※この記事は2019年10月03日にBLOGOSで公開されたものです

[東京、横浜、神戸発]日本が優勝候補のアイルランドを撃破して盛り上がるラグビーワールドカップ(W杯)日本大会。試合前はコンビニ前で、試合中も試合が終わってからもひたすらビールを飲み続ける海外からのラグビー・サポーター約40万人の「飲みっぷり」に度肝を抜かれている方も多いのではないでしょうか。

ひとりで年間100リットル近いビールを飲む国も

大会公式スポンサー「ハイネケン」はビール不足にならないよう日本での生産量を80%も増やしたそうです。10月から消費税率が8%から10%に引き上げられましたが、大会会場では、サポーターを戸惑わせないよう税率引き上げ後もビールの販売価格は据え置くそうです。

キリンの統計をもとに調べると、今大会の出場国で最もビール消費量(2017年)が多かったのは米国の2396万キロリットル(世界2位)。次は日本で512万キロリットル(同7位)。英国441万キロリットル(同8位)。南アフリカ332万キロリットル(同12位)。フランス213万キロリットル(同17位)と続きます。

1人当りのビール消費量ではアイルランドが出場国の中では最も多く94.9リットル(世界6位)。米国は73.8リットル(同19位)。英国は66.5リットル(同23位)。ちなみに日本は40.1リットル(同50位)とアイルランドの半分以下です。

イギリスならではの独特な「飲み文化」

日本の居酒屋や飲食店のスタッフを驚かせているのは海外からのサポーターの「飲みっぷり」だけでなく、食べ物の「つまみ」や「あて」を注文せずビールだけを飲み続ける「飲み文化」の違いではないでしょうか。

英国出身で、日本で暮らすアンジェラ菊川さんに英国やアイルランドの「飲み文化」について尋ねてみました。

パブでビールを飲むアンジェラ菊川さん(本人提供)

――どうして英国やアイルランドのラグビー・サポーターはコンビニ前で缶ビールを飲み、居酒屋で「酒の肴」を注文せずにビールを飲み続けるのですか

「友人や家族の何人かに尋ねてみました。英国には独特の『飲み文化』があります。欧州連合(EU)の影響(フランスやイタリアにはワイン文化がある)で過去20年の間に変化しましたが、スポーツ、特にサッカーやラグビーに関連した文化が今も息づいています」

「英国では男性の友人グループが試合を観るために集まり、ビールを飲みます。サッカーやラグビーを観戦するために海外旅行をするのはこうしたグループです。『男だけの休日(lads day out or lads holiday)』と呼ばれることがあります」

「これはたくさんの会話、笑い、ばかげた行い、スポーツ観戦を意味しています。昔は、女性はこの集まりには歓迎されませんでしたが、今では少し変わっています」

――「男だけの休日」の1日のパターンはどんな感じですか

「『男だけの休日』の伝統的なパターンは朝、朝食を腹いっぱい食べます。通常はフル・イングリッシュ・ブレックファースト(目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、ベイクドビーンズ、温トマト、マッシュルーム、ブラックプディング、トースト、紅茶)です」

「フル・イングリッシュ・ブレックファーストは多くの場合、家庭で食べられています。近年ではパブ(大衆酒場)チェーンのウェザースプーンが午前中にフル・イングリッシュ・ブレックファーストを提供するようになり、スポーツと飲みの1日を過ごす際、人気を集めています」

「人々はしばしばフル・イングリッシュ・ブレックファーストをとる目的は『胃袋を下ごしらえすることだ』と冗談を言います。これはビールを飲むための腹ごしらえであり、気分が悪くなったり、空腹を感じたりせずに最大限ビールを楽しめるという意味です」

彼らが「座って」飲まないワケ

――どうして彼らは立ったまま飲むのでしょうか

「試合の約2~3時間前から男たちは飲み始めます。通常、彼らは食べ物を注文するとは全く期待していないパブに集まります。バー(日本流に言うとカウンター)の近くに立つのが普通です。そうすれば、自由に動き回り、全員と話すことができ、いつでも好きな時にもう1杯ビールを注文できます」

「彼らが食べない理由は飲みと会話の雰囲気を台無しにするからです。食べ物を注文する際、座ってメニューを選んで代金を払う場合にはウェイトレスを呼ばなければなりません」

「しかもテーブルに座っていると隣の人としか話せません。こうしたグループは10人前後、時にはそれ以上になることがあります。全員と話し合い、さまざまな人と会話するため『混ざり合い』たいと思っています」

「完全にくつろいだ集まりで、リラックスして、ただ飲んで、笑って、話しているだけです。自分たちとは別のグループで面白い会話が行われているのを耳にしたら、その輪に加わっても何の問題もありません」

「 その後、彼らは試合を観に行きます。中でもサッカーの試合の場合は決まって歌を歌い、ビールを2~3杯飲んだらもっと歌って楽しみます」

――試合後にどんなものを食べるのでしょうか

「試合の後、人々は休むため家にいったん帰り、後で再び外出します。同じ雰囲気でまだ飲み続ける人もいます。立って話して、冗談を言い合います。それからビールをもっと飲んだ後、彼らはファーストフードに行きます」

