ホッフェンハイム戦で2ゴールを決めたFW浅野拓磨【写真:AP】

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【ドイツ発コラム】浅野が代表ウィーク明け初戦でスタメンに抜擢された意義

 ドイツ南西部にあるジンスハイムという小都市には「ジンスハイム自動車・技術博物館」という施設がある。

 ここにはコンコルドなどの貴重な航空機が展示されていて、ドイツ国内から多くの観光客が訪れる。

 そしてもう1つ、この街にはれっきとしたブンデスリーガ1部所属クラブがある。TSG1899ホッフェンハイム。2008-09シーズンにクラブ史上初の1部昇格を果たして以来、今季までトップカテゴリーで戦い続ける小規模クラブのホームスタジアム、「プレゼロ・アレーナ」は大草原のど真ん中に凛とした姿で立っている。

 浅野拓磨がこの地でワンダーな活躍を果たした。4月2日のドイツ・ブンデスリーガ第28節、この時点でホームのホッフェンハイムが6位、アウェーのボーフムが11位で、ボーフムは2部との入れ替え戦に回る16位のヘルタ・ベルリンと勝ち点6差、17位ビーレフェルトとは勝ち点7差で、ここで一気に下位を引き離して安全圏へランクアップしたかった。

 ヨーロッパの舞台で戦い、各国の代表にも選出される選手たちは総じてこう言う。

「国際Aマッチウィークが終わった直後のリーグ戦で先発できるか否か。それによって在籍チームにおける自身の序列が分かる」と。

 アジア地域で国際試合をこなしたあとにヨーロッパへ戻ると、コンディションの不安が囁かれる。それはファン、サポーター、メディアだけにとどまらず、チームのコーチ、そして一部の監督もその点を問題視する者がいる。それでも所属チームの純然たる中軸と評価されれば、クラブチームにとって最重要である国内リーグ戦でスターティングに名を連ねる権利を得られる。

 日本代表は3月の国際Aマッチウィークでカタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選を2試合戦った。初戦はオーストラリアのシドニーでオーストラリア代表と、そして2試合目は日本の埼玉でベトナム代表と一戦を交えた。今回ドイツのブンデスリーガ(2部も含む)に所属する選手で日本代表に招集されたのはDF板倉滉(シャルケ)、MF田中碧(デュッセルドルフ)、MF遠藤航(シュトゥットガルト)、MF原口元気(ウニオン・ベルリン)、浅野の計5人だった。

 彼らはドイツ国内を発って中東地域からの乗り継ぎで南半球のオーストラリアへ赴き、そこから北半球の日本へ一時帰国したあと、ウクライナ情勢の影響で乗継便を余儀なくされた末にドイツへ帰還した。このうち板倉と遠藤の2人はオーストラリア戦でW杯出場を決めたあとにコンディション調整の名目でドイツへ帰国し、そのほかの3人は上記の行程を踏んだ。そのうえで、中断明けのブンデスリーガ第28節で先発出場したのは遠藤(フル出場)、浅野(後半43分までプレー)、板倉(後半40分までプレー)、原口(後半30分までプレー)の4人。田中だけがベンチスタート(後半42分から途中出場)となった。

さらなるステップアップを見据えて前向きなリニューアルに着手

 今季の浅野は、激しいチーム内競争の中で自身の成長を感じ取っていた。トーマス・ライス監督から与えられたポジションは左右のウイングで、このポジションにはドイツ生まれながら母親の出身地であるフィリピン代表を選択したFWゲリット・ホルトマン、ガーナ代表のFWクリストファー・アントウィ=アジェイ、セルビア人MFのミロシュ・パントビッチといった猛者が居並び、浅野は彼らとのローテーションで起用されてきた。特に、ホルトマンとアジェイは第22節でバイエルン・ミュンヘンを撃破(4-2)した試合でともにゴールを決めており、浅野自身も当時は「チームメイトのほとんどが調子が良いから、なかなか厳しい」と苦笑いを浮かべていた。

