築地市場の豊洲移転からまもなく1年 仲買人に聞く現状「合理的な市場でも活気がなくなったらダメ」 - 川島透
※この記事は2019年09月24日にBLOGOSで公開されたものです
「グッモーニーン!」
驚いてこちらを見た屈強な魚河岸の男たちが、カメラを向ける人物に気が付くと、照れ笑いを浮かべながら、親指を立ててターレで颯爽と去ってゆく。
顔を隠す者、ポーズを決める者。
反応はそれぞれでも、短い動画の中から快活で気力みなぎる市場の息遣いが伝わってくる。
東京中央卸売市場、いわゆる豊洲市場の仲卸業者「熊梅」で働く皆川英幸さんは、移転前の築地時代から、毎日のように市場の日常を動画に収めては「#築地フリースタイル」「#豊洲フリースタイル」のハッシュタグを付けてInstagramにアップし続けている(@minagawa_hideyuki)。
新市場になって活気が失われた、風情がなくなったなど、ネガティブな話題が多い中、笑い溢れる魚河岸の一面を切り取り続ける皆川さんに話を聞いた。
また会えるか分からない市場の男たちを記録したかった
――動画を撮り始めたきっかけは
豊洲への移転が決まったとき、仕事を続ける人もいれば辞める人もいて、市場がもみくちゃになると感じました。
築地市場で、ターレが走っている姿とか、朝焼けの中のタフでラフな仕事の景色、雨で濡れても傘も差さずに働く様子、それらを記録したかったんですよね。
――多くの動画は、挨拶をかわすだけの5秒間ですが
市場では、知らない人でもみんな挨拶するんです。「よっ!」とだけ。名前は知らない、働いている店も知らない、電話番号も知らない。
市場には色んな人がいるから、最近会わないと思ったら、病気、ガンで死んだとかいうこともあった。
それこそ移転のタイミングでは、次に会えるかどうかも分からないと思い、「グッモーニーン!」と挨拶して、動画を撮りためようと思いました。
――豊洲への移転に伴って、辞めた方も多かったんですか
豊洲に来て、1日の中で会う人の数は減りましたね。
買い出しの人も、豊洲は遠くて来られないから、電話、ファックスやLINEで注文がきて、配送するというケースが多くなりました。
築地の頃は「毎日来ます!」とこだわりを見せていた仕入れ人も、心が折れたという話も聞きます。
――築地は買い出しに来る人に加えて、外国人を含めた観光客も多かったと思います。市場で働く人にとって観光客が大勢いることは良くない面もあったと思いますが、皆川さんはどのように感じていましたか
僕は、最高だと思っていました。エンターテインメントだった。怒ってる奴がおかしいと思ってた。
考えていたのは、どうやって観光客と仲良くなろうかということです。Tシャツやグッズを作っていたので、どうやって売ろうか考えたり、おしゃれな人に声をかけたり。
市場の人しか知らないようなカフェに連れて行ったり、寿司や海鮮丼に飽きた人には「フィッシュバーガー」のお店を教えてあげたり、ディープな場所を案内して、動画を撮っていました。
合理的な市場でも活気がなくなったらダメ
――豊洲では、観光客は見学ルートからガラス越しにしか仲卸を見られないなど、従業員のみなさんが働くエリアと明確に分けられました
豊洲には豊洲のルールがありますからね。あくまでも決められたことだから。
作業がしやすくなった、といえばそれまでだけど、活気はなくなったと思います。
――市場はあくまでも魚などの商品を売買する場として、活気より「作業しやすい」ことが重要だという考え方もあると思います
いや、ダメダメ。活気で売るから。
朝のぼやけた時間にボカボカと活気で売る。
みんな朝はせかせかしてるでしょう?ちゃきちゃきしてるから、誰よりも早くぱっぱっぱっと仕事をして、みんなが強がって「早くしろっ」つって、あっち(買い手側)も強がって「おお!何かあるか!」っていう。
人が多くて、見られている中で「一番のやつを売れ」みたいなことになって、市場マジックですよね。
興奮して一番高いのを買っちゃった、勢いで買っちゃったとか。
だから”120%”活気は必要。
築地は「人間交差点」だった
――取材やガイドの依頼を受けることも多いと伺いました
NHK、Netflix、J-WAVE、朝日新聞から取材の依頼を受けました。
また一般人だけでなく、芸能人や、海外の料理人をアテンドしたこともあります。
もちろん一番多かったのは移転前の時期で、豊洲に来てからはほとんどなくなりました。
――移転前というと一番忙しい時期だったと思いますが、喜んで引き受けていたんですか?
