借金、お酒、そして女性を詠む ホストがハマった短歌の世界 『ホスト万葉集』対談 - 歌人・俵万智×ホストクラブ経営者・手塚マキ - BLOGOS編集部
※この記事は2020年08月28日にBLOGOSで公開されたものです
欲望渦巻く新宿・歌舞伎町に生きるホストたちが短歌を詠んだ。
五七五七七のリズム、31文字で表現したのは女性たちとの愛や金への渇望、そしてコロナ禍で「夜の街」と名指しされるなかで生き続ける人間の思いだった。
そんな短歌を集めた異例の歌集『ホスト万葉集』(短歌研究社、講談社)が7月8日に発売された。
発起人は歌舞伎町でホストクラブや飲食店など10店舗以上を経営する「スマッパ! グループ」の手塚マキ会長。選者には俵万智さん、野口あや子さん、小佐野彈さんといった現代を代表する歌人が名を連ねた。
恋愛のプロであるホストたちがハマった「短歌」の魅力を手塚会長と俵さんにオンライン対談で語ってもらった。
対談 手塚マキ×俵万智のダイジェスト動画
最初、ホストたちは「嫌々」だった?
手塚:経営していた書店「歌舞伎町ブックセンター」で詩集や短歌などの本を並べていたんですが、そのなかに歌人の小佐野彈さんの本があって、それがご縁で出版イベントを開きました。イベントのひとつとしてホストたちに短歌を詠ませようとしたのが始まりですね。
俵:最初に話を聞いたとき、すごく素敵な試みだと思いました。私は小佐野さんから「いまホストのみんなと歌会をやってるから一緒にどうですか」と声をかけてもらい、それは面白そうだと仲間の1人になりました。
手塚:始めた当初、ホストたちからの反応はありませんでした。みんな多分、嫌々だったんじゃないかな。
俵:え?そうなの?
手塚:仕事以外のことに顔を出すのがめんどくさいというのがあったと思います。歌を詠むのは頭も使うじゃないですか。
俵:だいぶ頭使いますね。
手塚:それもありますし僕は経営者として、長いスパンを考えたうえでやったほうがいいことを言う係になっています。だから、僕の提案することに参加したところで、直接売り上げにはつながらない。それをみんな分かっているんです。そのなかで、何かいいことがあるかもしれないと思ってくれてる人はいますけど。
俵:長い目で見た種まきみたいなことですよね。
手塚:そうですね。
俵:結果として、歌会を通じて成長した人、才能が花開いてる人が何人もいますよね。
歌会は自分の日ごろの心を点検する作業 耕すことがカルチャーになる
手塚:うちはフォー・トゥデイ(For today)とカルティベイト(Cultivate)という言葉を使っています。
フォー・トゥデイは今日のためにすることですが、カルティベイトはまさに「耕す」こと。「耕すことがカルチャーになるんだよ」と昔から言っています。
フォー・トゥデイしかなければ、使い捨ての人間になってしまうけれど、カルティベイトだけをやってれば今を生きられない。そのバランスだよね、と。
俵:本当にそうですね。短歌を詠んでも、別におなかいっぱいになるわけじゃないし、お金が儲かるわけでもない。でも、心の豊かさというか、表現する方法を人が持ってるということは、生きるうえでとても大きな支柱になってくれます。
手塚:実感として感じてなくてもいいと僕は思うんですよね。どこかで1時間ぐらい一生懸命、短歌を考える時間をつくるって、多分若い子はやらないと思う。
自分の日ごろの心を点検する作業というか、立ち止まって自分が気になってることとか、心に持ってるものを見つめ直す時間なんですよね。それはすごく豊かなことで、あの時間があるというだけでも収穫だなと思っていました。
そしてそれが作品集の出版にまで繋がった。実際に本という形になると、みんな実感が湧きますよね。
「千円を前借りにして」切ない歌を詠んでいたホストが…
俵:ホストの皆さんの変化でいうと、武尊さん(たける/「Smappa! Hans Axel von Fersen」所属)は最初、1,000円を前借りするとか、いつか後輩を連れてキャバクラに行きたいとか、そういう石川啄木ばりの切ないちょっと貧乏な歌を詠んでいました。
