グレタ・トゥーンベリさんはどうして中年男に嫌われるのか - 木村正人
※この記事は2019年10月17日にBLOGOSで公開されたものです
「よくもそんなマネができるわね(How dare you!)」
[ロンドン発]地球温暖化対策の加速を訴えて金曜日の学校ストを始め、現在、北米経由で国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)が開かれるチリを目指して旅を続けるスウェーデンの16歳、グレタ・トゥーンベリさん。
今年のノーベル平和賞受賞はなりませんでした。グレタさんの影響力を恐れて、米国やロシアなどエネルギー資源国の首脳や中年男性、右派メディアを中心に「グレタ・バッシング(叩き)」が止まりません。一部の極右政党を除いて「環境の欧州」ではグレタさんはヒロインです。
しかしグレタさんが今年9月、米ニューヨークの国連気候行動サミットで「あなた方、大人は私の夢や子供時代を虚ろな言葉で奪ってきた。人類は苦しんでいる。人類は死につつある。すべての生態系が壊れていく」と演説してから、一気にグレタ叩きがエスカレートしました。
グレタさんは「私たちは大量絶滅の入り口にいるというのに、どうしておカネや永遠の経済成長というおとぎ話を語ることができるの。よくもまあそんなマネができるわね(How dare you!)」と大人に向かって子供の怒りを率直にぶつけました。
嫌悪主義者の格好のターゲットになったグレタさん
全米310万人の購読者を誇る米紙USAトゥデーは「ネット上の嫌悪主義者はグレタを謀略説と偽の写真で攻撃している」と伝えました。同紙の報道を見てみましょう。
「グレタさんは精神の病でも、イスラム国テロリストグループの支持者でも、投資家ジョージ・ソロス氏の孫娘でもありません。父親はドイツで同性愛者のボーイフレンドと暮らしておらず、母親は中絶をティーンエイジャーに教える悪魔的なレズビアンでもありません」
「人間が地球温暖化の原因である可能性は99.9999%です」「彼女に対する攻撃は気候科学に関する事実を避け、代わりに彼女や家族に向けられます」「ネット上では彼女はオーストラリアの女の子役が演じる架空のキャラクターだという謀略説が流布されています」
「スウェーデンの極右政治家は『グレタはPR会社の操り人形だ』と発言しました」「(右派の全米ネットTV放送局)FOXニュースのゲストは彼女を『精神疾患』と呼びましたが、彼女はアスペルガー症候群と診断されたことをオープンにしています」
「保守派のコメンテーターはグレタさんをナチスのプロパガンダと比較して、1930~40年代にドイツの宣伝でも『三つ編みと赤いチェックの北欧の白人少女』が頻繁に使用されたと述べました」
気候変動など高度に政治化された問題ではネット上の嫌がらせを使うのは常套手段。自律型プログラムを利用し実際の人になりすましてメッセージを増幅させ、歪んだ草の根コンセンサスを作り出します。温暖化対策を訴える学者や活動家はこれまでも偽ニュース攻撃の対象にされてきました。
若い女性であればあるほど、ネット上で標的にされる危険性は高く、ポルノの合成写真を捏造されたり、死の脅迫を受けたりすることもあります。温暖化対策を訴える活動家であり若い女性であるという2つの条件を兼ね備えたグレタさんはネット上の嫌悪主義者の格好のターゲットというわけです。
どうして中年男性はグレタを嫌うのか
英紙フィナンシャル・タイムズのロバート・シュリムスリー論説主幹は「どうして中年男性はグレタさんを嫌うのか」というコラムの中で「グレタさんは虐待ではなく感謝に値します」と指摘しています。
「グレタさんの注目に値する活動のせいで、特に右派に対して最悪の事態を引き起こしているようです」「こうした大人の何人かはグレタさんに対してほとんど病的な嫌悪感を示し始めています」「ある人は米国に向かう彼女のヨットが沈んでいると冗談を言いました」
ある人とは英国の欧州連合(EU)離脱キャンペーンに資金提供している英投資家です。
菜食主義者のグレタさんは小泉進次郎環境相のようにステーキを食らうのが大好きな大人たちに地球規模で罪の意識を抱かせています。「子供たちに叱られることを好む大人はいません」(シュリムスリー氏)。家庭で思春期の子供にグレタさんのように叱られた大人はどうすれば良いのでしょう。
シュリムスリー氏はこう書きます。「子供たちに『グレタさんのように』なるよう促して下さい。『グレタさんが世界を救っている間、お前は友達と電話ばかりしているね。彼女から学べるだろう』とね」。そうすればグレタ嫌いの人も彼女にポジティブになれるはずだ、と。
しかし、グレタ叩きの深層心理には16歳の小娘が何を生意気なことを言っているんだという性差別的な意識も働いているように感じます。
成人男性にセクシャルな媚を売らないグレタさん
フリーランスジャーナリストのソフィー・ウィルキンソン氏は英紙インディペンデントで「16歳の少女、グレタさんは性的魅力をふりまかないため、男性からの攻撃にさらされている」と指摘します。グレタさんは男の目からは「迷惑なだけの小さなガキ」でしかないようです。
