「天丼てんや」の店舗(写真:ロイヤルホールディングス)

日本を代表する和食といえば「寿司」「天ぷら」「うなぎ」が知られるが、江戸時代は屋台で提供されており、元祖ファストフードだった。

現在、寿司は回転寿司チェーン店も多いが、天ぷらや天丼のチェーン店は少ない。その最大手が「天丼てんや」だ。「手頃な価格で天丼が食べられる店」として人気で、首都圏を中心に国内153店舗(うち直営115店舗。2022年6月末)がある。海外にもタイ、フィリピンを中心に27店舗(同6月末)を展開する。

最初に緊急事態宣言が発令された2020年4月の既存店売上高は、対前年比58.1%に落ち込んだが、その後は回復。今年度の業績は好調で、上半期(2022年1〜6月)の既存店実績は「売上高107.9%・来客数101.7%・客単価106.0%」だった(親会社ロイヤルホールディングスの発表数値)。

長引くコロナ禍のなか、どんな思いでお客と向き合っているのか。運営会社の社長に現在の取り組みを聞き、天丼に対する消費者意識も考えてみた。

今年の夏は「たれづけ天丼」で訴求

「てんやでは、年に7回ほど期間限定品を発売します。6月16日からは『たれづけ 大江戸天丼』『国産 夏野菜の天丼』などを販売し、8月10日から夏のたれづけ第2弾『たれづけ 夏の特丼』を発売しています。日本の季節性や食材の旬に合わせて訴求しています」

「天丼てんや」や「ロイヤルホスト」を運営するロイヤルフードサービスの生田直己社長はこう話す。グループ店舗の店長経験も長かった生田氏は、現在、ロイヤルHD執行役員(外食事業担当)も務め、ロイヤルグループ外食事業全般の責任を担う。

「たれづけ大江戸天丼」(税込み850円)は、2007年から夏に登場するメニューだ。「活〆穴子」「大いか」「海老」を甘辛だれにくぐらせた。年々販売数が上がっているという。

「発売当初は『何で“たれづけ”なのか?』と聞いたほどです。 関西では知られていませんでしたから。『たれにくぐらせるのでさっぱりする、夏らしい味』と教えられました」

大阪府出身の生田氏は、笑いながらこう話す。現場責任者時代は「ロイヤルホストの大阪での存在感を高めた人」だと聞くが、その経歴が今後の事業展開に影響するかもしれない。


「たれづけ 夏の特丼」には境港のあじを加えた(写真:ロイヤルホールディングス)


2022年1月にロイヤルフードサービス社長に就任した生田直己氏(写真:ロイヤルホールディングス、撮影のためマスクを外しています)

また、「夏の特丼」(同850円)は、定番の「海老」のほか、「大いか」「米なす」、鳥取県境港水揚げ「あじ」をのせた商品だ。「日本には四季がある。てんやには旬がある」を掲げ、食材の産地も意識した限定品で訴求する。

看板商品「天丼」を530円に値上げ

ところで「てんや」といえば「天丼(並盛)」が主力商品だ。海老、いか、白身魚(きす、または赤魚)、かぼちゃ、いんげんが入り、店内飲食ではみそ汁もつく。持ち帰り弁当を含めて全体の4割以上が注文する看板メニューだ。


看板商品の「天丼」は530円になった(写真:ロイヤルホールディングス)

1989年の創業以来、“500円天丼”として人気を呼んだ商品を、今年6月16日から「530円に値上げ」した。実は、一時540円にした(2018年1月11日)後、2年後に500円に戻した(2020年5月18日)が、今回、再び値上げとなった。その意図は何か。

「『あの天丼の価値をお届けしたい』という思いからです。ご承知のように原材料高騰が続いており、500円で提供するには、例えば素材の品質を下げる、量を減らすなどの施策もあるでしょうが、お客さまの期待に応えられるよう価格改定をさせていただきました。

実は、530円にしてからの来店客数は変わっておらず、なぜ値上げしたのかという苦情の声もほとんどありません。お客さまにもご理解いただいたと感じています」(同)

いつの時代も、商品の値上げに対する消費者の心理的抵抗感は強い。日常的な商品ならなおさらだ。その昔、自動販売機の清涼飲料を100円から110円に値上げした際、提供側はワンコイン(100円玉)でなくなる反発に苦慮した──という話を聞いたことがある。

なお、競合の「天丼・天ぷら本舗 さん天」(44店舗、2022年8月現在)は、「39天丼」(税込み390円)や「海老天丼」(同450円)をワンコイン(500円玉)以下で提供する。


「復活! 500円」として宣伝した時期もあった(2020年10月、筆者撮影)

以前は「ハンバーグ」「ローストビーフ」の天丼も

かつて「てんや」は変化球の天丼を打ち出した時期がある。定番の魚介類以外に、「豚角煮天丼」や「ロコモコ丼」、さらに「Wハンバーグ天丼」や「ローストビーフ天丼」も2011年から期間限定で販売した。なぜ、やめてしまったのか。