彼はすごく熱心に歌会に参加してくれていて、つい最近の歌会では、「ものすごい給料をもらっている」という内容の歌を詠んでらした。
歌会を始めてから今に至るまでの彼の歌詠みとしての成長と、実際にホストとしての成長が重なってるひとつの典型的な例ですよね。
手塚:歌人としてはどうですか。
俵:すごくうまくなっていると思います。元々、ストーリー性のある切り取り方がすごく上手な人だというのは思っていたのですが、何回も繰り返し詠んでいるうちに上達していきました。
手塚:長く参加しているホストは5~10人ぐらいいるかな。でも、途中から興味を持って参加する子もいる。それもまた面白いですよね。
俵:いい刺激になりますよね。ビギナーズラックではないけれど、ぱっと来て、ぱっと1位(※)を取っちゃうような人もたまにいたりして。常連組がちょっとムッとしたりして、いろいろなドラマがあります。
(※編集部注)歌会では各自が詠んだ歌を匿名で発表。各自が優れていると思う歌に投票し順位を決める。
手塚:ドラマがあるっていうのは面白いですよね。
俵:1人でつくっていてもなかなか続かない。歌会で共感してもらったり、点を入れてもらったりしたらすごくうれしいし、逆に全然伝わってないということも実感したりもする。最もいいトレーニングの場です。
手塚:普通に短歌を詠んでいる人にとってもそれが重要なんですね。
大切なのは恋愛といかに真剣に向き合っているか
手塚:もう一歩、ホストたちを歌人として成長させるにはどうしたらいいんでしょうか。
俵:やっぱりつくり続けることですね。たくさん自分の歌を「詠む」と人の歌を「読む」。それが2つの車輪です。
手塚:例えばスポーツ界ではたまにプロスケート選手が自転車競技に転向したりするじゃないですか。短歌の世界で、別の世界の能力が短歌の世界に生かされるといったことはありますか。
俵:ホストの方は恋愛を半ば職業にしてる人たちだから、普通の人よりは素材が豊富なんじゃないかな。
手塚:短歌の世界では、技術や言葉を知ってるだけじゃなく、例えば恋愛をたくさんしてる人や真剣に恋愛をしてる人のほうが歌を詠むインセンティブがあるわけですね。
俵:それはあると思います。でもすごい経験をしても、心で深くそれを感じていなかったら歌にはなりません。いかに真剣に向き合っているかが大切ですね。
お金の存在が歌のなかの恋愛を生々しいものにしている
俵:ホスト万葉集に収録された歌のなかにはお金のことが詠まれたものも多いですね。
日本人はお金の話をするのはよくないというか、ちょっと湿った感じで接しがちなんだけれど、歌を読む限りホストの皆さんはお金に対して体育会系のさっぱりした接し方をしてるという印象を受けました。
手塚:ホスト文化のひとつかもしれません。売り上げの多さが正義の世界なので、お金を持っていることに対してみんな堂々としてます。
お金が介在することで、歌に詠まれる恋愛が想像上のふんわりしたものではないすごく生々しいものになっていく。お金の存在が物事のリアル感を出すのかなという。
俵:ホストの世界はお金というはっきりした物差しがあるから、頑張るにも頑張りやすい。そのすがすがしさを感じました。
手塚:すがすがしいという言葉にするだけで急に良いやつらに感じますね(笑)。
一方で「良いやつら」にならざるを得ないという側面があると思います。ホストのイメージはあまりよくありませんが、うちのグループは本当に集団行動、集団生活の文化なので、気が悪い人間は淘汰(とうた)されていきます。
俵:なるほど。後輩に抜かれる歌とかもあったじゃない。
ああいう感じなんだろうなと思って。
手塚:そうですね。これも武尊ですね。本当にホストとしての成長を歌で詠んでいる。
俵:これもすごく歌の大事なひとつの側面で、札束でお給料もらうようになった武尊さんはもう、1,000円前借りの歌は詠めないと思うんですよね。そのときの気持ちをパッケージして取っておけるという、歌の良さをまさに体現してくれています。
「歌に詠んでいることは本当のことなの?」客から詰め寄られる
俵:短歌は思いを届けるための嘘だったらついてもいいという部分があります。でも、どうしても一人称の文学だから「詠まれていることが本当にあったことなんじゃないの」という気持ちが読み手に芽生えますよね。
