シュツットガルトでキャプテンを務めるMF遠藤航【写真:Getty Images】

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【ドイツ発コラム】常にリーダー役を担ってきた遠藤の資質は唯一無二

 遠藤航は、いつの時代も時のチームのリーダー役を務めてきた。

 本人曰く、「サッカーを始めた頃、小学生の時からキャプテンを任されてきた」という。プロデビューした湘南ベルマーレでは若くして者貴裁監督からその任を受け、2016年のリオデジャネイロ五輪でもU-23日本代表の一員として左腕にキャプテンマークを巻いた。その後に移籍した浦和レッズでは先輩の阿部勇樹を影で支える役割に回ったが、海外へ旅立ってからはベルギー1部シント=トロイデンを経て、現所属のドイツ1部シュツットガルトで当然のようにキャプテンを務めている。

 海外クラブでキャプテンの任を拝命するのは、それほど簡単なことではない。選手サイドのリーダーには指揮官と選手の間に立って調整役を果たすにはそれなりの言語能力と、状況を十全に把握して適切な選択を施す判断力が必須だからだ。

 例えばブンデスリーガに所属した日本人選手でシーズン開幕から正式にキャプテンを任されたのはハンブルガーSV時代の酒井高徳(ヴィッセル神戸)が唯一で、日本では「正真正銘のリーダー」と称される長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)であっても、実は所属クラブでチームキャプテンに任命されたのは、2020-21シーズンのフランクフルトで正キャプテンのDFダビド・アブラームがシーズン途中に現役引退したことで急遽就任してからの約4か月半しかない。

 そんななか、遠藤は2021-22シーズン、ペレグリーノ・マテラッツォ監督から正式にチームキャプテンを任された。しかも指揮官がリーダーを選任したのは、遠藤がオーバーエイジ枠で東京五輪のU-24日本代表に参戦していたプレシーズンキャンプの時期だった。

「我々のキャプテンはみんなを引っ張り、我々の価値観を体現し、手本を示す存在であらねばならない」

 マテラッツォ監督から全幅の信頼を寄せられる遠藤が実際にどのような振る舞いを見せているのかが気になった。ならば現地に赴いて、この目で確かめてみよう。そう思い立ち、筆者は居住地のドイツ・フランクフルトから約200キロの距離にあるシュツットガルトのホームであるメルセデス・ベンツ・アレーナまで車を走らせた。

デュエルの強さとスキルの高さはドイツの土壌とマッチ

 新型コロナウイルス感染症の流行による行動制限措置はドイツ国内でも州ごとに設けられている。シュツットガルトが属するバーデン・ビュルテンベルクも現在は大規模イベント開催における人数制限を定めており、今回取材したブンデスリーガ第23節のボーフム戦は収容人数の約3分の1にあたる約2万枚のチケット販売に限定されていた。

 試合開始前のウォーミングアップを観るのが好きだ。筆者がスタジアム内に到着した時にはアウェーチームのボーフムの選手たちが芝生の状況を確かめていた。その中には日本代表FW浅野拓磨もいたが、彼は以前にこのスタジアムをホームとするシュツットガルトに所属していた選手でもある。

 プレッシャーが生じないなかで実行されるプロサッカー選手のスキルには感嘆する。そんななか、遠藤はピッチの横幅を数センチの狂いもなくパスを放っていた。思えばJリーグでプレーしていた時代から、彼のロング、ミドルのパス精度は群を抜いていた。ブンデスリーガで重要視されるのは局面強度の高さ、そしてベーシックスキルの確かさだと思っている。その意味では、遠藤の能力は間違いなくドイツの土壌に合っている。

 スタジアムDJが発するホームチームの選手紹介も、ブンデスリーガのゲーム観戦の楽しみの1つだ。ブンデスリーガクラブの大半のスタジアムDJは選手のファーストネームを叫び、それに呼応してサポーターたちがラストネームを唱和する。その声量で人気度が示されるわけで、選手たちも気が気でないかもしれない。

「ヌマー(ナンバー)、ドライ(3)、カピテン(キャプテン)! ワタル!」
「エンドゥー!」

 遠藤という名字はドイツ人にとって発音しやすいのかもしれない。想像以上のコールが鳴り響き、この時点で、如何にこの選手が所属クラブのサポーターから信任されているかが分かる。

 遠藤は言葉も巧みに駆使する。すでにベルギーでプレーしていた時代に英語でのコミュニケーションに支障がなくなっていた彼は今、少しだけドイツ語を覚えて周囲との関係を築いている。