「当時は、『天ぷら×具材の可能性』を試そうと、さまざまな限定品を打ち出してみたのです。メニューは華やかになり、若い世代や外国人観光客の方にも注目されましたが、徐々にお客さまの満足度が低下するようになりました。そこで基本に戻したのです。

2020年1月から、あらためて『原点回帰』を掲げ、商品施策を見直しました。これまでの強みである魚介類と野菜の基本に立ち返り、素材と中身を深めています。ただし好評だった商品は定番化や期間限定品として残しています」

Wハンバーグなどは当時、“てんやのご乱心”とも言われたが、やってみた成果もあっただろう。この経験から得たものは何か。

「素材との相性や日本各地の文化も再認識できました。例えば鶏天丼が昔から食べられている地域もあります。今年1月、期間限定で『ポテサラ とり天丼』も販売しました。2014年から登場して好評だった『ポテサラ天』と、華味鳥(はなみどり)の『とり天』を組み合わせた商品です」

2021年1月、TBS系のテレビ番組「この差って何ですか?」で「天丼てんや」が取り上げられ、当時の「創作天丼売り上げベスト5」も発表された。参考までにその内容をお知らせしよう。

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産業能率大学の学生とコラボした「鶏あえず食ってみ天丼」(980円)も今年7月31日まで販売された(写真:ロイヤルホールディングス)

天ぷら、天丼を“ファストフード”に戻した

少し引いた視点で日本の生活文化を考えると、「天丼てんや」は、天ぷらや天丼を “元祖ファストフード”に戻した存在といえそうだ。

屋台料理として広がった天ぷらは、江戸時代末期から明治時代にかけて専門料理店や料亭で出されるようになり、職人が作る高級料理となっていく。

時代は飛ぶが、昭和50年代でも、町の食堂メニューの「天丼」は、かつ丼よりも数百円高く、1000円を超える店が多かった。以前、取材でその理由を聞いた際は「当時は冷凍技術も発達しておらず、一般の食堂では手のかかるメニューだった」という答えが返ってきた。


今でも東京・浅草には天丼を提供する店が多い(筆者撮影)

そんな「天ぷらの大衆化」を実現したのが、「天丼てんや」の創業者・岩下善夫氏だ。マクドナルド出身の岩下氏は、知人を通じてコンピューター制御の「コンベア式フライヤー」を開発した。これにより、訓練を受ければアルバイトの従業員でも調理できるようになり、低価格も実現した。今でも「オートフライヤー」は店の心臓部だ。

昭和から平成となった1989年4月、「天丼てんや」1号店が東京駅八重洲地下街に開業。1杯500円の天丼を求めて開店初日には200メートルの行列ができたという。

「てんやの最大の特徴は、お客さまに揚げたての天ぷらを短時間で提供することです。その姿勢は、創業時も現在も変わりません」(生田氏)

「天ぷらが高かった町食堂」を知るシニア世代にも人気だ。「年金支給日の偶数月15日には、店内がにぎわい、持ち帰りでも少し価格帯の高いお弁当も頼まれます」という。


1989年9月、開店当時の八重洲店(写真:ロイヤルホールディングス)


各店舗に置かれている「てんやおじさん」。モデルは創業者の岩下氏だ(写真:ロイヤルホールディングス)

店舗拡大のカギは「箱根の山を越えられるか」

ご存じのように、コロナ禍で外食市場は大きな打撃を受けた。それ以前から「てんや」は店舗拡大を見直しており、かつては200店を超えた店舗数も近年は150店規模。店舗の大半は首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)に集中する。今後、箱根の山を越えて中部以西に展開する意欲はあるのか。

「てんやが目指すのはナショナルチェーンです。ブランドとして『あなたの街のてんや』も掲げており、今後も駅前商店街を中心に展開していきます。これまで関西には店舗数が少なかったのですが、関西の人が天ぷらや天丼を食べないわけではありません」

生田氏は、「関西の飲食店の『うどんセット』も玉子丼、他人丼、親子丼、天丼と揃っていて、天丼は200円ぐらい高い存在でした」とも説明する。市場の可能性はありそうだ。

また、「コロナ禍の飲食で、消費者は『時間と場所を選ばなくなった』『外食・内食・中食の境目がなくなった』」──とも認識する。外食大手の同社は、「中食」(なかしょく/総菜や弁当などを買って自宅で食べること)の冷凍ミール「ロイヤルデリ」にも力を注ぐ。

「てんやも、店によっては持ち帰り率が6〜7割という店もあります。お客さまご自身が買いに来られるだけでなく、デリバリーで注文される割合も高まっています」

取材日の前はシンガポールに渡航し、現地のてんや店舗をはじめ、海外市場も視察した生田氏。さらなる海外出店にも意欲を示し、国内と両輪で展開していく。中期的には若い世代の開拓も課題だ。「天丼てんや」が、今後どう進めていくのか注視したい。

(高井 尚之 : 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)