「悔しければイイ男を捕まえさいよ」夫の金で浪費三昧の妻の言葉に、頭にきた女は…
「女の敵は女」
よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。
女の友情は、感情が共鳴したときに強くなる。逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、情も憎しみへと変化する。
この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。
だが、うまく修復できれば関係性は、より深いものになる。
ここに、性格が正反対のふたりの女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。
テレビ局プロデューサーの諒子は、再会した大学の同級生・マリと同居することになる。マリの図々しさに当初は翻弄されるも、居心地の良さを感じはじめてきて…。
▶前回：「バーキンを見せびらかす女って嫌味よね」庶民派ママから同意を求められた、35歳独身女の答えとは
Vol.3 もうひとつの再会
諒子がマリと同居を始めて、数週間。
離婚問題でマリのまわりは相変わらず騒がしいが、当の本人はどこ吹く風だ。
なんだかんだで楽しさをおぼえ始め、なおかつ彼女は家事をしてくれる。そんなメリットもあり、腹をくくって同居を受け入れた矢先……。
衝撃的な再会が、またも諒子に訪れた。
「屋敷錠、です。ええと…お久しぶり」
仕事場に現れた退廃的な色気の男の笑顔に、諒子は撃ち抜かれた。
「え、屋敷君、漆原諒子さんと知り合いなの？」
彼を諒子に紹介した制作局の局長・村井が目を見開く。村井は、屋敷錠が局主催のシナリオ新人コンクールで、佳作を受賞した脚本家だと改めて諒子に紹介する。
「明治大学の映画サークルで、同期だったんです」
錠は、低い声で静かに答えた。その事実に間違いはなく、諒子も頷く。
錠は今、脚本家デビューに向け、様々な現場で修業中の身なのだそう。
「同じ大学の同級生か。じゃあ、話が早い。漆原さん、次の企画の脚本チームに彼を入れてやってくれないかな。期待の新人なんだ」
村井の言葉に、錠はできたばかりの名刺を差し出し、ぺこりと頭を下げた。
「あ…はい」
名刺を受け取る諒子の手が震える。なぜなら――。
錠は、諒子とかつて愛し合っていた仲だったから。
でも、恋人同士だったわけではない。
マリや友人たちも知る関係だったが、彼はずっと煮え切らないまま。
そのまま卒業を迎えるも、就職後は諒子が多忙なこともあり、自然消滅してしまった。
「…夢、叶ったんだね」
「諒…、漆原さんこそ。俺はまだ途中だから」
頬を緩ませる錠の顔を見て、諒子は全身の力が抜ける。彼はすぐ、村井と共に去っていった。
午後、諒子は仕事が手につかなかった。
◆
「え、あの屋敷錠が？ウケる」
諒子はマリを『THE PIG & THE LADY』に夕食ついでに呼び出し、彼に会ったことを早速報告した。
「感動したよ。夢を語り合ったふたりが、現場で再会して、一緒に仕事するようになるなんて」
「諒子、思い出を美化してる！ただの、女たらしのクズだったじゃない」
うっとりする諒子の想像をかき消すように、マリは大きな口を開け笑った。
― 確かに、錠は第三者の目から見たら、そうなのかもしれないけど…。
諒子にとっては、錠は生まれて初めて心の底から愛した運命の人なのだ。
泣かされたことも多かったが、彼の秘めたる才能や退廃的な雰囲気に魅かれ、学生時代のすべてを捧げたと言ってもいい。
その後、彼以上の人が現れなかったこともあり、諒子の中で存在が大きくなっていた。
だからこそ、何も知らないマリに笑われることを諒子は不快に思った。
「クズ…。昔はそうだったかもしれないけど、今は違う。だって、実力派の登竜門であるうちの局の脚本賞を受賞したのよ」
「え！すごい。成長したんだ。彼が学生時代に作っていた自主映画、全く意味不明だったのに」
いちいちひと言多いが、彼を認めるマリの発言に、諒子は深く頷いた。
事実、錠の受賞作は、設定こそ突飛であったが、心温まる万人受けの内容だった。
「一緒に仕事するの、楽しみ…」
諒子は、運命の再会をきっかけとした妄想に、心躍らせていた。
学生時代はうまくいかなかったが、お互い年齢を重ね、今なら落ち着いた大人の恋愛ができるかもしれない、と。
そして、その先にあるのは……。
「じゃあ私、別件の約束があるから、先に出るね」
食事と諒子の話が一段落したところで、マリは突然席を立った。
婚活アプリでやり取りしている男性が、近くで飲んでおり、誘われたから会いに行くというのだ。
「私との食事の途中なのに…」
「もし諒子が錠くんと一緒になったら、いつ追い出されるかわからないからね。新規の種を蒔かせてよ」
