※この記事は2019年10月17日にBLOGOSで公開されたものです

昨年10月、週刊ダイヤモンドの「メディアの新序列」という特集が、メディア関係者の間で話題になった。特に注目を集めたのは「新旧メディアの年収序列」という図だ。

転職口コミサイトの情報をもとに、各メディアの社員の具体的な年収が列挙されている。たとえば、「日本テレビ・30代半ば/報道/1500万」「テレビ朝日・20代後半/番組企画/1100万」「朝日新聞・30歳/記者/1000万」といった感じで、新聞・テレビという伝統メディアの高収入ぶりが示されている。

一方で、新興のネットメディアは「NewsPicks・39歳/記者/800万」「ハフポスト・20代後半/編集/600万」「ITmedia・30歳/営業課長/550万」と、伝統メディアに比べて年収が低い。

一般の国民の1世帯あたりの平均所得が500万円台、中央値が400万円台であることからすれば、ネットメディアの給与も悪いわけではないのだが、伝統メディアと新興メディアの間には「消えない待遇格差がある」と記事は指摘する。

この「新旧メディアの年功序列」に対しては、ネットメディアの関係者から「うちはこんなに安くない」「情報が間違っている」という声が上がった。

だが、新旧メディアの両方を経験した僕の実感からすると、新聞・テレビ・大手出版社の正社員の年収が、ネットメディアよりも高いという傾向はおおむね正しいといえる。実際、約10年前に僕が30代でネットメディアに入ったときの年収は、20代に新聞社で働いていたときよりも低かった。

この10年で、ネットメディアの待遇はだいぶ良くなったと感じるが、それでもまだ、新旧メディアの間に「待遇格差」は存在している。

伝統メディアから新興メディアへ流出する人材

では、メディアの仕事をするなら伝統メディアがベストなのかといえば、必ずしもそうではない。

メディアの世界はいま大きく変化しているので、新しいことに挑戦したいのならば新興メディアのほうがチャンスがある。一方、伝統メディア、特に新聞・出版という「紙」メディアはインターネットの浸透に伴い、経営がどんどん厳しくなっている。社内の空気もよどみがちだ。

そのような状況を背景に、新聞・出版の人材が新興のネット企業に流出するという動きが加速している。週刊ダイヤモンドの特集にも「新旧メディアの人材流動化マップ」という図が掲載された。

そこには、BuzzFeed、HuffPost、Business Insider、NewsPicksという新興のネットメディアに向かって、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞といった新聞社や、東洋経済、ダイヤモンド、日経BPといった出版社から多くの記者・編集者が流れ込んでいる様子が示されていた。

この「人材流動化マップ」に対して、知り合いのネットメディア編集長が「うちの名前が出てないなあ」と嘆いていたが、伝統メディアから新興メディアへという動きは、業界全体で起きている。

たとえば、僕がかつて編集長を務めた弁護士ドットコムニュースの編集部には、新聞社(毎日、産経、西日本、熊本日日)や出版社(新潮)の出身者が在籍している。Yahoo!ニュースやLINEニュースといったプラットフォーム型のニュースメディアも、新聞・出版の経験者を多数抱えている。

伝統メディアから新興メディアへという流れだけではない。ネットメディアから別のネットメディアへ移る人も少なくない。なかにはいくつものネットメディアを渡り歩く人もいる。

僕の周りでも、ニコニコ動画(ドワンゴ)→ヤフー→Netflix、あるいは、グリー→NewsPicks→エブリーと転職していったジョブホッパーがいる。最近も、SNSなどで注目を浴びているBuzzFeedの若い編集者がLINEに転職したという話を聞いたばかりだ。

厳しい生存競争にさらされているネットメディア

伝統メディアに比べると、ネットメディアの世界は人材の動きが激しい。あたかも「社内異動」と同じような感覚で、働き手が移っていく。その背景には、多くのネットメディアがまだ成長途上で、安定的な運営ができていないという事情がある。

