玉の輿婚で優雅な生活を手に入れた女。しかし数年後には「離婚したい」と言い出した、衝撃の理由
今となっては昔のことですが、港区に沙羅という女が生息していました。
「今夜、食事会あるんだけどどう？」と言われれば飛び入り参加して、必死に“彼氏候補”を探したものでした。
ある日、ようやく彼氏ができて食事会に行かなくなりましたが、その彼にも…。
残念に思って2年半ぶりに港区へ近寄ってみると、そこには以前と全く別の世界が広がっていたのです。
▶前回：「自分で稼げなくても、経営者の彼氏がいるから大丈夫」そう思っていた33歳女がフラれた結果…
「この時間の港区、久しぶりだな…」
以前は徒歩でも帰宅できるくらいの距離だった西麻布。しかし電車移動が基本となった途端に、ここはとんでもなくアクセスが悪い場所なのだなと気がついた。
どの駅からも微妙に遠い西麻布の交差点。六本木駅から向かうとなると坂もあるし、ヒールで歩くのはかなりキツイ。
― 港区って、タクシー移動を大前提として街が作られているんじゃない？
そんなことを考えながら、私は六本木駅から坂を下り、美穂が予約してくれていたお店へと向かった。
「ごめん、お待たせ！」
「ううん大丈夫。私も今、来たところだから」
久しぶりの、港区での女子会。しかしここで、私は衝撃的な事実を知ることになったのだ…。
「沙羅、なんか雰囲気変わったね」
「そうだね…。自分でもそう思うよ」
超予約困難なフレンチ『エクアトゥール』の姉妹店である『K+（カゲロウプリュス）』。そのカウンター席で、まじまじと美穂が私を見てくる。
洗練された雰囲気が漂う、美しい店内。やっぱりこういう場所に来ると、背筋がピンと伸びるような気がする。
美穂と会うのも久々だ。心なしか痩せた彼女の手元を見ると、以前はまばゆいばかりに輝いていた大きなダイヤ付きの婚約指輪が、今日はないことに気がついた。
「あれ、美穂…」
「さあ今日は飲むよ！沙羅、付き合ってよね」
「もちろん付き合いますよ」
さっきから急ピッチで飲む美穂の肩をポンと叩きながら、私も黙ってシャンパングラスに口をつける。
「最近、沙羅はどうなの？」
「おかげさまで忙しくしてるよ。20代の頃はあんなにも家業を手伝いたくないと思ってたのに、意外と性に合ってるのかも」
「顔つき変わったよね。トゲトゲしさがなくなった気がする」
「トゲトゲしてた？私が？」
「してたよ〜。半年前だっけ？彼氏と別れたときとか、必死感が出てたよ」
『ズワイ蟹のクリームコロッケ タルタルキャビアソース』を食べながら、思わず2人で笑い合う。
「でも人の未来なんて、わからないものだね。沙羅は次のステージへ行った気がする」
気がつけば美穂のシャンパングラスは空になっている。私たちはもう1本、追加で白ワインをボトルで頼んだ。
「どうなんだろう。でも以前は人の目ばかりを気にしてたけど、今は『そんなのどうでもいい』と思えるようになったかな」
己のライバルは己でしかない。他人と比較してもどうしようもない。
それに気づけた今、私の心はとても穏やかになった。
港区はわかりやすい比較基準が多い。どこのエリアに住んでいるのか、どのタワマンに住んでいるのか。もし住んでいるとしたら何階なのか…。
持ち物だってハイブランドのアイテムを身に着ければ、簡単に自分や夫、彼氏の経済レベルを誇示できる。だから知人同士で嫉妬しあうことも多かった。
でも戸越銀座住まいで、下町の小料理屋勤務。しかも親元に戻って働いている独身女となると、そもそも比較するものがなくなるので嫉妬のしようがないのだ。
「沙羅は今、幸せなんだね。そして私さ、離婚するかもしれなくて」
「…えっ！？」
私は思わず、大きな声を出してしまった。
「な、なんで？喧嘩でもした？浮気？凛ちゃんはどうするの？」
つい矢継ぎ早に質問をしてしまうと、美穂はフフッと笑っている。