3万円をテーブルに置こうとするマリの手を、諒子は掴んだ。
「ちょっと…、簡単にはマリのこと追い出さないよ。私、仕事も頑張り時なの。脚本家の彼を支えながら仕事と育児の両立なんてできないし」
「え！再会しただけで、そこまで妄想しているの？私のことは気にしないで」
一方的にそう言い残して去っていくマリの後ろ姿に呆れながらも、なんだかんだで応援してくれていることが嬉しかった。
「もう…」
だが、手元の3万円を見て諒子は我に返った。
やけに太っ腹な支払いだ。彼女は離婚が決定的な身分なのに。
諒子は、最後の悪あがきとばかりに、夫の資産を浪費しているマリのことが引っかかっていた。
昼間のニュースで、マリの夫・海斗は試合中に肘を痛め、途中降板したと報道されていた。
身を粉にして夫が稼いだ金を、一瞬にして消す悪妻・マリ。
― 注意しておかないと共犯者になっちゃう…。
プレゼントされたバーキンも、安心して使えずにいた。
諒子は、彼女が帰宅したら釘を刺そうと決意した。
しかし、マリはその晩帰ってこなかった。
翌朝。
諒子は、彼女の帰宅を待つことなくいつも通り8時半に出社した。
スターバックスのラテが入ったタンブラーを片手に持ちながら、メールチェックをする。
すると、あるメールを見て諒子の目は一気に覚めた。
＜昨日はありがとうございました＞
送信元は錠だ。真っ先に開くと、そこには添付ファイルがいくつも付いたメールが届いていた。彼が執筆した習作の数々だ。
― なんだ、売り込みか…。
ざっと中身を眺めるが、すぐ飽きてしまう。
帰宅しなかったマリへのいら立ちに、いまだ支配され、内容が頭に入ってこない。
すると、そんな心中を覗き見たかのように、マリからLINEが届いた。
＜あれー。もう出社？いつもお勤めご苦労さん。結局、朝まで飲んじゃった＞
普通のメッセージだが、どこか腹が立つ。諒子は怒りに任せて、すぐに返信を打った。
＜毎日遊び歩いてる人に激励されたくないよ。というか、あなたの遊ぶ金、別れる夫のお金でしょ？使って後ろめたくないの？＞
＜ないね。正式な離婚はまだなんだから＞
マリの開き直りに、諒子はさらにヒートアップした。
＜でも、他の男とデートなんてダメだよ＞
＜…は？突然説教モード？面倒くさ〜っ＞
カチンときたが、諒子は少し前に会社のアンガーマネジメント研修で学んだ、6秒ルールで心を落ち着けようとする。
当然そんな状況も知らず、間が空いたことをいいことにマリは短文で、次々と反論をしてきた。
＜婚活も相手に了承を得ています。離婚届の提出が遅くなるからどうぞと＞
＜慰謝料も＞
＜正当な理由でもらうもの＞
＜しかも、全部が夫の資産というわけじゃない。私が投資で得たお金もある＞
＜資産管理とマネジメントは夫の代わりに私がやってきた＞
＜自分のものなのに使うの、悪い？＞
＜悔しければ、あなたもクズじゃなくてそれだけの男見つけなよ＞
＜ちなみに、私が海斗と交際し始めたのは彼がルーキーだった時＞
＜男見る目には自信がある＞
＜男も金もあるし、あ〜幸せ♡＞
＜そんなわけで、寝ます＞
受信のたびに6秒が次々にリセットされ、怒りがさらに積み重なっていく。
「あー！もう！」
諒子は頭をかきむしる。いつもは冷静な諒子が取り乱す様子に、周囲の同僚たちが驚く。
本当にマリは寝たのか、それからLINEは届かなくなった。
しばらくすると諒子は、落ち着きを取り戻した。
だが、＜クズじゃなくてそれだけの男見つけなよ＞という文面を許せず、思わず諒子はそれを見返してしまう。
― 錠のことを言っているのね。
心を鎮めるべく、局内の廊下を歩く。
すると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「漆原プロデューサー。メール、読んでくれました？」
「錠…」
錠は、別のプロデューサーとの勉強会を終えたところだと言った。諒子を見つけ、慌てて走って来たのか、呼吸が乱れている。
「メール読んだよ。面白かった…。けど、せめてふたりのときは敬語やめない？」
錠の顔が、途端に和らいだ。13年の時が一瞬で縮まる。
「そうだね。じゃあ諒子、今晩空いてる？話がしたいんだ」
諒子に断る理由はない。
― 彼はもうクズじゃないはず。私の方が、マリよりも仕事も恋も順調で、幸せなんだから。
諒子は自分にそう言い聞かせながら、誘いを受け入れた。
▶前回：「バーキンを見せびらかす女って嫌味よね」庶民派ママから同意を求められた、35歳独身女の答えとは
▶1話目はこちら：35歳独身女がセレブ妻になった同級生と再会。彼女が放った高慢なひと言に…
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仕事をきっかけに、急接近する諒子と錠だったが…
