「自由民主党が国民の気持ちから離れることが一番怖い」石破茂氏が総裁選後の心境を語る - 田野幸伸

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※この記事は2018年10月03日にBLOGOSで公開されたものです

9月28日、都内で行われた内外ニュース主催の講演会で、自民党総裁選を終えたばかりの石破茂氏が現在の心境を語った。総裁選での健闘もあってか終始上機嫌で、40分の予定のところを63分にわたり、日本社会が抱える問題やその処方箋について自らの意見を述べた。その模様をダイジェストでお届けする。

45%の党員票をどう受け止めるか

総裁選が終わりました。数字もああいうことで、あれがすべてなんだという風に思っております。

これをこうすれば良かったみたいなことはいっぱいありますが、そんなことを今更言っても仕方がない。

あの数字を我が党としてどう受け止めるか。私としてどう受け止めるかということだと思っております。45%の自民党員の方々が私にご投票をいただいたということをどう考えるか。

自由民主党の党員の方がそういう数字ですから、国民全体で見ればもっと違う数字になるんだろうと。民主主義というのは多分、1票差でも勝てばそれで良いということではなく、自分の考え方と違う人がこれだけいて、それをどのようにこれからの政治に反映していくのかということになっていかなければ、選挙の意味なんてないんだろう。私はそのように思っております。

小選挙区制を導入する時に散々この議論がありました。49対51でも勝ちは勝ちなんだということが小選挙区制なのですが、そうすると死に票がいっぱい出るじゃないかと。49というものが全く反映されないじゃないか。51取ればそれでいいのかという議論を30年ぐらい前に散々自民党の方がやったものであります。

その頃は当選1回2回で、私は筋金入りの小選挙区論者でありました。今当選11回なんですけれども、3回目の当選までは中選挙区で戦いました。1回目は5万6534票で定数4の中の圧倒的最下位で、一歩間違えれば落ちるという経験もいたしました。29歳の時でした。

嘘を言って当選するぐらいなら政治家なんて辞めたほうがいい

2回目は海部内閣で総選挙が行われました。平成2年2月のことで竹下総理が本当に自分の内閣と引き換えに導入をされた消費税を含む初の予算の審議中に開催されました。

したがって「消費税は是か非か」と選挙区では言われました。鳥取全県区で定数4。自民党3人、社会党2人。もちろん社会党は絶対に消費税反対でした。自民党の中でも「オレは自民党だが消費税は反対だ」と言って出た人がいっぱいいました。

本当はそんなのはダメなはずなんですけど、生き残るためならなんでもありなので、「オレは自民党だが消費税は反対だ」と言って出たのです。

嘘を言って当選するぐらいだったら、本当のことを言って落ちた方がいい。嘘を言って当選するぐらいだったら政治家なんて辞めた方がいい。今でもそう思っています。

その選挙で消費税が絶対いるんだと叫びまくったのは私だけでした。陣営幹部はもうダメだと思い、前回も最下位だったし、今度はあの評判の悪い消費税を大賛成だと言っている。「今からでも遅くはないから消費税のことを言うのはやめろ」というありがたいご忠告もいただきましたが、「嘘を言って当選するぐらいなら」とつっぱねまして。やってみたところ、鳥取県始まって以来の得票をいただいて当選をしました。

私は本当のことを言えば必ず国民は分かってくれると思っています。みなさん方の中で政治家を信じてるよって方がどれぐらいいるんでしょうか?お手をあげてくださいとはあえて申しませんが、「私は政治家を信じてるよ」という人をあんまり見たことがございません。そんなもんだろうと思っています。

じゃあ政治家は国民を信じているのか。「こんなことを言えば嫌われる」「こんなことを言えば票が減る」だから本当のことを言うのはやめておこうという姿勢は、政治家だって国民を信じていないんじゃないの?と思います。

国民を信じていない政治家が国民に信用されるはずはないのです。私達はリーダーなのであって、フォロワーなのではありません。たとえ国民の耳に心地よくないことでも国家のためならば言わねばならないことがあるだろうと。それを言うために政治家をやっている。私はそのように思っております。