「いや、本腰を入れて覚えようと思ったら、すぐに習得できると思ってるんですよ。でも、ドイツでは英語も通じるから、今は絶対にドイツ語が必要だと思っていないだけで」

 彼がそう言うと、「そうなのかも」と思えてしまう。ニヤリと笑う表情もまた、不敵さとともに達観した風情を醸している。

ボーフム戦は勝利目前に同点に追いつかれるも最後まで諦めず

 試合開始のホイッスルが鳴る直前まで、遠藤がサブリーダーのひとりであるDFヴァルデマール・アントンと何やら会話を交わしている。今の彼に課せられたポジションは4-1-4-1のインサイドハーフだ。かつてはボランチでのプレーにこだわりを見せていたが、今はアンカーでもダブルボランチでも、あるいは攻撃的な役割もまったく厭わない。試合状況によって立ち位置や役回りが変化するマテラッツォ監督の「ポジショナルプレー」の概念下で、遠藤のプレー傾向も多様化しつつある。

 前半のシュツットガルトはスムーズにボールを前進させられない所作が目立った。このゲームまでにリーグ戦7試合未勝利というチーム状況を象徴するように、各エリアでノックダウンする症状が見られる。

 それでも遠藤の表情には焦りが感じられない。味方のコーナーキック(CK)の時にはあえてフィールドプレーヤーの最後方で構えて様子見している。空中戦に強く、セットプレーから何度もゴールを決めてきた彼が屈強な味方守備陣を敵陣ゴール前へ促す姿からは、チーム全体の自信回復こそが復調の足がかりになるという確信に満ちた意思がにじみ出ている。

 先制点は後半11分、シュツットガルトの左CKからオレル・マンガラがヘディングしたボールが相手DFの体に当たってゴールイン。味方の中で最も遅れて歓喜の輪に到達した遠藤が、皆の気を引き締めるようにパンパンと手を叩いている。

 前節のバイエルン・ミュンヘン戦で4-2のジャイアントキリングを演じたボーフムが反撃を図る。失点直前に途中出場していた浅野が左サイドを疾駆してシュツットガルト陣内を切り裂く。一点死守が大命題となったことを自覚したマテラッツォ監督は後半28分に伊藤洋輝をピッチへ送り込み、彼を本職ではない左サイドバック(SB)に据えて陣形を5バックへと可変させた。

 あと少し、もう少し。アディショナルタイムに入り、場内のボルテージも最高潮に達した刹那、背後から迫る相手を認識できなかったDFコンスタンティノス・マヴロパノスが自陣ペナルティエリア内で相手を倒して痛恨のPKを献上してしまう。土壇場で同点に追いつかれてうなだれる味方を尻目に、果敢に敵陣へ打って出た遠藤が左クロスに反応してジャンプ一番、痛烈なヘディングシュートを打ち込むも、ボールは無情にもバーの上を通過してゲームは終焉した。

サポーターからも愛される確信の振る舞い

 試合終了後、テレビインタビューを受ける遠藤に向けて、メインスタンドのサポーターから「エンドゥー! エンドゥー!」という掛け声が何度も投げかけられた。遠藤は時折、自らが着ていたユニホームをサポーターに進呈することがある。この日もサポーターが「3」と刻まれた戦士の証をこぞって求めたが、遠藤は茶目っ気たっぷりに着込んだジャージの隙間から中を見せて、「もう、脱いじゃった。アンダーシャツしかないよ」と呟いている。

 悔いの残るドロー劇、リーグ戦8戦未勝利。それでもキャプテンは意気消沈する姿を一切見せない。可能性が途絶えるまでファイティングポーズを貫く。歴戦が彼の心根を育む。虚勢ではなく確信の振る舞いが、彼をリーダーたらしめている。

 少し遅めにスタジアムを出て、メディア窓口に預けた身分証明用のIDカードを受け取りに行った。どうやら筆者が最後のメディアだったようで、受付の女性が腕組みするように待ち構えている。身構えながら「すみません……」と声を掛けると、厳しい表情を一変させて彼女が言った。

「何言ってんのよ。私たちの選手を観に来てくれたんでしょ。こちらこそ、いつもありがとう。良い週末を。私たち、来週は勝つわよ」

 頼もしきキャプテンに牽引されて、赤と白をクラブカラーとする古豪が、来たるべき反攻を期している。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)