※この記事は2018年09月27日にBLOGOSで公開されたものです

中国の国民的スター、范冰冰(ファン・ビンビン=37歳)の失踪が、中国国内ばかりか全世界で大きな話題になっている。

「今年5月のカンヌ国際映画祭への出席を最後に行方が途絶えているんです。すでに4ヶ月が経っていますが、全く行方が掴めていない状況です」(中国に詳しい芸能関係者)。

どこかミステリーじみた出来事にマスコミの報道合戦も過熱しているが、その一方で〝失踪〟は、彼女の〝脱税疑惑〟が要因となり「当局から拘束されたため」といった見方もある。というのも、彼女が〝失踪〟した時期と〝脱税疑惑〟が発覚したタイミングとが重なっているからである。

表裏がある契約で税務署に過少申告か

この〝脱税疑惑〟の発端は、中国の国営テレビでキャスターをしていた崔永元(サイ・エイゲン)が、彼女のドラマ出演契約書を中国版のツイッター〝ウェイボー〟で暴露したことにあった。

〝暴露〟されたのは彼女の出演契約書。この契約書には〝表〟と〝裏〟があって、表向きは1000万元(日本円で1億6000万円)の契約を交わしていたが、裏では5000万元(8億4000万円)をプラスした総額6000万元(10億円)の契約を結んでいたというのだ。

「中国ではスターの言い値で出演料を支払うケースがありました。しかし、こういった高額出演料の支払いが大きな問題になってきたのも事実なんです」(中国のテレビ制作関係者)。

彼女の場合も、現地では「陰陽契約」と呼ばれるこういった契約を交わしながら「実は税務署には〝表〟の1000万元の申告しかしていなかったのではないか」という疑いが持たれていたのである。

製作予定の映画40本は不透明な見通し

范冰冰は、16歳で女優としてデビューした。その美貌と演技力が一目を置かれ「中国の女神」との異名をとるほどだった。クレオパトラ、小野小町と並び「世界三大美女」の一人と称される楊貴妃を描いた映画「王朝的女人・楊貴妃」(中国で2015年7月公開)に出演し、彼女の注目度も一気にアップしたと言われる。

「世界で最も美しい顔トップ100」にも選ばれ、台湾メディアはその顔に19億円もの巨額な保険が掛けられているとも報道。17年の年収は3億元(約50億円)だといい、米経済誌「フォーブス」によるとこの金額は「中国の芸能人年収ランキング1位」。こういったことから、中国の一部では「習近平より影響力がある」といった声まで出ていたほどだ。

日本でもサントリーのCMに出演するなどし、認知されてきた。10年には、中国映画「ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅(原題=観音山)」で第23回東京国際映画祭「最優秀女優賞」を受賞し、翌年に来日したことも。現在は出演作の「スカイハンター」がシネマート新宿などで公開中だ。

一方で、ハリウッド映画にも進出している。「アイアンマン3」や「X-MEN:フューチャー&パスト」に出演し、次回作としてスペインの女優ペネロペ・クルスら世界のトップ美女が集結するスパイ映画「355」への出演も発表されていた。

そんなトップ女優の失踪だっただけに騒がれるのも無理はない。しかも、その失踪のために、日中戦争中の旧日本軍による重慶爆撃を題材に制作され、ハリウッド俳優のブルース・ウィリスが范と共演した中国映画「大爆撃」の公開が8月から10月に延期されている。その他にも、彼女の出演で製作が予定されていた40本の映画と30本余りのドラマについては「再開の見込みすら立っていない」という。

国を挙げての不正撲滅キャンペーンとも関連?

