「佐藤健くんと高橋一生くんの演技が作品の難しさを乗り越えた」映画『億男』大友啓史監督インタビュー - BLOGOS編集部

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※この記事は2018年10月18日にBLOGOSで公開されたものです

10月19日に公開される映画「億男」。川村元気の大ヒット原作を元に佐藤健主演で実写化されたが、メガホンを取った大友啓史監督によると「すごく難しかった作品」だという。「るろうに剣心」シリーズ、「3月のライオン」など数々の実写化作品を成功させてきた大友監督にそう言わせる理由はどこあったのか、直接質問をぶつけてみた。【取材:島村優 撮影:春田周平】

--原作を最初に読んだ時の印象はどのようなものでしたか?

映画化のお話を頂いた上で、それを前提に読んだので、具体的に実現できるかどうかすぐ考え始めました。正直、難しいなあっていうのが最初の感想だったかな。原作のテイストを生かしながら、僕が考える「お金にまつわる物語」として成立させるためには、程よいファンタジー感と地に足の着いたリアリティをバランス良く両立させなきゃいけない。どちらかというと抽象性が高い原作ですから、映像化に必要なディテールをたくさん集めなきゃと。

モロッコでの撮影も絶対的に必要な要素ですしね、脚本づくりとか、一つ一つのロケーションの設定など具体的に創っていくプロセスを考えると、やらなきゃいけないことの多さにクラクラしました(笑)。ただ、作品としてのスタイルにはいろいろな選択肢があるかなとも思いました。

クランクイン直後のモロッコでの撮影は、監督人生で一番キツいスケジュールでしたね。実質の撮影日は4日しかありませんでした。あの分量のシーンを、僕自身4日で撮ったとは信じられません(笑)。普通に考えると、2週間分くらいのボリュームとバリューはあるんじゃないかな。それだけスタッフが頑張ってくれたってことですね。結果的に大変なことが多かったですが、なんとか着地できたんじゃないかと思います。やっぱり佐藤健くんと高橋一生くんの演技が、いろいろな難しいポイントを乗り越えていける力になっているなと。

保証人になってはいけない

--『億男』は主人公が宝くじで手に入れた三億円を、親友が持ち逃げしてしまうという内容になっています。それをお金の話にするのが難しいというのは、どういうことなのでしょうか。

まずこの作品はすごく寓話性が高いですよね。例えるなら、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』のようなイメージ。全体のルックというか雰囲気は、ファンタジーと呼べばそう呼べるんだろうし、それに乗っかってその方向を目指すこともできるんだけど、誰にとっても一番身近な「お金」がテーマの話ですからね。お金の本質を考えていくと、男女の仲よりも生々しいというのが、以前ドラマと映画で『ハゲタカ』を創ってきた僕の実感です。

だから、お金というモチーフは僕にとって一番ファンタジーと遠い「素材」。設定自体も図書館司書を主人公にした、日常をベースとした話です。考えれば考えるほど、寓話に見えて必ずしもそうではない内容になっている。それをどう突破しようかと。今の時代はお金に対する考え方も変わってきている。若い人たちはお金を稼ぐことに価値を置かなくなっている面もありますよね。

--そうかもしれません。佐藤健さん演じる一男は、お兄さんの借金を背負っていて昼間の仕事以外に深夜はパン工場で働いています。借金が原因で家族とも別居していますが、この三億円がいろいろなものを取り戻すきっかけになると考えています。

三億円が当たった人の話というのも難しさの一つで、天から降ってきた、彼の意思とは関係のない幸運をどう処理するかっていう設定ですから、主人公の一男は主体的なキャラクターにはならない。苦労して手に入れたお金をなくしてしまったという話なら、モチベーションはシンプルなんですけど、一男は「巻き込まれ型」の主人公なんですよね。一男には大きな失敗があって、お兄さんの保証人になってしまうことなんで。彼の主体的な行為って、実はそれだけともいえるんですよね。その結果をどう解決していくかっていう話ですから。

--家族の借金を背負う羽目になってしまったのは、同情すべきところなのかな、という目で見ていました。

うーん、でも簡単に保証人になっちゃいけないんじゃないの(笑)。しかも一男は、自分が背負えるかどうかを抜きにして引き受けてしまってますからね。100万円とかならまだしも、ね。

お金が絡むと血縁関係すら壊れてしまうこともある。でも「お金」に未熟な主人公だからこそ、色々な人に出会って「お金」について学んでいくという原作の設定が生きてくる。だから、お金についてかなり距離感のある主人公が、天から降ってきたような三億円を親友に奪われることをきっかけに、お金について学んでいくという、そういう側面をうまく物語にできればいいかなと。