日本の一番の問題は少子高齢化

日本の一番の問題は、とにかく人口がやたらと減ることです。このことの恐ろしさがまだ全然実感として伝わっていないように私は思うんです。

今、日本の人口は1億2700万人おりますが、西暦2040年、あと22年後には日本人が2000万人減ります。鳥取県37つ分です。

2040年に高齢化がピークに達しますので、どうやって社会を維持するんですかということなんです。社会保障にかかるお金は今の1.6倍。間違いなくなります。一番上がるのは介護、その次は医療。

年金は物価スライドを入れておりますので、それほど上がりませんが、いずれにいたしましても社会保障にかかるお金は1.6倍。その時に日本人は2000万人減っており、高齢化はピークに達しているということであります。

どうやってこの2040年を乗り切るんですかっていうことなんですね。

企業が儲かり労働者が潤わないのはおかしい

大都市と大企業が豊かになれば、やがてそれが地方と中小企業に波及する。そんなことがあるはずがない。経済のメカニズムは、ローカル経済とグローバル経済があって、全く違うメカニズムで動いておりますので。大企業と都会が豊かになる。やがてそれが地方に波及する。そんな考え方を私はとっておりません。

じゃあどうするんだって話ですが、東京商工リサーチの数字で見ますと、今年でリーマン・ショックからちょうど10年なんですが、企業の利益は10年で163%になっているんですよね。でも売り上げは98%、10年間で売り上げが2%減っていて、利益が63%増えたというのは一体どういうことですか。どうしたらこんなことが起こるんですか。

それは金利が安い。賃金が上がらない。下請けにいろいろな負担を求める。要はコストをカットすると利益は上がるようになりますので。別の言い方をすれば、昨年のことですが1億円以上の報酬を受け取った経営者というのは538人いらっしゃいます。

だけど企業の稼ぎの中から、働く人達、労働者に分け与えられる労働分配率は43年ぶりの低水準になっています。総裁選でそれが少し議論になりました。

私は共産党でもなんでもありませんが、企業の稼ぎが上がって、労働分配率が43年ぶりの低水準ってどういうことですかと申し上げたら総理は「景気が回復する時というのはそういうものなんだ」とおっしゃいました。

景気が回復する時は企業の業績が先に上がって賃金はその後についていきますんで。景気が上がっていく時って労働分配率が下がるものだという風におっしゃいました。

本当にそうなのでしょうか。かつては売り上げが伸びて、企業の利益が伸びて、そして労働者に分配されるというメカニズムだった。だけども売り上げは減ってコストは下げて、企業の利益が上がっている時に労働分配率が下がる。それは「景気が上がる時はこういうものなんだ」という理屈とは違うんじゃないですかという風に私は思っております。

「じゃあ、お前はどうするんだ?」って話ですが、結局生産性という概念はなんですか?ということが本当にきちんと理解をされているかというとそうではない。

民間がいかに労働生産性を上げていくか

生産性というのは、いかに付加価値を上げるかということであり、このお金を払ってでもこのサービスを受けたい。このお金を払ってでも、この製品が買いたいということ。そんなことを政府が「こうやったらできます」なんてことがあるはずがない。

それは民間の経営者の方々が、どうやったら付加価値が上がるかということを考えていただく以外にないのです。ヨーロッパでもアメリカでも、どうやって経済を維持してきたかと言えば、コストカットではなくて、いかにして付加価値を上げるかということを民間が目一杯考えてきたということだと思っております。

じゃあ実例を上げろと言われるんですけど、長崎でしたお話ですが、『リンガーハット』という長崎ちゃんぽんのお店がありますね。リーマン・ショックの後、ガタンと売り上げが落ちた。そこでこの会社がやったことはなんだったかというと、使う野菜を外国産からすべて国産に切り替えた。今は麺に使う小麦も全部国産に切り替えておられるそうですが。そして値上げをする。そうすると売り上げがドンと伸びたという話。

