2022年上半期(1月〜6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。教養部門の第5位は――。(初公開日:2022年3月20日)
解剖学者の養老孟司さんが『子どもが心配 人として大事な三つの力』(PHP新書)という本を出した。養老さんは「戦後の日本では、『自分の人生は自分のものである』という考え方が広がった。しかし、こういう考え方からは生きる意味なんて出てこない」と語る。前後編の特別インタビューをお届けする――。(構成=ノンフィクション作家・山田清機)
撮影=稲垣徳文
解剖学者の養老孟司さん - 撮影=稲垣徳文

■このままでは日本人は消えていなくなる

(前編から続く)

「児童虐待社会」がどうして出現したかといえば、それは「都市化」と深い関係があります。

都市化とは人間が頭の中で考えたことを外に出して街をつくるということ。「脳化」と言い換えてもいい。僕はいつも「ああすれば、こうなる」というのですが、そういう考えでつくられているのが都市である、ということです。

たとえば、都市では切符を買って電車に乗れば、目的地に着くでしょう。これも、「ああすれば、こうなる」の一例。都市はそのように作られている。しかし、自然の中ではそうはいきません。森の中で迷ってしまえば、どこにたどり着くかわからないのです。

ある国なり地域なりが都市化すると、多くの場合、少子化が起こります。先進国の都市ではどこもかしこも出生率が下がって、少子化が起こっている。なぜかといえば、都市は頭でつくられているのに対して、子どもは自然だからです。ひとりでに生まれてきて、親の思うようになりません。

だから、都市では子どもを排除することが暗黙の了解になっているのです。

実際、丸の内のまん中や新宿副都心の高層ビル街を歩いている子どもなんて、ほとんど見たことがないでしょう。都市にとって、子どもは厄介で邪魔な存在。それゆえに、子どもを産むことを控えたり、産んでも急いで大人にしようと教育したり、管理したりする。こうしたことが少子化の根本的な原因であり、児童虐待社会の実相です。

先日もニュースになっていましたが、日本の出生数は6年連続で過去最少を記録していて、2021年の速報値(掲載当時)で約84万人。厚労省が発表している2020年の合計特殊出生率は1.33しかありません。

大ざっぱに言って、ひと世代で半分ぐらいに減っているんだから、このままいけば遠からず日本は消える。日本から物理的に人間がいなくなってしまう日が本当にやってくると、僕は考えています。

■「自分の人生は自分のもの」ではない

個人主義の弊害も、子どもの問題を考える上でとても重要です。

戦後の日本の強い傾向で、いわゆる個人主義が広がった。「自分の人生は自分のものである」という考えが蔓延しました。

もしかするとこの文章をお読みのみなさんも、「自分の人生は自分のものである」と考えているかもしれないし、それで何が悪いのかと思うかもしれない。ですが、この考え方は子どもの自殺と大いに関係があると僕は思うのです。「なぜ、死んではいけないんですか?」と質問する子どもは、暗黙のうちに、自分の人生は自分のものなんだから、自分の体をどうしようと勝手だろうと考えています。

これはとんでもないことです。自分の人生は自分のものなんかでは、まったくない。もちろん、自分の人生は他人のものでも国家のものでもありませんが、自分ひとりのものであるという考え方からは、生きる意味なんて出てこないのです。

■人生の意味は外部にある

これは『バカの壁』(新潮新書)でも触れたことですが、V・E・フランクルというアウシュビッツ強制収容所に収容された体験を持つ心理学者は、「意味は外部にある」という言葉を残しています。わかりやすく言えば、「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる」(前掲書より)ということです。

つまり、周囲の人や社会との関係がないところから、生きている意味は生まれてこないとフランクルは言うわけですが、個人主義の広がりによって、農村共同体やその代替物だった会社という共同体すら崩壊してしまった現代の日本では、生きる意味を見いだすことがとても難しくなっています。

写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

いや、会社という共同体は存続しているじゃないかと言う人がいるかもしれない。しかし、本物の共同体はメンバーの首を切ったりはしません。リストラなんてするはずがない。ワークシェアをせずに平然とリストラをする日本企業は、もはや共同体とは呼べないのです。

現代の子どもたちは、共同体が崩壊してしまった社会の中で、生きる意味を見失ってしまっている。共同体には共通の目的が必要で、以前であれば「食べていくこと」だった。農作業は皆で協力してやらないとできなかったことが、いま機械を使えば一人でできてしまう。だから、共同体を再生することは――挑戦している人はいますけれど――とても難しいことだと僕は思います。

