「私たちどういう関係？」彼の家には行くけど進展なし。女が思い切って聞くと、男は…
女医の世界には「3分の1の法則」というものが存在する。
「生涯未婚」「結婚した後、離婚」「結婚生活を全うする」それぞれの割合が、ほぼ3分の1ずつとなるというものだ。
彼女たちを取り巻く一種異様な環境は、独特の生活スタイルを生み出し、オリジナリティーに富んだ生き方を肯定する。
それぞれの女医は、どんな1／3の結末をむかえるのか…。
◆これまでのあらすじ
茉莉は、これまで多くの男たちを魅了し、ゲーム感覚の恋愛を楽しんできた。しかも、相手の男はそれぞれの業界で秀でた人物ばかり。ある日、プロボクサーの修也と偶然の出会いを果たす。試合を観戦して、次のターゲットを修也に定めたのだが…。
Vol.8 形成外科・茉莉（34歳）の場合【後編】
「ええっ！茉莉、もういい人ができたの！？」
美佳と奈央が口をそろえて驚きの声を上げる。
茉莉は近況を報告したくてたまらなくなり、前回のランチからほどなくして再び友人2人を招集したのだった。
「だって、この前会ってからまだ3週間も経ってないよ？どこで出会って何かあったの…」
茉莉は、矢継ぎ早に質問する友人たちに、修也との偶然の出会いを嬉しそうに話す。
「それはかなりイレギュラーな出会いだわ。相手はプロボクサーか…。今までにないジャンルの人だね」
「でも、茉莉が選ぶくらいだから、その世界ではすごい人なんでしょう？」
友人たちが修也に対して興味を持ち始める。
「それがね、そうでもないの。チャンピオンでもないし。まあ、まだ24歳で若いからっていうのもあるけど」
美佳と奈央が、「ふ〜ん」とさほど関心のない様子でうなずく。
「あ、でもね。次の試合に勝ったら、日本チャンピオンに挑戦できるかもしれないって言ってた。それにね、私、なんか楽しいの。しょっちゅう家に行って料理を作ってあげたりしてるのよ」
「もうそこまでの関係になってるんだ！」
「そうなの。スポーツ選手だから、栄養を第一に考えないとね」
「すご〜い。献身的に支えてるんだね」
2人とも、茉莉の見せる新しい一面に新鮮さをおぼえているようだ。
だが、茉莉としてはその反応に少し物足りなさを感じていた。
中目黒の『ザ ガーデン』でのランチを終え、友人たちに別れを告げたあと、茉莉はしばらくひとりで目黒川沿いを歩く。
いつものランチに比べ、今ひとつ盛り上がりに欠けた気がしていた。自分の話に対する、友人たちの食いつきがイマイチだったように感じる。
― やっぱり、相手のスペックのせいなのかな…。
これまで、茉莉の恋愛話に登場する男たちは、院長クラスの医師や、TVでコメンテーターを務める弁護士、トップモデルや有名芸能人など、華々しい経歴の持ち主。
恋愛ゲームのような目まぐるしい展開は、聞き手をジェットコースターに乗っているかのような気分にさせた。
それが、今回の相手はプロボクサー。
しかも、優れた成績を残しているわけでもない、単なる若手の…。興味をそそられないのも、当然といえば当然である。
― こうなったら、早く修也くんにチャンピオンになってもらわないと…！
やる気を出した茉莉は、ヘルシーかつ体力アップにつながるような食事メニューを、頭のなかで組み立てるのだった。
◆
「うわ、美味そう！今日はまた一段と品数が多いね」
テーブルに並べられた料理を見て、修也がパッと表情を明るくする。
「さあ、食べて食べて」
茉莉は修也を席に促すと、料理に説明を添えていく。
「これがささ身と野菜の炒め物で、こっちが鮭とキノコのホイル蒸し、水菜とトマトとオクラのサラダに…」
高たんぱく低脂肪を心がけ、使う油や調味料にも気を使いながら、少量ずつなるべく品数を多くして出している。
「来月試合でしょう？絶対勝ってもらいたいと思って」
「いやあ、茉莉さんはすごいな。美人で頭もよくてお医者さんで、しかも料理もうまいなんて…」
― うん、わかってる。だから早く私に相応しい男になってね。
軽快に箸を進める修也を、茉莉は微笑ましく眺める。
「そうだ、修也くん。この部屋の合鍵ってもらえないかな？私が仕事から早く帰れるとき、あらかじめ料理を作っておけるし」
茉莉がそう提案すると、修也の箸が一瞬止まった。
「修也くん…？」
茉莉が顔を覗くと、修也が視線を上げて言った。
「あのさ、茉莉さん…。俺たちって、別に付き合ってないよね？」
「え…？」
「いや、こうして食事を作ってくれるのはありがたいんだけど…。やっぱり、一線を引くところは、引いておいたほうがいいかなと…」
「え、なにそれ」
「いや、だってほら。恋人がするような、そういうことはしてないし…」
― 確かに、手を出されたことはないけど…。
