フランクフルトでプレーするMF長谷部誠【写真:Getty Images】

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【ドイツ発コラム】たゆまぬ努力ににじむ長谷部が高評価を受ける所以

 2月26日、首位バイエルン・ミュンヘンとの重要な一戦に、気胸の診断を受けて戦線離脱を余儀なくされていた長谷部誠の姿があった。

 当初は1か月以上のリハビリ期間が必要と目されていたが、彼はわずか3週間でチームへ戻ってきた。ホームスタジアムのドイチェ・バンク・パルクの天井にぶら下がった大型ビジョンに彼が映し出されると、場内に拍手が鳴り響いた。38歳にして不屈の精神を携える日本人選手の姿は、“王者”を前にして萎縮しそうなフランクフルトのサポーターにも勇気を与えた。

 結局、試合は0-1でフランクフルトが敗戦を喫した。出場機会が訪れなかった長谷部は終了直後にゆっくりとベンチからピッチの中へ入り、味方選手全員と手を合わせて労をねぎらっていた。そのチームリーダーとしての振る舞いからは達観した雰囲気を感じた。しかし、それはすぐに誤解だったことが分かった。彼は同じくベンチ待機にとどまったチームメイト数人を従えて、すでにサポーターが帰路に着いて閑散とするスタジアムのピッチで何度も全力ダッシュを繰り返していた。

 この選手にはまだ明日がある。来たるべき時に備えて、たゆまぬ鍛錬に勤しむ。彼が今のドイツのサッカーシーンで高く評価される理由を、90分間のゲームの中だけでうかがい知ることはできない。

 3月2日、フランクフルトは2027年6月までの5年間にわたる契約延長を結んだ長谷部のオンライン会見を実施した。クラブ広報、そして記者に至るまで、多くのドイツ人が取り囲むなかで、長谷部は堂々とこの国の言葉でさまざまな質問に応えていった。

 今回の契約延長に関する報道がなされた際、長谷部は2022-23シーズン限りでプロサッカー選手としてのキャリアを終え、その後の4年間はコーチングスタッフなどの業務に従事すると伝えられた。しかし、それはすぐさま本人が自らのインスタグラムで否定し、この会見でも「身体が許す限りサッカーをしたい」と言い切った。

「普通は僕のような年齢(38歳)で現役を退くでしょうが、たぶん、僕は普通ではないんです(笑)」

 そう言って微笑んだ彼は、ブンデスリーガにおける最多外国人得点者である元ペルー代表FWクラウディオ・ピサーロが41歳まで現役でプレーしたことも引き合いに出して会見の場を和ませた。

5月のB級ライセンス試験に向けてカリキュラムに参加

 一方で、長谷部はクラブが現役引退後のフォローアッププランを提示してくれたことに感謝の意を示しつつ、「マルクス・クレシェやオリバー・グラスナーから、すでに学び始めることができる」とも語った。クレシェはスポーツディレクター、グラスナーはチームを率いる指揮官としてフランクフルトの職務に従事しており、ここに長谷部自身の今後の目標がおぼろげながらも示されている。彼自身は指導者、あるいはクラブ経営などに興味を抱いていて、現状では明確にその道筋を定めていない。

 ただし、下地作りは着々と進行している。欧州サッカー連盟(UEFA)が発給するプロのトップカテゴリークラブを指揮できるS級ライセンス取得までには幾多の試練が待ち受けるが、長谷部はすでにその足掛かりとなるB級ライセンス取得のカリキュラムに参加し、フランクフルト市内近郊のリーダーヴァルト(Riederwald)という町にある小規模なサッカークラブの施設へ自家用車で出かけていると明かした。

「B級ライセンスの試験が5月に予定されているんです。今は、(その取得講座の中で)みんなと一緒にトレーニングしたり、選手たちのプレーを観察したりしています。でも、その結果、僕はサッカーのトレーニングを考察するよりも、サッカーをプレーするほうが好きなのだと気づきました(笑)」

 その言葉どおり、今の長谷部は次に待ち受ける公式戦へと目を向けている。チームは現在、彼が戦線離脱してからリーグ戦3連敗中で、順位も来季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得圏内の4位RBライプツィヒと勝ち点9差の10位(勝ち点31)と徐々に順位を落としている。一方で、今季のフランクフルトはUEFAヨーロッパリーグ(EL)へ出場してベスト16まで勝ち上がり、来週3月10日にはレアル・ベティス(スペイン)との第1戦が控えている。ここから巻き返しを図りたいフランクフルトにとって、長谷部の帰還は純然たる戦力として計算できる。

プレッシャーを“ポジティブ”に捉えて上位を狙う

 グラスナー監督は今季開幕からしばらくして、指揮官が昨季まで率いたヴォルフスブルクでのチームスタイルに倣ってシステムを4-2-3-1に変更。しかし、勝ち切れないゲームが続き、昨年末から前任のアディ・ヒュッター監督が用いた3-4-2-1へ回帰してチーム状況を立て直した。

 その際、グラスナー監督はチーム内の模範としてピッチ内外で大きな影響力を及ぼす長谷部を主に3バックのリベロで起用し、その効力を十二分に活用してきた。そして今、待ち受ける重要なゲームを前に、再び彼の力が求められる時が来た。

「僕らはお互いにたくさん話し合って、より良いプレーをしたいと思っています。今はすべてが上手くいっているわけではないですが、ピークに達することはできると思っている。そのために、僕らは団結してともに戦い続けなければなりません」

 週末に控えるのは首都ベルリンを本拠とするヘルタ・ベルリンとのアウェーマッチだ。そのヘルタは現在、ブンデスリーガ2部3位との入れ替え戦へ回る16位に低迷している。フランクフルトとしては下位から確実に勝ち点を得て、再びの上位争い、そして悲願のEL制覇に向けて弾みをつけたい。

 思慮深さの中に決然たる意思がみなぎる。

「もちろん、今の僕たちはプレッシャーに晒されている。でも、それをネガティブなものと捉える必要はない。次のゲームに集中して、それに勝てば、もう一度上を見上げることができると思っている」

 重厚に長く、ブンデスリーガ・長谷部誠の挑戦の旅はまだ、連綿と続いている。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)