■解決策は「自然のなかに身を置くこと」

では、どうしたらいいかといったら、もう少し素直に自然と向き合う、子どもと向き合うということだと思っています。

こういっても、あんまりピンとこない人が多いかもしれません。これも言葉で説明できるものではなく、自然のなかにいればひとりでにわかってくることだからです。

先日、僕は福島県の会津地方を旅していました。旅館の窓から外の景色を眺めていると、ちょうど雪が降り始めました。旅館を取り囲む木々の細い枝一本一本に雪が降り積もって、風景が少しずつ白くなっていく。

その様子を眺めていると、ものすごく気持ちがいい。

写真=iStock.com/Eerik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eerik

いつまで眺めていても飽きるということがないのです。子どもが夢中になっているゲームなどのデジタルな刺激とは違って、自然は向こうから働きかけてくることはありません。しかし、自然の中にじっと身を置いていると、徐々に自分が自然と同一化していくのがわかる。これが、とても心地いいのです。

少し理屈っぽいことを言えば、1本の木だって35億年という途方もない歳月を生き延びてそこに生えているわけで、その形状がいい加減にできているはずがない。一本一本の細い枝の先端にいたるまで、自然のルールを反映しているのです。そして、自然の中に身を置いていると、その自然のルールに、われわれの体の中にもある自然のルールが共鳴をする。すると、いくら頭で考えてもわからないことが、わかってくるのです。

■いじめ問題も都市化で深刻になった

子どもに、自分の体が田んぼとつながっていることを教えないといけない。

科学的にいえば、人間の体は物質でできていて、それはどこから来たかといえば、多くは田んぼからきている。田んぼとか、海とか、川とかが、形を変えてあなたの体になっているんだよってことを教えないといけない。

自然と自分とのつながり、世界とのつながりといってもいいのだけど、自然と自分は地続きであることを感じてほしい。

いじめの問題が大きくなってしまっているのも、子どもに本来あった自然とのつながりが断たれて、子どもの世界が狭くなってしまったことが原因です。人が何かとのつながりを求める生き物だとしたら、自然とのつながりを失った代わりに、子どもの中で身近な人間関係が非常に大きなウエイトを占めるようになってしまった。

昔からいじめはありました。だけど、昔の子は、いじめられたら、海や山や川に逃げることができたんです。僕なんかは、いじめられても、夜に電球にカブトムシが飛んできたら、全部、忘れていましたっけ。

■知性は自然のなかで磨かれる

僕は昆虫採集が好きですが、虫とり仲間と話しているととても面白い。

連中は異口同音に、「体に力が入っていると虫は見えない」と言います。とろうとろうと思うと体に力が入ってしまい、虫にこちらの気配を悟られて逃げられてしまうからです。

反対に、じっと森の中に座って自然と同一化すると、虫がどこにいるかがよく見えるようになり、やがて虫や動物の方から近寄ってくるようになる。そんな禅宗のお坊さんの悟りのような状態を、みんな体験しているのです。

養老孟司『子どもが心配』(PHP研究所)

ずっと蝶ばかりとっていた友人が網を振っているのを見ていたら、古武道の達人で研究者の甲野善紀さんの刀の使い方とよく似ていて、驚いたことがあります。言うこともそっくりです。自然のなかで虫取り網を振っていれば、剣術の修行をしているのと同じ学びがあるわけです。

ひとりでに身につく自然のルールや知性は、入学試験で判定できるようなものではありません。ですが、それを手に入れることは後々の人生すべてに大きく影響を与えます。「人生という試験に耐えられる人間になる」と言ってもいい。人生100年時代であることを考えれば、子どもを塾に行かせたり、習い事漬けにするよりも、自然のルールを身につける方がはるかに大切なことではないでしょうか。

だからといって、田舎に移住しろと言うつもりも、取ってつけたような自然体験をさせろと言うつもりもありません。あくまでも「田舎風」でいいのです。空き地があって、虫がいて、そこに行けばいつでも仲間に会える。それで十分なのです。

僕は、都市化した社会、脳化した社会の先を切り開いていくのは、泥だらけになって野山をかけ回っている子どもたちだと思っているのです。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司 構成=ノンフィクション作家・山田清機)