「昔はフィッシュ・アンド・チップス(タラなど白身魚のフライに棒状のポテトフライを添えた英国の代表料理)が常でしたが、今ではケバブ(肉をローストして調理する中東やその周辺地域の料理)に変わりました」

「カレーライスを食べに行く人もいます。すでに彼らは酔っ払っているので、胃袋を満たすためだけの食べ物を望んでいます。メニューとにらめっこして選ぶことに煩わされることを望んでいません」

居酒屋が多くのメニューを提供すると逆効果

アンジェラさんは、日本の居酒屋がイングランドやスコットランド、ウェールズ、アイルランドなどのラグビー・サポーターのニーズに対応し切れていない理由をこう指摘しています。

(1)日本の居酒屋は夕方にならないと開店しない。英国人とアイルランド人の飲みはそれよりずっと早く始まる。

(2)居酒屋の1つの小さなテーブルに同時に座れるのはわずか4~6人。それではグループは分かれて座らなければならない。

(3)試合後、英国人とアイルランド人は、限られた選択肢、注文しやすく、食べやすい食べ物を求めている。日本の居酒屋はそうしたサービスを提供していない。たくさんのメニューの中から小さい量の料理を選ばなければならない。それは彼らが望んでいるもののほぼ正反対。

アンジェラさんは居酒屋が英国人とアイルランド人サポーターを呼び込みたいなら、以下のポイントについて考える必要があると言います。

(1)試合が始まる2~3時間前(お昼過ぎ)には開店しておく。フル・イングリッシュ・ブレックファーストのメニューを用意する。これは日本ではとても簡単。ソーセージ、トースト、温トマトと目玉焼き。ベーコンの代わりにポークチョップでも喜ばれる。

ビールとのセット価格で提供できれば、人気になると私は思う。私のおいはフル・イングリッシュ・ブレックファーストの天ぷら版、温トマトの代わりに天ぷらシイタケを追加することを提案する。英国人とアイルランド人サポーターはそのメニューを歓迎するはず。

(2)試合後、サポーターが食べずに飲めるようにする。その後、通常メニューの代わりに、試合後メニューを用意する。①チキンとチップス、焼き鳥②棒状のポテトフライを添えた肉料理③目玉焼きとポテトフライ付きのポークチョップの3つの選択肢に絞る。これをセット価格にする。

私ならカレーライスは避ける。日本のカレーライスは英国風味ではない。英国ではバスマティ米(パラパラした香り米のこと)を使用する。日本のおコメは「すべてくっついている」と英国人は感じる。日本と英国では美味しいおコメのイメージが正反対。

(3)英国人が嫌うことの一つは、食べ物を注文するのをスタッフが後ろで待っていること。日本のチェーン店にはスタッフを呼ぶベルがある。これは素晴らしいことだが、英国人客はそうしたベルがあるのを知らない。

(4)テーブルを集めて大きなグループで座れるようにする。

(5)大きなジョッキでビールを出す。

(6)ハッピーアワー(ドリンク料金の割引時間帯)を設ける。

(7)居酒屋にグループが入って来たら、私が店のスタッフならカウンターの中から「ビールはいくつ?」と叫ぶ。ビールが彼らにとって重要だと知っていることを示せば喜ぶのは間違いなし。

「英国ではスーパーマーケットでビールを買うのは新しい習慣です。おそらく日本のコンビニで缶ビールを買って飲んでいるのは若者が主でしょう。若者は英国でそうしています。若者たちは非常に遅く、しばしば午後11時に出掛けます。早くからそんなに遅くまでバーで飲んでいると高く付くからです」

「英国の40歳以上にはこうした習慣はなく、通常の時間帯に出かけます。しかし、彼らは以下の4つの理由から日本ではコンビニ飲みしているのかもしれません。

(1)飲み屋が早くから開いていない。
(2)一つのグループで座れない。
(3)食べ物を注文するのをせかされているように感じている。
(4)望む食べ物がない。

「私は日本の居酒屋が特に高いとは思いません。海外からのサポーターがビール1杯400円に反対するとも思いません。彼らが英国でも支払っている価格と同じだからです。私は居酒屋が価格以外の問題に対処すればもっと海外からのサポーターに店に来てもらえると思います」

「奇妙に聞こえるかもしれませんが、重要なのはこうしたスポーツと飲みの時間は非常にくつろいだ集まりだということです。アイルランド人は中でも非常にくつろいでいます。この手のグループが日本の居酒屋に入ってウェイトレスが注文を取りにテーブルに歩いてきただけで店から逃げ出したい気持ちになるでしょう」

アンジェラさんは若い頃、サッカークラブのバーミンガム・シティの試合を観に行く前にこうしたタイプのスポーツと飲みの集まりに参加したことがあるそうです。「彼らはとても陽気です。何も心配する必要はありません。ただ立って、ナンセンスな話をしてビールを飲むだけです」

ラグビーの熱戦はまだまだ日本全国で続きます。日本の居酒屋は果たして英国人やアイルランド人サポーターのニーズに応えることができるのでしょうか。