英プロデューサー、デイビッド・アッテンボロー氏や、米人気俳優レオナルド・ディカプリオ氏、同マーク・ラファロ氏が同じように温暖化対策を訴えてもグレタさんほど叩かれません。ウィルキンソン氏は「だから問題はメッセージではなく発信者が誰かなのだ」と読み解きます。
「何十年もの間、ポップスター、女優、モデルは思春期から身だしなみを整え、成人男性のためにある程度のセクシュアリティーをふりまいてきました。少女たちは邪悪に誘惑される準備ができた無邪気な目をしていなければならないのです」
気候変動に対する大人たちの不作為に怒りをぶつけるグレタさんは正反対の存在です。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や米国のドナルド・トランプ大統領もグレタさんに厳しい目を向けます。
プーチン大統領は「グレタさんに現代世界は込み入っていて複雑なことを話してやる人が誰もいない」「アフリカやアジア諸国の人々はスウェーデンのように豊かになりたいと望むが、太陽光発電で行うのか。途上国がそうした技術を利用するのは難しい」と批判しました。
トランプ大統領も地球温暖化について考え方が全く異なるグレタさんについて「彼女は明るくて素晴らしい未来を見つめるとても幸せな少女のようだ。とてもうれしい」とツイートで冷やかしました。
米エネルギー情報局によると、世界最大の産油国(日産量)は米国で約1504万バレル。3位がロシアの約1080万バレル。ワールドアトラスによると2012年時点で、石炭の産出量でも米国は世界2位の9億2200万トン、ロシアは6位の3億5480万トンでした。
豪華ヨットに乗って大西洋を横断したグレタさんに怒る低所得者たち
温暖化対策としての燃料税引き上げに反対するフランスの抗議デモ「黄色ベスト運動」で、仏紙ルモンドは「エリートが地球の終わりを語る時、僕たちは月末に苦しんでいる」というルポを掲載しました。
チーズ産業で働く22歳のヴィクトル・マルゴンさんは「1700ユーロ(約20万3000円)の給料のうち500ユーロ(6万円)を燃料費として払っている。毎朝3時に起きて、月末に苦しむなんて、もううんざりだ」と語っています。
トラクターのガソリン代を節約するため馬を使用するようになった農家もあるそうです。
カーボンエコノミー(炭素経済)にどっぷり浸かる低所得層や肉体労働者にとっては豪華ヨットに乗って大西洋を横断したグレタさんは浮世離れした存在に映っているのでしょう。
著書『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』で知られるデンマークの政治学者ビョルン・ロンボルグ氏はオーストラリアの全国紙オーストラリアンに「2050年までに温室効果ガスの排出量を正味ゼロにする政策が真に追求された場合、世界中で『黄色ベスト運動』が起こるだろう」と書きます。
「グレタさんは運動の空虚な偽善をさらけだしている」「温暖化対策の新たな国際枠組み、パリ協定のコストは年間1兆~2兆ドル(1.5兆~2.9兆ドル)になる可能性が高く、歴史上最も高価な条約になる。驚くに値しないが、研究はそれが貧困を増加させることを示している。電力価格の上昇は貧困層を最も痛めつける」
「パリ協定は膨大な費用をかけて政治家が約束した排出量のわずか1%を削減するに過ぎない。パリ協定を組織している国連機関はすべての約束が達成されたとしても(とても達成されそうにはないのだが)、摂氏2度目標を達成するためには6兆トンのCO2(二酸化炭素)削減が必要なのに6000トンしか削減されないことに気付いている」
「しかし政治家は数十年以内に経済全体を『カーボンニュートラル(脱炭素)』にすると誓っているのだ」
「あと12年しか残されていない」
英紙ガーディアンでスティーブン・バルニエ氏は「気候に関する科学的な予測と現在の経済的・政治的秩序は両立しない可能性がある」と指摘しています。
「昨年の国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書では気候の不可逆的な変動を避けるのに12年しか残されていない(2030年にも世界の気温が産業革命前に比べて1.5度上昇する)と警告しました。グレタさんはこれを引用し、時限爆弾のようにカウントダウンしています」
グレタさんにとっては再生可能エネルギーを活用するグリーンエコノミーやESG(環境・社会・企業統治)投資など市場ベースの解決策も十分ではないようです。「システム内で解決策を見つけられない場合は、システム自体を変更する必要があるかもしれない」と訴えています。
グレタさんを称賛したカナダのジャスティン・トルドー首相も彼女から「気候変動に関して十分なことをしていない」と非難されました。トルドー首相は地球温暖化懐疑主義者ではなく、リベラル派の旗手です。
バルニエ氏は「グレタさんの大きな功績は、これまでの温暖化対策のシステムが破綻していることを広く知らしめたことだ」と指摘します。でも、大人たちがグレタさんの着地点を見つけてやれるかどうか――誰にも分からないというのが厳しい現実です。
筆者はグレタさんの主張にケチをつけるより慎重に耳を傾けた方が、温暖化対策を進める原動力になると思うのですが、皆さんはどう思われますか。