市場の中の人も、買い物に来る人も「何か面白いことない?」という気持ちで来ているので、商品の他にも、友だちを紹介したり、市場以外のことも教えていました。
みんな何かを求めてきているのを感じるから、仕掛け人でありたかったんですよね。
そういう意味で、築地は「パワースポット」だと思っていました。
あそこで朝日を浴びると、くよくよしていても「やるしかねえ」っていうか。
朝日が新しい1日を持ってきてくれる、すべてを解決してくれる、と思える場所でした。
――訪れてくる人たちにパワーを与える場所だったと
同時に俺自身も楽しめる。
人間交差点なんですよね。
元力士、お笑い芸人、役者やミュージシャンの卵。色んな背景の人が働いていました。
吉野家のおばちゃんとか、場外のシューマイを売ってるおじちゃんとか、名物の人がいっぱいいて。 俺の知ってる「当たり前」って当たり前じゃないから、そういう「築地ってやべえな」という部分を外に発信したかったんですよね。
もちろん、そういう「顔は怖いけど、お茶目で、変な奴」が豊洲にもいっぱいいるんですけどね。
築地にあって豊洲にないのは"あそび"
――合理的で効率的な市場になったはずですが、移転直後は「働きにくい」とする報道もありました
市場が成長しても、働いている側はオールドのままですからね。
でも1年経ってみんな慣れたんじゃないですかね。最初は慣れてなかっただけってところはあると思います。
何でも新しいものというのは叩かれやすい、というだけだと思う。
――築地同様、魅力的な人はたくさんいる。さらには環境にも慣れてきたということですが、それでも働く中で、また動画を撮る中で、築地との違いはどういうときに感じますか
築地では仕事と仕事の合間、配達と配達の間に寄れる”あそび”がありました。
コーヒー屋とかね。覗きに行くと誰か必ずいてさ。
情報交換の場というか、カウンターで並ぶだけの友だちや、そこで出会うシェフがいて、後日そのシェフの店に行ってみたりする。
そういう”あそび”がなくなったなあ。作業場から作業場、という移動だけになってしまって。
豊洲は”あそび”がなくて”作業”だけなんですよね。
合理化される社会で市場が残る意味は
――世の中には便利で合理的なサービス、システムが開発されて、生産者と顧客が直接つながれたりするようになっています。仲卸や、市場が今後も残る意義は何でしょうか
合理的、効率といっても、人間を外側から一枚ずつ剥がしていくと、最後は情が残ると思うんです。
例えば台風やシケの日に、3組からどうしても「イワシがほしい」と言われたら、こっちも人間だから、日ごろを振り返って、好きな奴を選んでしまう。
魚が足りないときは、仕事だけの関係、ファックス注文だけの顧客には「なし」と返事をしてしまうかもしれないし、毎日雨でも、寝てなくて目を真っ赤にしながらも来るような奴にあげたくなってしまう。
――人間をはさむことで、ドラマが生まれるんですね
今は、帳場でゼロを1つ間違えて、取引先から超怒鳴られたりもする。
AIになれば数字は間違わないし、機械で目方を入れた途端すぐに値段が出たり、人間が機械に敵わなくなる日はいつか来る。
それでも、間違いをカバーし合ったり、失敗がきっかけで仲良くなったりすることもある。
自分が間違えて品物を出したときに、顧客の社長にひどく怒られたけど、息子さんに「いつもありがとう」と励ましてもらって、安くして使ってもらって。
それで仲良くなって、今は社長になった彼といい関係で仕事をさせてもらっている。
ミスがきっかけになることもあるから、決して悪いことだけではないと思いますね。
――豊洲はパワーが足りませんか
豊洲は画的に似たような場所しかなくて、(建物の壁で)閉じていて太陽も出ていないし。
ターレで走っていても、景色が変わらないんですよね。
築地って、何やってもカッコよかったんですよね。
ただターレに座ってカップラーメンを食ってるだけでカッコイイし、マックのハンバーガー、ポテトやおにぎりが世界一美味く感じるというか。
太陽を浴びて、仕事してるだけで気持ちいい。
だからみんな移転に際して「もったいない」と言ったり、反対運動ということをする人もいました。
でも変わるものは変わるし、しょうがないことだと思う中で、じゃあ”俺的な記録の仕方”は何かないかなと考えて「築地フリースタイル」で築地を動画に残そうと。
月日が経つほど、遠ざかったときに、バックナンバーを振り返れるように。
そしていつの日か、この短い動画をまとめて、映画にしたいなと思っています。
☆皆川さんは、俳優の竹中直人さんや大倉孝二さんらと、カレーを紹介する番組「タンドリーズ」を企画し、出演するなど市場以外でも活動している。
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