現行モデルとなる5代目シーマ(写真:日産自動車

日産自動車の3ナンバー専用高級4ドアセダンである「シーマ」が、この夏にも生産を終えるとの報道が大手新聞やNHKのニュースなどで大きく扱われた。


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報道内容の詳細は、日産が2010年に「フーガ」に初搭載し、市販化した1モーター2クラッチ方式の後輪駆動(RWD)用ハイブリッドシステムを採用するシーマ、フーガ、そして「スカイライン・ハイブリッド」の3車種が、この夏をメドに生産を終えるというもの。理由は、今後きびしくなる騒音規制に対処できないためだ。一方、ガソリンエンジンを搭載する「スカイライン」は継続して販売される。ハイブリッド車(HV)のほうが静粛性は高いのだが、規制の仕方によってHVが生き残れなくなり、ガソリンエンジン車が残ることになった。

販売台数でもシーマは昨年100台を切っていたとされる。それでも大々的に報じられたのは、逸話が残されているせいもあるはずだ。

バブル経済に投入されたシーマの歴史


初代にあたるFY31型シーマ(写真:日産自動車

シーマは、1988年に初代が誕生した。バブル経済崩壊を2年後の1990年に控え、そこへ向かって地上げによる地価高騰など経済成長がうなぎのぼりしていたころだ。物価の高騰もあったが、収入は右肩上がりで際限のないように思われ、年齢層を問わず贅沢を味わった時代だ。それはちょうど70年前の1920年代後半、1929年の世界恐慌を前にしたアメリカで好景気が沸騰したのに似ている。

シーマ誕生以前も、日産では「セドリック」や「グロリア」、トヨタには「クラウン」など上級4ドアセダンに3ナンバー車が存在した。しかし、3ナンバー専用で開発された4ドアセダンが日本車で現れた衝撃は大きかった。

シーマの販売台数は、当初の1年で3万6000台を超えたとされ、月平均で3000台超えと計算できる。この数字は、現在のトヨタ「アルファード」の8000台弱(昨年1年の月平均)に遠くおよばないが、当時の税制では5ナンバー車との差が2倍以上あった3ナンバーのシーマが売れた驚きは大きかった。その後の各社による高級車路線は「シーマ現象」という言葉まで誕生させた。そして税制は間もなく、5ナンバーと3ナンバーの差が縮められることになった。

バブル経済という異質な好景気と、3ナンバー車が当たり前に売り出され、買われていったという、欧米高級車と肩を並べ出した日本車に対する誇りをシーマという車名は思い浮かばせるのである。


シーマと同様に今夏に生産終了という噂が出ているフーガ(写真:日産自動車

シーマ、フーガ、スカイライン・ハイブリッドの生産終了によって、上級4ドアセダン販売の低迷がいっそう深まるのではないかとの論調もあるだろう。今を切り取れば、SUV人気に沸いており、クラウンさえ次期型はSUVになるのではないかとの噂がある。


上級ミニバンとして売れ続けているトヨタ・アルファード(写真:トヨタ自動車)

また上級車としての価値は、アルファードに代表される上級ミニバンが代替となっている様相もある。だが、私は4ドアセダンという存在は存続するし、盛り返せるときがくるのではないかと考えている。その根拠は以下のとおりだ。

1990年代半ば以降、世の中はミニバン志向となり、行楽地などの駐車場には大小を含めミニバンがずらりと並んだ。ミニバンへの要望は今日も存続するが、かつてほどではない。ことに中間的な車体寸法のトヨタ「エスティマ」、日産の「ルネッサ」や「プレサージュ」、そしてホンダ「オデッセイ」などが姿を消す運命となった。小型の5ナンバー級を中心とするトヨタ「ノア/ヴォクシー」、日産「セレナ」、ホンダ「ステップワゴン」は、実用性が重視されるなかで堅調だが、上級ミニバンではアルファードの独り勝ちだ。日産「エルグランド」は月販の50位内に車名がなく、ホンダ「エリシオン」はすでに姿を消した。そのようにミニバンに淘汰がはじまっている。

SUV人気も永遠のものではない

SUVは、今が絶頂期といえ、誰もがほしがる車種のひとつだ。しかし、やがて淘汰が起こるのではないかと思っている。


2021年9月に発表されたカローラクロス(写真:トヨタ自動車)