「他に好きな人ができたの」
彼女の衝撃的な発言に、私はただただ混乱していた。
「ど、どういうこと？」
驚いている私とは裏腹に、美穂はいたって冷静だった。
「今の時代、そんなもんですよ。私の周りのママ友だって、みんな平気で彼氏とかいるし。『浮気するのは男性だけ』っていう考えは、もう古いね」
サバサバと話しているけれども、よく聞くとスゴいことを言っている。
「…美穂は、それでいいの？」
「うんと年上のお金持ちと結婚して、港区の高級マンションに住んで。欲しい物は何でも買ってもらえて。でもその次に欲しくなったモノって何だったと思う？」
答えに迷っていると、彼女は屈託のない笑顔でサラリと言い放った。
「年下の、若いイケメンだったんだよね。おじさんじゃなくて、将来性のある若い男の子と一緒にいるほうが、女として幸せだと気がついちゃったの」
すべてを手に入れられるような、幸せな結婚をしたはずの美穂。でも港区に居続ける限り、欲望は永遠になくならない。
自分の手元にないものばかり探して、そしてどうしようもなくそのアイテムが欲しくなる…。それの繰り返しなのかもしれない。
「美穂、大丈夫？ちゃんと帰れる？」
「う…。さすがに今日は帰るわ。ごめんね誘っておきながら」
「私は大丈夫だから。ちゃんと帰るんだよ」
美穂をタクシーに乗せて見送ったものの、ポツンと西麻布の裏通りに取り残された私は、夜空を見上げてため息をついた。今日は何となく、まだ帰りたくない。
「もう1杯くらい飲みたいな…」
そう思い、LINEのトーク画面をスクロールしてみる。
沙羅：今、西麻布にいるんですが近くにいませんよね…？1杯だけ飲みに行けたりしませんか？
こんな連絡をしたのも、いつぶりだろうか。港区のシンデレラタイムが早まる中、時計を見るともう23時だ。最近の港区的には、こんな時間から異性を誘うなんてアウトなのかもしれない。
でもそんなことはどうでもいいくらい、飲みたい気分だった。何となく六本木方面へ向かって歩いていると、5分ほどして返信が来る。
意外にも『飲みましょう』という返事だった。
「すみません、こんな時間から急に呼び出してしまって。どうしても飲みたい気分で…」
「いえいえ。実はちょうど、近くで飲んでたんですよ。タイミングが良かったです。あと少し遅かったら、帰ってました」
六本木にある隠れ家的存在のバー『六七』に呼び出した相手は、陽太さんだった。
肌寒いけれど開放的な屋上のテラス席からは、東京の夜景が見える。テーブルのライトアップと夜景の光が折り重なって、とても綺麗だ。
「東京って、ビルが高いですよね」
「そうですね。そしてこんな時間まで、明るいですよね」
陽太さんと会うのは、3ヶ月ぶりくらいだ。たまに連絡を取り合っていたけれど、なぜかお互い『会おう』とは言い出さなかった。
でも陽太さんといると、心の底からホッとする。騒がしいわけでもなく、静かすぎるわけでもない。お互い気にはかけているけれど、過度に連絡も取らない。
「今度、沙羅さんのお店に遊びに行こうかな」
「ぜひ来てください！ビール1杯、サービスしますよ」
「本当ですか？お店にも、もちろん行きますが…。浅草を案内してほしいんです。東京出身なのに、お恥ずかしながらあまり詳しくなくて」
「もちろんです！とっておきの浅草ツアーします」
さっきまでのザワついていた心はどこかへ消え、私たちの間にはただ和やかな時間が過ぎていく。
そしていつの間にか、東京タワーのライトアップは消えていた。
▶前回：「自分で稼げなくても、経営者の彼氏がいるから大丈夫」そう思っていた33歳女がフラれた結果…
▶1話目はこちら：同棲中の彼にフラれ、婚活市場へと舞い戻った33歳女。そこで直面した残酷な現実とは
▶NEXT：10月24日 月曜更新予定
次回、最終回。港区の今と昔を見つめた女が、選んだ道とは