手塚:詠んだ歌をめぐって「誰のこと? 私のこと?」みたいなことはありました。そう言われると、詠んだ本人たちは自分の歌をtwitterとかで拡散しないですね…。
俵:このあいだの歌会で、歌に出ていることは本当のことなのかとお客さんから詰め寄られる歌が出てましたね。さらに波紋を広げてるなと思って。
手塚:俵さんは、文学表現と現実とのギャップというのはどういうふうに対処して生きてきたんですか。
俵:私はもうそれ込みで詠んできました。そう思われたほうがいいとさえ。
例えば恋愛の歌で、この人こんな歌つくってるけど、絶対こんな恋愛してないよねと思われるよりは、こういう恋愛をしてるんだと思われたほうが、歌としては成功だと思っているので。
手塚:なるほど。じゃあ別々の人との経験を、1人っぽくしちゃって1冊の歌集や章にするみたいなことはあるんですか。
俵:めっちゃあります。もう、何なら1首のなかに2人入ってるとかある(笑)。あれ、「このとき俺、この酒一緒に飲んだけど、こんなネクタイしてなかったぞ」とかね。
言葉は使えば使うほど増えていく
手塚:歌会では自分の歌を詠む一方で、他のメンバーのつくった良い歌を選ぶ側になります。「良い歌にちゃんと票が入るようになってきた歌会は良い歌会だ」というのを先生方がいつもおっしゃってますが、この歌会というゲームはめちゃくちゃ面白い。Zoomでもやりやすいから、もっと流行っていいような気もします。
俵:言葉で遊ぶって素晴らしいですよね。お金はかからないし、ほとんどのモノは使えば使うほど減っていきますが、言葉は使えば使うほど増えていく。本当に歌会はお薦めですね。
手塚:俵さんは歌会でなくとも突然、歌が思い浮かんだりするのですか。
俵:そうですね。私は浅ましいので歌になるかなと思ったら歌会じゃなくても立ち止まって詠む(笑)。そういう習慣が身に付くまでは、集まって、刺激し合う仲間がいたほうがいいと思います。
手塚:なるほど。僕は時間をつくって向き合わないと難しい。目の前の風景を切り取るよりも、自分の記憶のなかの景色をちょっと短い言葉にまとめるということが多いので、旅先とかで歌を詠めるかと言われると無理だと思います。
俵:旅先で安易に詠まないというのはすごく共感します。旅行では見るものや聞くもの、素材がいっぱいあるから、簡単に歌にまとめてしまいやすい。でも、それだとただの絵はがきみたいな歌になりがちです。
結局、心の風景を詠むというのが歌の一番肝ですが、別のアプローチなら「物に託す」という手法があります。
手塚:難しいですね。どういう表現ですか?
俵:歌のなかでは物しか詠まれてないけれど、「これを切り取った人はこんな気持ちなんじゃないか」と読み手に想像させるんです。
いま、マキさんの歌は「思い」のほうに近いかもしれない。そこにちょっとした手掛かりになる「物」を入れてあげると、それがいろいろ語ってくれる。そういう手法をマキさんが手に入れたら怖い(笑)。手が付けられなくなりそうで。
言葉は大事にすると価値あるものになる
手塚:ここ数年は本当に短歌のおかげなのか、言葉の大事さをすごく意識するようになりました。辞書もよく引くようになったな。言葉は大事にすると意味のある、価値あるものになるんだというのはすごく実感しました。
今回の作品集では、短歌に今まで触れたことない人たちに読む勇気も詠む勇気も与えられるんじゃないでしょうか。こんな簡単でいいんだっていう。それは僕たちが2年間やって体感したことなので。短歌がすごく楽しいものだということが分かってもらえるといいなと思います。
そして僕はその扉をまだまだ開けたばっかりだということでわくわく感がすごい。これから先、何年間楽しめんだろうっていう。知らぬ土壌がまだまだありそうで。
俵:そうですね。だから、このあいだ歌集が出た後に言ったんですが、この歌集はゴールじゃなくて、ここにまとまったことがスタート。これからホストでもホストでなくても、これを読んだ人が歌を詠もうかなというきっかけにしてくれたらいいなと思いますね。