「家族って大事」に簡単にたどり着きたくない

--三億円を手にする前の過去のシーンで、娘が習っているバレエを辞めさせようと妻・万左子(黒木華)に相談するシーンがあります。

娘のバレエくらい頑張れよって、万左子も働いていて、共働きなんだからどうにかなるだろうと、僕は一男に対してそう言いたい(笑)。普通サラリーマンだって3000万から4000万円くらいのマイホームローンとか、ありますからね。でも、だからこそお金が天から降ってくることを、人々は妄想するんですよね。いわば、一男は「世間」の代表でもある。その妄想が実際起きたらどうなるのか、そのシミュレーションのようなドラマでもあるなぁと。

「ハゲタカ」をやったときも思いましたけど、お金を巡る物語って結論が見えがちなんですよね。最終的には「大切なのはお金じゃないよ」というゴールに行き着くほかない。例えば「家族って大事だよね」とか。それは真実でもあるから否定はできない。でも、だからこそ、そこに新味を盛らないといけない。

--結論が見えがち。そうかもしれませんね。

原作の興味深いところは、一男が幸せになるのを邪魔しているのは、実は一男にとって一番大切な二人であるという、そこにあるんですよね。三億円を持ち去ってしまう一生くん演じる親友の九十九(つくも)と、三億円当たったのに、それを受け入れようとはしない黒木華さん演じる妻の万左子。一男に「気づき」を与えるきっかけを作るのはこの二人。万左子だって三億円当たったら「ありがとう」って、素直に受け入れればいいじゃない(笑)。

それで借金を返してしまえばまたやり直せる、愛情だって残っているんだから。ただ、万左子にしてみれば、今までの暮らしの中で思うところもある。そこに届かないと映画としてお客さんに納得してもらえない。三億円当たって、お金の問題が解決したからすべて解決するって、夫婦ってそんな簡単なものじゃないですから。

大友監督が明かすストーリーテリングの方法

--そういった難しさがあって、そこから考えたのが今作の構成なんですね。

三億円をなくすところから見せちゃえ、ってのは読んですぐに思いついたアイデアだったんです。もし主人公に感情的に共感はできなくても、三億円は誰にとっても大きな金額ですから、いろいろな興味は湧く。持ち逃げされるシーンを最初に見せられるとどうして?ってなるじゃないですか。しかも、どうして億万長者の親友が?って。

--これまでの大友監督の作品と比べて、謎が多い導入部だなと思いました。

これはジェットコースター的に見ている人を主人公と同じ状況に叩き込んじゃうっていうやり方。僕の好きな映画ですが、『ハングオーバー』的な構成なんですよね。「なんで?」「何が起こったの?」っていうドキドキハラハラ感が、まずはお客さんの興味を引っ張れればいいかなと。

--何が起こってるんだろう、って考えながら夢中になって見てしまいました。

ありがとうございます、素晴らしいお客さんです(笑)。映画の構成は、その作品が一番面白く見てもらえそうな構造・見せ方を考えるんだけど、誰の視点で語るのか、とか時間軸を解体していくとか、いろんな方法がありますよね。 一番わかりやすくて我々に馴染みがあるのは「桃太郎」ですね。「昔々あるところに…」と一から全部わかりやすく説明していくやり方。

--『億男』はそうしたオーソドックスな構成ではないですね。

うん、でも別に難しいことをしようとしているわけじゃなくて。『パルプ・フィクション』なんかは時間軸を変えて構成してるから、さっき死んだ人間が別のシーンでは平然と生きていたりする。それこそ、とても複雑な構成のはずですが、シンプルに面白く見れますから。

『スラムドッグミリオネア』だって、ミリオネアのクイズと主人公の過去が重なりあって、なぜ彼がクイズの最後までたどり着けたのか段々わかってくる構成ですよね。あれはミステリー的なパズルじゃないけど、知的に面白いんですよね。

--なるほど、今作もそういう楽しみ方はありました。

そうそう、共感しなくてもジェットコースターのようにその状況に放り込んでしまうってやり方ですよね。そこからお客さんそれぞれが持っている知的関心や共感が掘り起こされていけばいいなあって。

一男はなくなった三億円を追いかけながら、親友の九十九や万左子がどういうことを考えているのかに触れる。見ている人も、一男と一緒になって、それを初めて知っていく。普通の物語とは感情移入の仕方がちょっと違うかもしれないけど、でもこれなら一男の状況にも、誰もが共感してもらえるかなと。

「今でも何で三億円を盗んだかはわからない」

--一男の大学時代の親友で、新会社「バイカム」を起業し大成功した高橋一生さん演じる九十九も魅力的なキャラクターです。

九十九のキャラクター造形は、一生くんがこの人物に対してしっかり想いを持ってやろうとしてくれたから、彼の考えや言葉はとても参考になりましたね。僕らの肉付けと、演じようとしている人の肉付けは違うんですよね。外側から埋めようとする僕らに対し、俳優は自分の声、体、表情で他人を体現するのが仕事だから。

