米国生まれのフィギュアスケート中国代表ジュ・イーが中国国内から過剰なバッシングを受け、日本でも話題に【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#98 “フィギュア界のこれから”へ3つの提言

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。五輪2大会に出場し、「THE ANSWER スペシャリスト」を務める鈴木明子さんは大会佳境を迎えた今だから伝えたい、未来への3つの提言を行う。

 第3回は「フィギュア界の誹謗中傷問題」。昨夏の東京五輪でSNSの誹謗中傷が各国で表面化。日本人選手も声を上げ、社会問題に。北京五輪前にはスポーツ庁の室伏広治長官が心ない投稿の抑止を求める異例の呼びかけも行った。しかし、米国生まれのフィギュアスケート中国代表ジュ・イー(朱易)がミスが続いた団体戦で、中国国内の過剰なバッシングが日本でも話題に。現役時代は誹謗中傷が書かれた手紙が届いたこともある鈴木さん。女子のトップ層には10代も多いフィギュア選手を守るために求められることを語った。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 東京五輪以降、アスリートへの誹謗中傷が社会問題になりました。私も現役時代、心ない手紙をもらったことがあります。

 20代で競技続行か現役引退か悩んでいた頃、便箋4枚にも5枚にもわたって「おまえなんて早く引退しろ」という言葉が続くもの。また、摂食障害から復帰して競技をしていたことがメディアから発信されると「病気を使った売名行為だ」と言われたこともあります。そういう時は母やコーチに率直に苦しい気持ちを伝え、周りが明るく笑い飛ばしてくれたことで気持ちが楽になりました。

 一方で、私はいつも周りの選手たちがすごく強く、自信を持っているように見え、「なんで私はこんなに弱いんだろう」と常に不安を持って競技を続けていました。引退を決めていた2014年ソチ五輪のシーズン、オリンピックの舞台がかかっていたプレッシャーもあり、めまいや不眠の症状が出始め、私は引退するその日まで精神安定剤を服用しながら、競技を続けていました。

 五輪を目指し、戦うプレッシャーというのはそれくらい大きい。当時、選手間で誹謗中傷などの問題を話すことはありませんでしたが、4年に一度しかない五輪だからこそ注目度は大きくなるもの。

 2010年に初めて出場したバンクーバー五輪では、金メダル候補だった浅田真央選手とキム・ヨナ選手(韓国)がクローズアップされました。けれど、2人のライバル関係と、国と国の関係を一緒にしてしまったかのように、メディアもファンも捉えていると感じる部分がありました。本人たち同士は仲が悪いなんてことは全くないのに。とても怖さを感じたことを覚えています。

 私自身は五輪に出て、メダルを獲ることはできませんでしたが、厳しい声より温かい声に触れることが多かった。特に、バンクーバー五輪は帰国後に「私のこと、こんなに知ってくれた人がいるんだ」と驚いたくらい。選手たちもそうした人たちがいることを知ってほしいです。

SNSの発達、選手を支える“大人”の教育が必要な時代に

 しかし、今と時代は違います。大きいのは、SNSが一般生活に浸透してきたこと。

 例えば、全日本選手権の代表選考発表後はひどい言葉が飛び交っていました。安藤美姫さんもツイッターで(警告の)発言をされていましたが、絶対に選手の目にも触れてしまっていると感じました。これは、誰も得をしないこと。

 また、今大会の女子シングルはロシア勢が強いと言われ、大会前から「どうせ、ロシアには敵わない」「どうしてメダル獲れないんだ」という声を目にしました。それぞれの実力やレベルは選手自身が一番分かっている。

「なんで、日本人は4回転を跳べないんだ?」と言われても、そう簡単に跳べるものじゃない。スポーツはやってみなければ分からない。にもかかわらず、はなから勝負にならないというような言葉を見ると、すごく悲しくなりました。

