金正恩氏(板門店写真共同取材団)

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北朝鮮北東部のある農村で、里(村)のトップである、朝鮮労働党の里党書記の家が燃える火災が起きた。放火によるものであることが判明し、容疑者が逮捕されたが、加害者よりも、むしろ被害者である里党書記の方が厳しく罰せられる可能性が浮上している。詳細を、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

火災が起きたのは今月1日の夜のこと。咸鏡北道(ハムギョンブクト)の花台(ファデ)郡の海辺の村、龍浦里(リョンポリ)の里党書記の家から火の手が上がった。幸い、さほど燃え広がらず、怪我人はいなかった。

花台郡安全部(警察署)はすぐに捜査に乗り出し、地元に住む男性Aを逮捕した。

コロナ鎖国下で厳しい食糧難に襲われている北朝鮮だが、Aは、3人の子どもに充分な食べ物を与えることができず、飢えに苦しんでいるのを見かねて、里党書記の家を訪ねた。

彼は「日頃から『党は国民の母だ』と教えられていたから、事情を話せばいくらか助けてくれるだろう」と信じていたのだった。今年3月に行われた朝鮮労働党第2回初級党書記大会では、その役割として「国家の富強・発展と人民の福利のために献身的に奉仕し、奮闘する」ことが強調された。

ところが、里党書記から返ってきたのは、助けではなく、罵詈雑言だった。

「トゥエギバッ(個人が耕す小規模農地)で食べ物を自給する努力もせずに何をしていたのか」
「怠けているから貧しいのだ」
「働きたがらない連中に限って、党にやってきて物乞いをする」

さらには、「里党で泣き言を言っても通じなければ、郡党(朝鮮労働党花台郡委員会)や道党(朝鮮労働党咸鏡北道委員会)まで行って、信訴(内部告発)をやりやがる」と、生活苦に喘ぐ人々をあからさまに侮蔑するような暴言まで吐いた。

それでもAは諦めず、最近収穫されたトウモロコシをいくらか分けて欲しいと懇願したが、里党書記は「うちも1日2回、粥をすすって生きてるんだ。今の時代に助けてやるやつがどこにいる。苦しいのは皆同じだ」と冷たく追い返した。

(参考記事:「住民は希望を失った」北朝鮮・高山地帯の深刻な食糧事情

それでもAは、1ヶ月にわたって里党書記の家を訪ね、助けを求めた。そして今月1日の夜。Aは、窓越しに、里党書記の家族が肉の入ったスープやチゲなど、現在の地方の食糧事情からすると、非常に贅沢な食事をしているのを目撃してしまったのだった。

その様子に激怒した彼は、自宅に戻ってランプオイルとライターを持ち出し、里党書記の家に戻り、家族が寝静まるのを待ってから火を付けたのだった。

取り調べで彼は「人民のための党イルクン(幹部)とは口だけ。飢えて死にゆく人民には目もくれず、すぐにでも死にそうだと訴えても衝撃も受けなければ、解決しようとする態度すら見せない里党書記が、母なる党のイルクンなのか」と、激しく訴えたという。

この事件は郡党に報告され、里党書記は呼び出されて調査を受けている。また、Aの暮らし向きについても調査を行った。子どもたちはガリガリに痩せており、農作業をしている農民が飢えているとはとんでもないと批判の声が上がっている。

残されたAの家族は、一家の大黒柱が安全部に連れて行かれ、誰が家族を飢えから救うのかと郡党に訴えている。Aに対する処罰は、軽いもので済まされると見られている。

一方、里党書記に対しては、生活苦を訴える住民を放置した罪で、重い処分が下されると見られている。

なお、朝鮮労働党の末端組織の書記と言えば、党生活(党員としての務め)に追われ、一般住民よりも貧しく、バカにされるほどなのだが、この里党書記は、贅沢な食事をしていることから、何らかの不正行為に関わっていたか、党員には禁じられた経済活動を行っていた可能性が考えられる。