのが子育てのしやすさだった。
江戸川区には葛西臨海公園を筆頭に、いくつか大きな公園がある。区の子育て支援制度も充実しているし、安くて通いやすい大手スーパーもたくさんある。
今は実家に居候させてもらっているけれど、家賃も安い。
「乃愛。今日は、ばぁばと寝てね」
「わかった〜。ママはどこかにお出かけするの？」
「うん。ちょっとだけね」
そしてやはり最高にありがたいのは、両親が子育てを手伝ってくれることだった。シンママのワンオペだと大変なことしかない。
でも実の両親だと頼めることも多いし、夜も数日は出かけることができる。
再婚願望もあるので、毎週金曜の夜だけ港区や渋谷区で開催されるお食事会に遠征しに行っているのだ。
「マコちゃんは、どこに住んでるの？」
「私は今、葛西のほうで…」
「葛西！？…ゴルフの練習場が近くていいね」
「葛西に住んでいる」と言うと、半数くらいの男性に『ロッテ葛西ゴルフ』のことを言われるけれど、この会話の繰り返しにももう慣れた。
「葛西か…。遠くない？」
「そうですね。でもいい所ですよ」
「しかもそこで1人で子育てしてるんだ…。大変だね、頑張って」
子どもがいると言った途端に、態度が変わる男性にも慣れた。江戸川区と言うだけで、若干どこか上から目線になられるのにも。
「すみません、終電があるので帰ります」
そしてどんなに盛り上がっていても、23時半になると強制帰宅しなければならないのにも慣れてしまった。
「マコちゃん、またね！じゃあタクシー組は、もう一杯飲もう〜！」
盛り上がる人たちを残して1人帰宅するのは案外ツラく、まだまだ飲み足りないと思う日のほうが多い。でも私は電車に揺られて、愛する娘が待つ江戸川区の実家に今日も帰る。
はたから見たら「大変だね」と言われる生活かもしれない。
でも一緒にいて、ただ苦しめられる夫と離れられたこと。そして何より毎日満ち足りていて、幸せだと思える今の自分が嫌いではなかった。
「葛西〜、葛西〜」
アナウンスが流れ、私は慌てて電車から降りる。凛とした冬の空気を感じながら駅前を通り過ぎ、すっかり静かになった住宅街を歩く。
夜空を見上げると、申し訳なさそうに小さく星が輝いていた。
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東京23区で、それぞれの夫婦が選んだ最適な場所とは