「じゃあ…私たちはどういう関係？」
「だから、感謝はしてるよ…」
「答えになってない！」
茉莉が間髪入れずに言い返す。
そこでようやく、修也が意を決したように言った。
「俺、地元に残してきた彼女がいるんだ…」
「は…？」
茉莉は、自分の存在を煙たがっているかのような修也の言動が、癪に障った。
「だから、ごめん…」
「なによ…。私がこれだけ尽くしてきたのに。この私が…よ？」
感情を抑えようとするものの、プライドを傷付けられ、もう制御が利かない。
「俺には、茉莉さんは荷が重いよ…」
「荷が重い？“釣り合わない”の間違いでしょう！」
茉莉は激しい剣幕を見せながら立ち上がると、荷物を持って玄関へと向かう。
― 止めるなら、今しかないから…！
部屋に残る修也に、チラッと視線を向ける。だが、追い駆けてくる素振りはない。
茉莉は行き過ぎた発言をわずかに後悔しながらも、部屋をあとにした。
◆
翌月。
会場内に、試合終了のゴングが鳴り響いた。
リング上の両者は、戦いを終えてコーナーへと戻っていく。
― 判定で決まるってこと？どっちが勝ったのかしら…。
茉莉は、再び後楽園ホールに足を運んでいた。
修也とは、あれ以来連絡も取っていなかったが、試合は見届けなければいけないような気がしていた。
初めて献身的に尽くした相手であり、どこか親心のようなものが芽生えていたのかもしれない。
試合は激しい打撃戦となり、どちらも譲らず一進一退の攻防を繰り広げ、決着は審判による判定に委ねられた。
リングの上で躍動する修也は、とてつもないエネルギーを放ち、眩いばかりの輝きに包まれていた。
茉莉は、いつの間にか魅了され、胸に残っていた屈辱感も消え去り、むしろ少しのあいだだけでもそばで支えられて良かったとさえ思わされた。
「採点の結果をお知らせします」
場内にアナウンスが流れる。
― ああ、ドキドキする…。お願い、修也くんを勝たせてあげて！
茉莉が目を強く閉じ、心からの祈りを送る。
「…以上、3対0の結果を持ちまして、勝者…青コーナー、野崎修也！」
場内が熱狂に包まれる。茉莉も思わず立ち上がる。
― 良かったね、修也くん。頑張ったね…。
茉莉の目に、涙が溢れた。
そこで、リング上の修也が、アナウンサーからマイクを受け取り、何やら客席に向けて話し始めた。
「実は、今日ここに、僕の大事な人が見に来てくれています…」
茉莉の胸が大きく高鳴った。
― ええっ！もしかして、私のこと！？
リング上に熱い視線を送る。しかし、修也がこちらを見る様子はない。
そして、別のスペースの席に座る、ひとりの女性が立ち上がった。修也がその女性に向かって、思いを告げる。
「ずっと僕のことを陰で支えてくれて、ありがとう。本当に大事な人です。よかったら、僕と結婚してください！」
場内がしばらく静寂に包まれる。
女性が、「はい」とうなずいたところで、再度客席から歓声が上がり、興奮に沸き上がった。
一方で、茉莉はひどく幻滅し、冷ややかな視線でその光景を眺めていた。
― バカバカしい…。とんだ茶番を見せられたわ。
またしても侮辱を受けたような気分になり、茉莉は席を立った。
リング上で戦うボクサーの姿に感動し、心からリスペクトを送ったが、その感情をすべて台無しにされたような腹立たしさを抱え、出口に向かう。
すると、エレベーターに乗る手前のところで、「茉莉…」と声をかけられた。
振り返ると、見覚えのある顔があった。
「やっぱり茉莉か！なんでここに？」
それは、医学部で同期だった、磯貝という男だった。
「私は、知り合いが試合に出てて…。磯貝君こそどうして？」
「俺は、リングドクターをやってるんだよ。試合中の怪我のチェックや、試合後の選手の健康状態を診たりしているんだ」
そういえば、磯貝は脳神経外科を専攻していた。そういった依頼を受けることもあるのかもしれない。
会話をしていると、時折ボクサーらしき人たちが通り、磯貝に対して丁寧に挨拶をしていく。
― え、そんなに重要なポジションにいるってこと…？
医師との付き合いは退屈だと思っていた茉莉だったが、ボクサーたちから敬意を払われる磯貝の姿は、眩しく映った。
― あんなに激しくリングで戦っている人たちに敬われているなんて、なんか素敵…。
茉莉は、新たな標的を見つけた。
恋愛ゲームはまた次のステージへと移り、果てしなく続いていく。
▶前回：「恋愛はするけど、結婚に興味はない」と豪語する34歳女医が直面した現実とは
▶1話目はこちら：親が勧める相手と結婚したものの…。女は満たされず、つい元彼に連絡してしまい…
▶NEXT：10月23日 日曜更新予定
医師になった姿を見せたい…同窓会の席で女を待ち受けた運命の出会い