いずれにしても彼女の消息についてハッキリした情報が出てこない中で、中国の映画業界は対応に苦慮しているが、冒頭でも記した通り、台湾の一部メディアは「公安当局の監視のもとで軟禁されている」と報じた。

「彼女の場合は、実業家としても知られ、ファミリー企業も含めたら数十社もの会社を持っている。そういった中でマネーロンダリングなどで申告を逃れてきた可能性が高いと見られているんです。というのは、中国の最高課税率は45%ですが、その他にも様々な課税が加わるので、収入の半分以上は納税しなければならないわけです。

しかも、彼女は1年前に、やはり中国の俳優のリー・チェンと婚約した。そういったこともキッカケになって、当局も目をつけていた可能性もあります。崔永元による契約書の暴露も、意外に当局が仕組んだものだったのかもしれません。暴露された直後、范は『とんでもない』と反論はしていましたが…」(中国のエンターテインメントに詳しい芸能関係者)。

確かに、習近平国家主席の体制になって、中国は国内での「汚職や不正を許さない」と大々的な撲滅キャンペーンを張ってきたが、いよいよ、その取り締まりが映画業界にも及んできたと言われている。

范の失踪の布石だったのかどうかは分からないが、それまで映画産業は、中国の最高国家行政機関である国務院の直属機関である「国家新聞出版広電総局」が管轄していたが(他に新聞・出版、ラジオ局、テレビ局も管轄)、3月からは中国共産党・中央宣伝部の管轄に変更された。

国家新聞出版広電総局も政府機関には違いがないのだが、中央宣伝部というのは、その要職を習近平の子飼いばかりが務めている。つまり映画産業が完全に習近平の支配下となったことになる。このことから「映画産業は統制と共に不正の取り締まりも強化されるようになった」と見られているのである。

国内事情だけでなく米中の貿易問題も影響か

中国の映画産業は拡大の一途を辿っている。都市のみならず、全土で続々と大型シネコンがオープンしており、すでにスクリーン数は4万を超えている(日本は約3500スクリーン)。しかも、昨年度(17年)1-3月期の中国国内の映画興行収入は約3500億円にも達し、北米の約3100億円を抜いて一気にトップに躍り出た。それも「公開作品トップテンの中で、中国映画は7作品だったのに対して、ハリウッド映画は僅か2作品だった」というから恐れ入る。

もっとも、中国の公開作品には制限があり、中国映画が60%を占め、ハリウッド映画は30%程度だと言われる。ちなみに、日本映画については、「ドラえもん」などのアニメ作品を除いたら、中国国内での公開は皆無に近い状態というのが現状だ。

習近平は「人民を教育し、中国の声をあげる」ことを掲げており、エンターテインメント全体が「国民の自由な思想にも影響を与える。国民の考え方に影響を与えるものは、すべて共産党が管理していく」と引き締めを図っていく方針を打ち出したという。そういった体制の中で出てきた一つが、范の脱税疑惑だったというのである。しかも、その裏では米中の貿易戦争も絡んでいるとも言われている。

「実は現在、中国と米国は、映画の配給条件で見直し交渉中なんです。ところが、トランプ米大統領の中国に対する強硬姿勢で、その交渉が停滞しているとも言われています」。 

おそらく、習近平はハリウッド映画を厳しくチェックし、自身の管轄下でコントロールしていきたいのだろう。そのため、范の失踪は、その流れに「巻き込まれた」という見方もある。

しかし、習近平の管轄下になったことでのメリットもある。中国の映画関係者によると「取り締まりが強化されるのは大変ですが、その分俳優のギャラも安くなり始めているんですよ。すでに一部では多額のギャラを支払わずに大物スターを起用出来るケースも出始めています。確かに、范の失踪の影響は大きいですが、彼女の場合はハリウッドを目指していましたから、ギャラも釣り上げられていたんです」。

范が失踪したと言われる6月。そのタイミングに合わせるかの如く中央宣伝部は「あちらこちらでスターを起用するなどの不良現象を正していくべきだ。社会貢献を最優先とし、興行収入重視は見直していかなければならない」との通達を出している。多額のギャラを貰ってハリウッドに進出する范は、中国国内の若者からは憧れになっていたとも言われる。そういった彼女の影響力を国家が警戒したと見ることもできそうだ。

「見せしめにされた」范の失踪。表向きは脱税を理由にはしているが、実は国内の事情と米国との貿易問題が深く関わっているのかもしれない。