 アスリートにも周囲の声を気にしない人もいれば、たった一言が心に深く刺さる人もいます。普段からフィギュアを応援してくださっている皆さんも「あの選手にこの演技は似合わない」「あの点数はどうなのか」など、気軽に発した言葉に傷つくかもしれません。

 そうしたことを改めて知ってもらいたいと同時にフィギュア界として必要になるのは、まず選手自身が不必要な情報は「入れない」「見ない」を心掛けること。そして、特に10代の選手に対しては連盟やコーチ・保護者の教育も求められる時代になったと思います。

 親ですら、子供がスマホで何をしているか分からないことがある。SNSは便利である反面、本当の良さも怖さも知らないまま触れてしまう怖さもある。大人がそうしたリスクをしっかりと伝えてあげることが必要です。

思うような結果が残せなかった選手へ「胸を張って日本に帰ってきて」

 今大会出場した選手のなかには期待に応えられた選手と、そうでない選手がいるかもしれません。

 一番悔しいのは自分自身。五輪の場で思うように演技できないことを望んでいる選手なんて誰一人いない。一生懸命にやらない選手は、あの舞台に立つことなんてできない。でも、どれだけ努力をしてきても、うまくいかないことは人生にはある。

 それはアスリートに限らず、一緒ではないでしょうか。もちろん、五輪選手は国から派遣される存在。私もメダルを獲れなかった人間なので、厳しい声を受けることは理解できます。ただ、彼らもアスリートである前に人間であることを見る側の方も忘れてほしくありません。

 また、選手たち自身がとてつもない努力をしたから日本の代表になり、あの舞台に立てた。そのリスペクトをもってくれたらと思います。

 思うような結果を残せなかった選手の皆さんの苦しい気持ちは容易に想像できます。でも、そこで人生は終わりじゃない。長い人生で悔しさを何らの形で生かすことができれば、それは何の失敗でもない。怖がることなく、胸を張って日本に帰ってきてほしい。

 そして、競技を続ける選手はまた思う存分にリンクの上で力を発揮してほしいと思います。

【私がフィギュアスケートを愛する理由】

「生きていれば、成功の裏には失敗があり、つまずくことがあります。たとえ、ミスが出て、転んでも立ち上がっていくフィギュアスケートは、2分40秒なり、4分なりに人生が凝縮しているような感じがします。しかも、その人が歩んできた道のりや感性がそのまま、氷に映し出される。シングルはたった1人で氷の上に立ち、自分の人生がさらけ出されているような感覚。それが見る人たちに伝わり、ジャンプの成功にものすごく胸が高鳴ったり、失敗して『頑張れ!』と思えたり。そういうところが、私は好きです。

 もう一つ、フィギュアスケートは転んでも怪我など大きなことでレフェリーが止めない限り、最後まで滑り切れる。3回転んだら音楽が止められ、『ハイ、終わり』となるわけではない。転ぼうが、つまずこうが、自分が諦めない限り立ち上がり滑り切ることができる。そこが人生と一緒だと感じるんです。失敗しない人間なんていない。だからうまくいったときに大きな喜びが生まれる。選手それぞれの生き様が氷の上で描かれる。人生が詰まっている競技だと私は思います」(THE ANSWERスペシャリスト・鈴木明子さん)

 ※「THE ANSWER」では北京五輪期間中、取材に協力いただいた皆さんに「私がフィギュアスケートを愛する理由」を聞き、発信しています。

鈴木 明子
THE ANSWERスペシャリスト プロフィギュアスケーター
1985年3月28日生まれ。愛知県出身。6歳からスケートを始め、00年に15歳で初出場した全日本選手権で4位に入り、脚光を浴びる。東北福祉大入学後に摂食障害を患い、03-04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。10年バンクーバー五輪8位入賞。以降、12年世界選手権3位、13年全日本選手権優勝などの実績を残し、14年ソチ五輪で2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に29歳で現役引退した。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、全国で講演活動も行う。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)