結局、付加価値を上げていくってそういうことなんだと。つまり人口が減っていく時に賃金を下げて値段を下げればデフレって絶対に止まらないんですよ。

人口が減っていく時に賃金を下げてはいけない。人口が減る時に価格を下げてはいけない。だけど、価格を上げていく時にその商品の価値が上がらなければちっとも意味がないのであって、いかにしてその商品の価値を上げていくかということを民間にはお考えいただきたい。こういう話は全然ウケないです。ウケないけど、この話をする以外に日本経済がよくなることはあり得ない。

日本国中で1718市町村がありますが、その町の経済がどうなっていますか。ヒト・モノ・カネ。どんな人が、どんなモノが、どんな金がどこから入り、どこへ出ていくのかという分析が無いままに、そこの町の将来を語るということがあってはならない。

国にはかつての経済企画庁。今は内閣府がその担当をやっておりますが、都道府県に統計をやる部署はあっても、経済分析をやるセクションを持っているところが市町村にどれだけあるのかというとほとんどない。

統計は出来ても経済分析ができない。公務員達は法律職や行政職では採用されますが、経済分析で地方庁の職員が採用された例を過去にして存じません。それをやっていかなくてどうやってその地域の経済を語れるのかということであります。

10年間で出生率を倍にした町を知っているか

日本の人口はどんどん減少すると言われますけど、1718市町村、全部そうです。 岡山県の鳥取県境に近いところに奈義町という人口1600人ぐらいの小さな町があります。ここは10年間で出生率を倍にしてみせた。どうしたらそんなことが起こるんだということですが、ほとんどの人が奈義町の例を知らない。

ずっと出生率が最高なのは、鹿児島県徳之島にある伊仙町なんですが、どうしたらここがずっと出生率最高でいられるのか。ほとんどの人が知らないのであります。

企業の例にお話を戻せば、地方バスって大赤字の標本みたいに言われます。『黄色いバスの奇跡』というミュージカルにもなった帯広を中心とする十勝バスという会社があります。

広い十勝管内なので、あそこでバスをやると大赤字なんです。先代が「もういい。俺の代でバス会社は終わりだ。せがれよ、お前は継がなくていい」と言ったんですけど「僕にもう1回やらせてくれ」ということで息子さんが後を継ぎました。

何をやったか。バスに乗っている人にアンケートを取っても仕方ない。乗らない人達に「なんであなた方はバスに乗りませんか?」ということを聞いてみたそうなんです。

そうすると「乗り方が分からない」という回答が一番多かった。70代、80代の方だと実感がおありだと思います。私もそうでしたが、子供の頃は車掌さんがいたバスに乗っていました。それからマイカーになるんですが、マイカーが運転できなくなって、またバスに乗るようなりました。前から乗っていいのか、後ろから乗っていいのかが分からない。金は先に払うのか、後に払うかが分からない。

冗談みたいな感じですけど、聞いてみたらバスに乗らない理由は「乗り方が分からない」ということだったそうなんですね。

そして「どこに停まったらいいですか?」「バスを何時に走らせればいいですか?」っていうことを聞いてみた。こうしたお客様の色んな意向を全部聞いた。赤字だった会社が黒字に転じたという本当のお話です。

付加価値を上げるというのはそういうことなんだと。日本の場合、サービス業の生産性はアメリカの3分の1ですから。なぜ沖縄の所得が全国47位なのかといえば、それは地域特性があって製造業になかなか向かないから。

かつてはさとうきびとパイナップルでしたが、その産業が相当に厳しくなったので、なかなか第一次産業で島を支えるという話にならない。

圧倒的に第三次産業の比率が高いのが沖縄県であります。それが生産性を上げていかないままなので、決して県民所得は上がらないということが起こっています。逆に言えば、そこにおいてサービス業の生産性をあげていくと沖縄の県民所得は劇的に上がっていくであろうと。

どうやって生産性を上げ、そのための社員教育をどのようにやっていくのか、ということは民間企業にお願いする以外はないのです。政府が経団連に「お願いですから賃金あげて」っていうのは社会主義国ではないので、そんなことには相成りません。

