生きづらさを感じる人々20 いつも完璧を求められ、リストカットをやめられない。依存するので恋愛は避けている~美音の場合 - 渋井哲也
※この記事は2018年09月28日にBLOGOSで公開されたものです
自殺願望を抱きながらも、そのことを周囲に知られないようにしている人も多いことだろう。関東在住の大学生、美音(22)もその一人だ。周囲からすれば、「死にたい」理由が漠然としているために、気がつかれない。しかし、幼い頃から、美音の中でその気持ちはくすぶり続けてきた。そのベースとなる「生きづらさ」は、両親から過度な期待を感じてきたことが発端のようだ。
「特に、母親からいつも完璧が求められました。勉強はできた方だと思いますが、テストで100点をとっても喜んでもらえませんでした。そのため、テストでいい点を取り、いい成績を取ること、周囲に気を遣うことは当たり前でした。しかし、成長していくと、周囲よりも(基準が)厳しいと思い始めました」
『空気を読みなさい』と言われ、家庭内で「良い子」を演じる
子どもの頃からいつも勉強を頑張り、周囲に気を遣い、緊張感をもって生きてきた美音。気持ちの余裕を持って過ごした記憶がない。それが普通だと思っていたが、中学の時になぜか周囲と違うと気が付き始めた。
「小学校の頃は遊ばず、褒められるために頑張っていました。親は怒らないんですが、『空気を読みなさい』と言われていましたので、自分の性格もあるとは思うんですが、親の顔を見て察していたんです」
美音は小学校のことから。家庭内で「良い子」を演じることが普通だった。つまり、家庭内で過剰適応してきたと言える。
「今も世間の評価をすごく気にしています。親や先生、友達からの評価が全てです。周囲が『いい』と言ってくれないと、満足しないんです。そのため、自分の意思を貫くことができず、親が喜びそうなことをしてしまいます」
「友達とうまくやっていける自信がありません」
ただ、「生きづらさ」は、家庭だけが要因ではない。小学4年生の時、友達とうまく付き合えなくなった。いじめという自覚はないが、一緒に休み時間に遊んでいた友達たちが、その輪に急に入れてくれなくなった。
「女の子だけのグループで、きっかけもはっきりしません。遊びの輪に入れませんでした。でも知られたくないから、悲しい表情もしませんでした。先生もわからなかったと思います。親も知りません。表面で当たり障りなく付き合うのはできるけれど、今でも友達とうまくやっていける自信がありません」
このとき、美音は初めて「死にたい」と思ったというが、自殺のことは「頭の中で思うだけ」であり、口にしたり、何か行動したりということはなかった。中学校に入ると、比較的、平坦に暮らすことができた。しかし仲のよい友達の関係がうまくいかなっくなり、小学校でのいじめを思い出す日々だった。
「仲が良い子といつも2人でいたんですが、話しかけても反応してくれないんです。聞いても答えてくれす、理由はわからないです。その後、仲直りができるんですが、その理由もわからない」
親と喧嘩したり、家出できれば、リストカットはしなかった
中学2年生の頃から、手首をカッターで切る、リストカットをするようになった。中学校の頃は毎日のように、無意識で切っていた。大学生になった今でも、月に一度はしている。
「(リスカをすれば)誰かが振り向いてくれると思ったのがきっかけですが、(手首を)深くきったり、(傷を)見せびらかしはしませんでした。先生にバレて、親に言われたくないですから。血もあまり出ません。この頃は、人の顔色を伺う癖がついてしまいました。例えば、親と『違うな』という感情を持ったときに、親と喧嘩したり、家出をしたりできれば、(手首を)切ったりしなかったのかな。今は、(リスカを)やめられないんです。切ることで本当の自分が帰ってくるような気がしています。疲れが取れ、スッキリします」
リストカットへの依存は、人間関係への依存と表裏一体のようだ。美音は高校のとき、友達に過度に依存してしまう。「その子だけ」という感覚になったために、その友達に「重い」と思わせて、うまくいかなくなった。
「依存はうまくいかなくなる原因になるから、大学生になってからは気をつけています。気をつけないと依存してしまいます。彼氏なんか作ったら、過度に依存するので、今は作りたくないですね。意識的に恋愛を遠ざけています。相手に迷惑をかけちゃいます。ほどよい関係がわからないんです」
話を聞かせてということで、話せれば、誰も苦労しない
そんなイライラや焦燥感、死にたい気持ちを抱く美音は、そんな感情を瞬間的にTwitterにぶつけることがある。現実の友達とつながっているアカウントとは別に、死にたい気持ちをつぶやく「病み垢(病んでいることをつぶやくアカウント)」がある。もちろん、病み垢でつぶやく。
「『切りたい』『死にたい』という内面をつぶやいています。近くにいる人には話せないけれど、知らない人が見ていてくれるかもしれない。それに、書けば、気持ちは整理できます。鍵垢(特定の人しか見れないアカウント)にしていることもあり、反応はありません。話を聞かせてということで、話せることができれば、誰も苦労しませんしね」
2017年10月末、座間市男女9人殺人・死体遺棄事件が起きた。事件では「死にたい」や「自殺」に関するキーワードをつぶやいていた若い女性が、被告とDMなどで繋がっていた。美音はつながっていなかったが、「そういう話にのってしまう感覚はわかります」と話す。
「死にたいけれど、臆病なので、自殺はできない。なので、殺されたいと思ったことがあります。それでもいいかな?って。ただ、事故で突然とか、通り魔の被害者とか、偶然亡くなってしまうほうがいいかもしれません」
自分自身の安全や健康を守れなくなるような現象を「事故傾性」と呼ぶが、自殺に先立って、こうした自己破壊的な行動をとる場合がある。美音も、「事故で死んでも構わない」といった感覚はあるが、意図的な行動は起こしたくない。
SNS相談。発見はないけど、話すだけでよかった
「死にたい」気持ちがどうしようもなくて、美音は相談窓口に電話したことがある。
「でも、誰に話しても気持ちは変わらない。死にたい気持ちはかわらないと思ったんです。だから途中で電話を切りました」
座間事件後に厚生労働省はSNS相談を実施した。18年3月の「自殺予防強化月間では、参加した13団体のうち、4団体が相談件数で1000を超えた。その4団体の相談述べ件数は8952件だったが、美音もアクセスした一人だ。
「あったことを言うだけで、新しい発見があるわけではないです。それに話は聞いてくれるけれど、解決してくれるわけではない。何回かアクセスしたんですが、相談をしても、結局、気を遣ってしまいます。ただ、話したかったので、それでもよかったんです」
ただし、相談の結果、美音は孤独感を感じたという。
「自分はどうしたいのかわからないんです。(手首を)切るのたやめたいというよりは、やめたほうがいいんだろうなとは思う。自分がそう思っているというよりも、世間的に、ですね。死ぬ勇気もないし、家も出れない。環境を変えても、失敗するのは嫌なんです、臆病ですから」
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