僕は2010年から2012年まで、ドワンゴが運営するニコニコニュースの編集長を務めた。動画プラットフォームである「ニコニコ動画(niconico)」の中にニュースサイトを新設し、政治や言論の生放送番組を制作した。

東日本大震災と福島原発事故という未曾有の事態を受け、伝統メディアへの不信が高まったこともあり、ニコニコ動画の新しい報道スタイルは一時期注目を集めたが、長期的に信頼されるメディアとして定着する前に会社を離れることになった。

一つの要因として、会社の財務状況が悪化し、ニュースチームの規模を大きく縮小しなければならなくなったことがある。

さらに、それまで小沢一郎氏の独占インタビューやホリエモンの収監中継などユニークなオリジナル番組を積極果敢に配信してきた方針が変更され、「原則としてオリジナルのニュースコンテンツを制作しない」という姿勢が打ち出されたことで、退社を決意した。

変化の激しいネットメディアの世界では、ほかでも似たようなことが起きている。厳しい生存競争に常にさらされているのだ。

「新聞はゆっくりと死を迎えているが、ネットメディアは突然死する」

これは、元Yahoo!トピックス責任者の奥村倫弘さんから教えてもらった言葉だ。まさにその通りだと思う。

ネットメディアの人材に求められる資質とは?

いつ終了のホイッスルが吹かれるかわからない過酷な状況にあるネットメディアの世界。だが、そこには新興メディアならではの面白さがある。

変化が激しくて刺激的というのもあるが、そこに流れている空気が自由で、人と人の関係がフラットであるのが気持ちいいのだ。

「ほぼ日」の糸井重里さんは『インターネット的』という本の中で、インターネット的なものの特徴として、リンク、シェア、フラットの3つがあると書いている。これはネットメディアで働く人に求められる要素でもある、と僕は考える。

つまり、社内の同僚だけでなく、社外の人と積極的に「リンク」して、情報や意見を「シェア」することによって、新しいメディアの変化を肌で感じ取る必要がある。そのとき、会社の規模や社内の立場にとらわれず、お互いに「フラット」な関係で交流することが大切だ。

さきほど「ネットメディアは突然死する」と書いた。しかし、仮に自分の所属しているネットメディアがなくなったとしても、一定のスキルとネットワークがあれば、他のメディアで仕事を見つけることができる。ネットの世界はまだまだ成長途上だし、新たなネットメディアも次々と生まれているからだ。

そこで求められるのは、変化を前向きに受け止められる「柔軟な心」だ。

先日、ある大手新聞社がデジタル対応を加速するために、多くの記者をデジタル部門に移籍させるプロジェクトを進めているが、記者たちから強い反発が起きているという話を聞いた。なかには「ネットの新しいテクノロジーやビジネスのことを学ぶ良いチャンス」と前向きに捉えている者もいるが、大半は「記者人生の王道から外れてしまった」とネガティブな反応を示しているという。

新聞記者は本来、好奇心が多いはずだから、時代の先端をいくインターネットの世界の動きに強い興味を持ってもよいと思う。しかし、実際はそうではないようだ。

「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という言葉がある。メディアの世界においても、それは当てはまるのではないか。

伝統メディアとの間にまだ「待遇格差」があり、栄枯盛衰が激しいネットメディアの世界だが、新興勢力らしい「しなやかなパワー」がそこにはある。旧態依然とした伝統メディアの中で悶々としている優秀な人材が、ネットメディアの世界にもっともっと流出してくることを期待したい。

プロフィール
亀松太郎(かめまつ・たろう):
大学卒業後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。その後、法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画を運営するドワンゴに転職。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトの運営や報道・言論番組の制作を統括した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介する新しいタイプのニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の編集長を務めた。現在はフリーのジャーナリストとして活動しつつ、関西大学総合情報学部の特任教授などを兼務している。新しいメディアについて考えるオンラインサロン「あしたメディア研究会」も運営。