企業が内部留保をあれだけ持っていても、そこに課税をすると二重課税になりますので、そういうお話にはならんでしょう。だけど法人税をどのようにインセンティブ的に使うか。そういう議論は私は当然あってしかるべきなんだろうと思っております。

年収186万円以下の層が929万人

これはこの先もっと議論を詰めていかねば国の経済は持ちません。年収186万円以下の層が、この国には929万人います。年収186万円以下。どうやって結婚をするんですか。どうやって子供を作るんですか。

ポストバブルの時に就職にあたった就職氷河期の人達が、この大層を占めております。年収186万円、男性の66%が独身。そして非正規という人達がこれから先、高齢化して参ります。

こういう圧倒的な層をどうしていくかを考えないと、これから先、日本の社会を維持していくことはできません。一人暮らしの65歳以上の方がこの国には600万人おられます。

そのうちの300万人は生活保護以下の水準の所得しか持っておられません。実際に生活保護を受け取っておられる方は70万人です。こういう方々をどうするんですかってことを今議論しないと本当に社会が持ちません。

格差が拡大しているかしていないかは、色々な統計の取り方があるんでしょうけど、格差が固定化しつつあるというのは私は事実だと思っております。

格差というのが固定化するということは、結局社会の成長力から考えた時にかなり大きな問題にならざるを得ない。格差というのが成長力の問題となるというのは日本だけが抱える課題だと思っております。これをどのようにして解決するかであります。

自民党が国民の気持ちから離れることが一番怖い

今回の総裁選挙で私がすごく印象的だったことは自筆の手紙をいただくことがやたら多かった。本当に便箋5~10枚、書いて来られる方が本当に多かったですよ。

「初めて政治家に手紙を書くんだけど、私達の事に気がついてくれる人がひょっとしたら出たのかもしれない。だから書かずにはいられなかった」という人が本当に多かったです。

渋谷で演説をしても、銀座で演説をしても、向こうから駆け寄って来られる方がすごく多かったです。開口一番「私、自民党員じゃないんだけど」と言われて、なんとなく悲しい気分にならないわけにはありませんが、「投票権はないんだけど聞いてくださいな」という話がすごく多かった。頂いたお手紙の中に、「一度私が住んでいるところに来てください。どれだけ辛い思いをしている人がいるか。政治家はちゃんと見てください。」と。

私は優しい政治とかそういうことを申し上げるつもりはありません。ですけれど、一人ひとりの困っている人達に、政治って自分たちの身近にあるんだという思いは持っていただきたいなと思っているのです。

自由民主党というものが国民の気持ちから離れることが一番怖いことだと思っています。幹事長の頃から申し上げているんですが、小選挙区制の特性で大体投票率は5割です。4割得票すると当選しますので、そうすると積極的に自民党を支持してくださっている方は5割×4割で国民の2割しかいらっしゃらないことになります。そして公明党さんと足して3分の2の議席。

この乖離を忘れるべきではないと思っております。自民党の中で勝てばいいのではなくて、どれだけ多くの国民の方にご理解をいただくか。

やがて臨時国会が始まります。私は閣僚の時そうでしたが、野党の方相手に答弁する時には「お願いですから分かってください」という答弁をいたしました。

野党の方であっても、その後ろには10何万という国民がおられるわけです。そういう方々にいかにご理解をいただくかというのが国会論戦だと思っております。

残された期間がそんなに長くあるわけではございません。2040年というのはあと22年後にやってくるんです。1.57ショック(平成2年)の時、我々は真剣にそれを受け止めたでしょうか。

あの頃、バブルという熱狂に浮かれて出生率最低の1.57がどうしたんだというところが私にもあったのかと深く反省いたしておるところです。

我々政治家は本当に国家・国民のために耳に心地よくないことであってもキチンとお話する。そして一人ひとりが幸せと安心を実感できる。そういう国を作ってまいりたい。それが自由民主党の責務だと考えておるところであります。