ウニオン・ベルリンでプレーする日本代表MF原口元気【写真:Getty Images】

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【ドイツ発コラム】ブンデスリーガで奮闘する姿から見える原口の変化

 ウニオン・ベルリンのホームスタジアム「スタディオン・アン・デア・アルテン・フォルステライ」の小さなビジョンに、挑戦的な眼差しを向けた選手が右腕を振り上げてガッツポーズする姿が映し出されている。

 ウニオンの選手はサポーターから等しく「フッスバル・ゴッド(サッカーの神様)」と称され、もちろんMF原口元気もその1人である。

 新緑のピッチに立つ彼には躍動感がみなぎり、強靭な体躯を誇る他のブンデスリーガの選手と比して、その迫力は見劣りしない。いや、むしろ、その滾(たぎ)るような気迫は常に相手を凌駕していて、華奢に映るその姿とは対照的に局面勝負で相手をピッチに叩きつけることがしばしばある。

 日本でプレーしていた時と同じく「24」の背番号を纏う原口のプレースタイルは数年前から様変わりしている。かつて左ウイングで攻撃的な任を一新に背負って闘ってきた原口は今、時に獰猛(どうもう)なファイターとして、時に周囲を落ち着かせるコンダクターとして、そして時に周囲の仲間をサポートする脇役として、ピッチ中央でその存在価値を示している。原口は、赤と白のクラブカラーを掲げるこのチームに尽力できることを無常の喜びと捉え、どこまでも情熱的にピッチを駆けている。

 20代半ばを過ぎた頃、原口はこんなことを言っていた。

「ブンデスリーガのフィジカルとスピードは実際にそのピッチに立ってみないと分からなかった。そのうえで、どこかでのタイミングで、自身のプレースタイルを見直す時が必ず来ると自覚している」

 爆発的なダッシュで相手を突き放し、俊敏なカットインでゴールを射抜くプレーパターンを信条にしてきた原口はドイツの舞台で幾多の辛酸を嘗(な)め、その都度自身のプレースタイルを鑑みてきた。

 そのうえで、2018年から2021年の3年間在籍したハノーファーでは2部降格という試練も味わいながらトップ下という新たなポジションでの役割を得た。そして2021年夏、原口は1部に所属する旧東ベルリンの伝統クラブ、ウニオン・ベルリンからその実力を買われ、純然たる主力としてチームに迎え入れられたのである。

 ウニオンのウルス・フィッシャー監督は3-3-2-2といった特殊なシステムを用いる。GK、3バック、両サイドアタッカー、アンカー、ダブルインサイドハーフ、2トップという各ユニットが融合するなかで、原口は主に右インサイドハーフに配されることが多い。

 このポジションで左インサイドハーフのMFケヴィン・メーヴァルトとともに、FWタイウォ・アウォニイとFWシェラルド・ベッカーという強靭な装甲車のような2トップをサポートしつつ、アンカーのMFラニ・ケディラと連動して強烈なプレスワークにも勤しむ。

 今の原口は独善的なプレーに走らない。パスのほとんどはワンタッチで、ドリブルで前へ持ち出す頻度を極力控えている。相手とのフィジカルコンタクトは厭わないが、ボールを足もとへ置く時間は極小で、試合時間の大半はフリーランニングに費やしている。

 もし相手が自身の挙動に釣られてスペースを空け、そこに味方が飛び込んで相手ゴールに迫れたら、おそらく今の彼は至上の手応えを得て握りこぶしを作るだろう。自らを犠牲にして他者を生かす。その喜びを感じた今、30歳の原口は自らのサッカー人生に新たな道程が生まれたことを実感している。

豪州とのアウェー戦で終盤に出場、味方をフォローアップして2得点に関与

 カタール・ワールドカップ(W杯)本大会への出場が懸かった大一番のオーストラリア戦で、原口は最近の代表戦と同じくベンチスタートとなった。黙々とウォーミングアップに励むなかで試合はスコアレスで推移していた。その間、おそらく彼は自らの殊勲ではなく、日本が最も勝機を得られる方策に一点集中していたに違いない。

だからこそ、このまま引き分けで迎えるかもしれない最終戦のホーム・ベトナム戦にも思いを馳せながら、後半39分にMF田中碧に代わってインサイドハーフに入った後はボールを広範囲に動かす作業に没頭した。

 右エリアへ場面展開し、すぐさまフォローアップして右サイドバックのDF山根視来へボールを引き渡す。ここからMF守田英正とMF三笘薫へ繋がる“川崎ホットライン”が炸裂して待望の先制点が生まれたなか、原口は一連のアクションで一切、蛮勇(ばんゆう)を振るわなかった。

 2点目のダメ押し点も原口が三笘に受け渡したパスがきっかけとなった。この時も前のめりになることなく、むしろ時計の経過を目論んだスローアクションを選択した。血気盛んな頃は最小得点差のリード時でも玉砕上等の個人アタックを仕掛けた彼が、W杯本大会出場決定が目前に迫るなかでチームの勝利に邁進している。

 三笘のプレーがワンダーだった影で、その佇まいには歴戦の猛者たる重厚な趣があった。サムライブルーで「8」の背番号を纏う原口は、ドイツサッカー界の現場用語で「アハター(背番号8の意)」、すなわち「攻守両面で多大な役割を担う」責務を十全に負っていた。

 日本のゴールが決まった直後、原口はいずれも控えめに歓喜し、淡々とその場に佇んでいた。唯我独尊な若き日々を経て新たなる境地を得る。チームプレーの尊さと、それに邁進することで得られる成果に打ち震える。この静謐(せいひつ)な手応えは三十路を迎えた今だからこそ体感できる至福の勲章だ。

 だからこそ思う。数分間の貢献では満足しない。ウニオンで携えた自信と誇りを胸に、サムライブルー・原口元気は、自らのサッカーストーリーの第2章を鮮やかに彩る蒼炎の野心に燃えている。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)