田村光正は、1年以上の徹底的な肉体改造で上位浮上 自己最高位フィニッシュをねらう(撮影:上山敬太)

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<東建ホームメイトカップ 3日目◇2日◇東建多度カントリークラブ・名古屋(三重県)◇7062ヤード・パー71>
「絶対にツアーで勝つんだ。この舞台で活躍するんだ」。2020年12月にそう誓い、1年以上鍛錬を積み重ねてきた、30歳の田村光正。国内開幕戦「東建ホームメイトカップ」の第3ラウンドで、この日のベストスコアとなる7バーディ・1ボギーの「65」で回り、首位と6打差の7位タイに浮上した。
プロ10年目の田村は、これまでツアーでの最高成績は昨年の日本オープンなどの23位タイ。ツアーでの「65」は自身のベストスコアでもある。「確実にグリーンに乗せて、チャンスを多く作ることを意識してプレーしていました。いい距離のバーディパットが入ったり、ショットがついたり、すごく落ち着いた6アンダーだったと思います」。この3日間、パーオン率4位、パーキープ率4位の数字が、田村のプラン通り進めていることが見て取れる。「かなり修行しました」とここに至るまでにはさまざまな苦労があったという。
兵庫県出身の田村は、関西学院高校からゴルフの名門・東北福祉大学に進学し、松山英樹とは同期。自身もナショナルチームに入るなど、松山とともにチームを牽引した。しかし大学4年時、ツアーの出場権をかけたQTは3次で敗退。「今までゴルフしかやっていなかったので、違うことをやってみよう」と、大学卒業後はクラブを置き、履歴書を送ってベルト会社に就職した。しかし、半年もするとゴルフへの未練を断ち切れずに、再びツアープロの道を目指す。
18年はツアーに8試合出場したが、予選通過2試合と結果を残せなかった。そして20年12月、新型コロナウイルスに感染。10日間の隔離を余儀なくされた。「このままじゃツアーに上がれない。何もできない部屋の中で自分とむき合いました」。今までやってこなかった筋力アップやプロとして戦うための意識改革など、「全部話すと3時間はかかる」とすべての面において取り組みを変えた。同時期に関西出身で親交のある同世代、木下稜介が賞金ランキング3位に飛躍する姿も刺激となった。
隔離明け翌日からトレーニングを開始し、多い時は週5、6日行って、徹底的に肉体改造。ハードに行った翌日は体が悲鳴を挙げるが「昔だったら次の日は休憩です(笑)。でもツアーで勝つ人はみんな乗り越えているんだろうと思って。自分も毎日成長するんだと言い聞かせてやりました」。アスリートというより格闘家のマインドでトレーニングを行うなど、毎日ゴルフと向き合う日々。2年前はドライバーの飛距離は260〜270ヤードだったが、今では300ヤード近くまで飛ぶようになった。
昨季、レギュラーツアーは日本プロゴルフ選手権(30位タイ)、日本オープン(23位タイ)の2試合に出場し、鍛錬の成果を感じた。昨年末のファイナルQTでは11位に入って前半戦の出場権を獲得。国内開幕戦のここまでの3日間の戦いも「正直いって、驚いていません」と、1年4カ月の取り組みの成果を実感している。
「ツアーで戦うためには、僕の場合、細かい技術も飛距離も足りないので、フェアウェイに打って、ラフにいったとしてもしっかりパーオンさせて2パットで上がる。これがベースです。無理してピンを狙わずグリーンを広く使います」。最終日も高いパーオン率と得意のパットでさらに上位を目指す。(文・小高拓)
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