 そんな浅野に、貴重な出場機会が訪れた。3月の国際Aマッチウィーク入り直前に、ホルトマンが新型コロナウイルスのPCR検査で陽性反応を示したのだ。実はホルトマンは今回、念願だったフィリピン代表での国際試合デビューを飾る予定だったが、これにより代表帯同を断念し、中断明けのリーグ戦出場も微妙な状況となった。そして、ライス監督はリーグ中断明けのホッフェンハイム戦でホルトマンを帯同させず、浅野を左ウイングの先発に抜擢した。

 Jリーグのサンフレッチェ広島、そしてアーセナル(イングランド)からのレンタルでブンデスリーガのシュツットガルトやハノーファーでプレーしていた時代の浅野はセンターフォワードでのプレーにこだわっていた。備え持つ走力はブンデスリーガでも際立っていて、その特性を生かすためにも最短距離で相手ゴールへ迫れる敵陣中央のポジションを重要視していた。

 しかし、パルチザンでのセルビア時代を経て、浅野はマルチロールへと変貌を遂げた。ブンデスリーガの舞台では最前線の1トップにポストワークやクロスボールからのフィニッシュを最重要タスクと課す傾向が強く、浅野が欲するポジションと役割がリンクしない状況下にあったことも彼の意識改革を促した。その結果、今季から加入したボーフムでは一貫してウイングプレーヤーとして尽力し、ゴールよりもチャンスメイクに心を砕いていたように思う。一方で、日本代表の一員としてカタールW杯本大会の出場権を得た今、本人はさらなるステップアップを目論んで前向きなリニューアルを図りつつある。

 ホッフェンハイム戦での先制ゴールは左サイドからカットインしてペナルティーエリア外から豪快な右足ミドルを突き刺した形だった。パルチザン時代もミドルシュートは決めていたが、左サイドからのカットインは新境地に達した感がある。一方で、1-1の状況からゲットした決勝ゴールはカウンターシチュエーションで相手センターバックと1対1の局面に挑み、ハーフウェーライン中央でその勝負に打ち勝ってフィニッシュした究極のストロングパターンだった。“新潮流”と“本筋”が融合した2つのゴールシーンは、浅野拓磨というプレーヤーの未来を切り拓く確かな道標となった。

カタールW杯の組分けの感想を聞かれるも、「今日のような一戦に全力を傾けて戦う」とコメント

 試合後、純然たるマン・オブ・ザ・マッチとして現地テレビ局「Sky」のインタビューを受けた浅野の表情は晴れ晴れとしていた。インタビュアーが「アサノはドイツ語よりも英語のほうが得意なので」と前置きしたなか、本人は淀みなく言葉を紡いで「いやー、今日はラッキーな面もありました」と謙遜した。

 また、この週はカタールW杯本大会の組み合わせが決まり、ドイツ、スペイン、大陸間プレーオフのコスタリカとニュージランドの勝者、そして日本がグループリーグE組で戦うことが決まっていた。

 当然インタビュアーがその話題を振る。

「ドイツと日本が同じグループリーグで戦うことになりました。どう思いますか?」

 必ず問われるであろう質問に破顔一笑した浅野は柔和な表情を崩さず、滑らかな英語でこう返した。

「僕が今プレーするドイツと、母国の日本が対戦することを嬉しく思っています。でも、カタールで僕がプレーできる保証はまだないですから。今は目の前の一試合、今日のような一戦に全力を傾けて戦っていこうと思っていますよ」

 インタビュアーが最後に「君はドイツ語も話せるんだよね?」と聞くと、浅野は正確なドイツ語で、「いやいや、少ししか喋れませんよ」と言ってはにかんだ。バイリンガルではないかもしれないが、この選手がヨーロッパの地で生きてきた証が、その所作に刻まれている。

 2009-10シーズン以来12シーズンぶりにブンデスリーガ1部で戦うボーフムは、日本のスピードスターの活躍で今季リーグ戦10勝目を挙げた。清く、逞しく、日本代表FWが創設から150年以上が経過したクラブの行末に眩い光を照らしている。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)