理由は、一度は体験してみたい消費者にほぼ行き渡りつつあると考えるからだ。小型の5ナンバーSUVから大柄なSUV、また高級車ブランドのSUVまで登場した。あらゆる選択肢が出そろった。そのうえで、次の候補としては必ずしも選ばれない可能性があるのではないかという気がする。それは、日本の道路や駐車場の事情に対し車体寸法が大きすぎるからだ。たとえ小型のSUVであっても、座席や車高の高さによって乗降が不便でもある。私自身、新車試乗のたびにSUVの乗降では一苦労している。

4ドアセダンは、体を多少屈める必要はあっても、乗降にそれほど苦労することはない。楽に乗降できることを重視する人が、改めて見直すのではないかと思うのである。

実際、SUVの乗降が大変だったり面倒だったりという声は耳に届きはじめている。


2022年3月17日に発表されたA6アヴァントe-tronのコンセプトモデル(写真:Audi)

電気自動車(EV)導入が世界的にはじまっているなか、ドイツのアウディは「A6アヴァントe-tron」のプロトタイプ発表の場で、次のように説明した。一充電走行距離に対する要望が強いなか、SUVに比べステーションワゴンのほうが空気抵抗は少なく、距離を長く獲得しやすいというのだ。


テスラのモデルS(写真:tesla)

空気抵抗は、車体の造形がもたらす空気抵抗係数と、車体の前面投影面積の掛け算で決まる。背の高いSUVは、たとえ外観の造形で空気抵抗を減らそうとしても、前面投影面積が大きいことが空気抵抗を増やし、消費電力を増加させてしまう。ことに速度無制限区間のあるドイツのアウトバーンで、時速200kmという高速で走ることが日常的な人々にとって、電力消費が大きいことによる走行距離への制約は懸念材料になる。

EV専門自動車メーカーのテスラは、4ドアセダンの姿をする(しかし実態はリアハッチバック車である)「モデルS」で人気を得て、その後にSUVの「モデルX」を発売した。現在はより量販型で小型の4ドアセダンである「モデル3」と、同じくXより小型の「モデルY」を販売している(日本はまだ発売されていない)が、4ドアセダンのモデルSもモデル3も人気を得ている。より上級のモデルSは、プラッドと呼ぶ高性能車種を追加したところ、北米の納車だけで生産が追い付かないほどの受注になっているとのことだ。

欧米では4ドアセダンが根強い人気を誇る

SUVが市場を牽引してはいても、欧米では、4ドアセダンの市場が定着している。

日本は、クルマに限らず流行で市場が左右される風土だ。それでも先に述べたようにミニバンやSUVを一度経験し、そのうえで自分に合った車種を次に選ぶとなった場合、改めて4ドアセダンに目を向ける人があっておかしくないのではないかと思うのである。ただし、そのセダンの姿は、従来のシーマやフーガ、あるいはスカイラインなどに比べ、やや車高のある、乗り降りのよりしやすい、また室内も広々とした雰囲気を備えた新しいセダンの姿かもしれない。


タクシー専用車としてトヨタが販売しているJPN TAXI(写真:トヨタ自動車)

4ドアセダンではないが、タクシー専用車としてトヨタが販売する「JPN TAXI」も乗降のしやすさから人気だ。かといって、ミニバンほど背が高いわけではない。そうした利便性に、上級車種の趣が新たに創造されるなら、SUV離れをする消費者が出てきてもおかしくない。

そのうえで、日産が得意とするEVで上級4ドアセダンが復活するなら、走行性能や静粛性を含めた上質さで、富裕層の興味をそそるかもしれない。当然ながら、ヴィークル・トゥ・ホームの機能を備え、暮らしの安全を電力でEVが支えれば、上質な暮らしを継続的に営むことができる。

シーマやフーガが一旦姿を消したとしても、EVとなって復活する日が来れば、上級車の在り方として世界へ一石を投じるかもしれない。英国のジャガーはEVになることが明らかにされている。シーマ、フーガ、スカイラインは、海外ではインフィニティで売ってきた車種でもあり、上級4ドアセダン復活の日を待ちたいものだ。

(御堀 直嗣 : モータージャーナリスト)