--なるほど。佐藤健さんも含めて、今っぽい空気感を出しているなと。

お金の価値観が変わりつつあるなかで、そういうまさに「今」の空気を感じている二人でやりたいなというのは考えていましたね。作品の難しさもあったけど、内容の省略とか飛躍とかを納得させてくれる二人の演技はさすがだなと。そういう埋められないところを飛び越える力が二人にはありました。

--九十九はどうして三億円を持ち逃げしてしまったんでしょう。

それは永遠の謎、かもしれない。僕も明確にはわかってない。わかってないけど、わかったような気もする。友情っていうポイントに立てばね。まあ、二人の電車の中でのやり取り、芝居を観てもらえば、分かる人は分かるというか、感じてもらえるとは思います。

自分で努力して手に入れたわけじゃないお金を手にして、舞い上がってしまう親友に思うことがあったのかもしれないし、そういう人になってほしくないと思ったのかもしれない。それはわからないけど、その論理をいくら説明したところで納得できない人もいるでしょう。見た人それぞれに捉え方がある、それでいいのかなと。

彼がなぜ三億円を持って逃げたのかは、ミステリアスじゃないといけない。そこに、「お金」をモチーフにしたこの映画の、お客さんに対する大事な問いかけがあるような気がします。一生くんともここはたくさん話をしました。次の日までに払わないといけないお金があったんじゃないかとか。九十九が新事業を立ち上げた経営者であることを考えると、色々な事情も想定できますよね。でも説明しすぎちゃうと、映画の行間がなくなってどうしても色気がなくなっちゃう。九十九は九十九で違う動きをしていて、一男は九十九が思っているのと違う動きをするから、九十九が予想していたのと違う場所にたどり着く。それが九十九の気持ちを動かしていくって方がいいですよね。

--現実の人間関係でも相手の全てがわかることはない。

うん、そういうところも含みおいてもらえるとね。そうやって10年くらい離れていた親友を発見する物語ですよね。地に足がついた物語になればいいなと思いながら進めて、なんとかうまくいったかなって感じですけど。

現代の若者はお金がすべてじゃない

--お客さんには、この作品はどうやって見てほしいですか?

それはもう好きに見ていただければと。とにかく二時間しっかり楽しんでもらう、それだけを思って作ってきたので。倫理とかモラル、お金についての白黒、正義か悪か、立ち止まることが多いかもしれないけど、痛快に楽しんでほしいです。でもちょっとだけ毒をちりばめてあるから、それを浴びて帰ってほしいかな。

--いろいろな楽しみ方ができる作品ですね。お金のことや若者のことで考えたことはありましたか?

今の日本の状況で普通の人をドラマにするときに、食っていけないほどの人の方が少ないってことですかね。仕事さえ選ばなければ食っていくには困らない。お金に渇望がない若者たちが増えて、成り上がっていくことを望むのではない生き方が若い者の間でメインストリームになってるんじゃないかなとは思いました。

--監督の頃とは違いますか?

僕は金銭的な欲望がそんなにある方じゃないけど、そうじゃない人間もいるわけでしょ。上昇志向を煽るような情報の方が多かった気もするんだよね。

--監督は、若い頃に三億円あったら何をしてましたか?あるいは、どんな映画が作りたいですか?

三億円あったら映画なんか作らないですね。自分で使いますよ。

三億円は自分のお金にして、そうするとお金の心配をしなくていいから、逆に好きな映画が撮れるようになる。三億円で生活の不安をなくして、それで映画を作ると。手堅いね(笑)。映画は他人様のお金で作らせていただくものです(笑)。だからこそ、そこにね、自分の好き勝手にはできない緊張感が生まれるわけで。

--今後作りたい作品はありますか?

いろいろ作りたい映画はあるけど、基本的にはドラマが撮りたいかな。骨の太い大人のドラマが撮りたい。

そういう意味では、『億男』も大人のドラマになったかな。最初もうちょっと、違った仕上がりになるかと思ってたけど、苦さは残るじゃない。そんなに簡単には解決しないよ、って。

--確かにそうですね。本日はありがとうございました。

『億男』
10月19日(金)全国東宝系にてロードショー
©2018映画「億男」製作委員会
原作:川村元気「億男」(文春文庫刊)
監督:大友啓史 脚本:渡部辰城 大友啓史 音楽:佐藤直紀
出演:佐藤健 高橋一生
黒木華 池田エライザ/沢尻エリカ 北村一輝 藤原竜也