「N高等学校」が紀平梨花をはじめとする高校生アスリートを支援する理由とは【写真:Getty Images】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#61 連載「銀盤のささえびと」第5回・N高等学校後編

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

 連載「銀盤のささえびと」では、選手や大会をサポートする職人・関係者を取り上げ、彼らから見たフィギュアスケートの世界にスポットライトを当てる。今回は「N高東京」後編。19、20年全日本女王の紀平梨花(21年卒)を代表格に多くのフィギュアスケート選手を支援する通信制高校「N高等学校」。後編はアスリートクラスを創設し、高校生アスリートを支援する理由について聞いた。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 フィギュアスケート選手が所属し、知られるようになった「N高」。不登校だった生徒もいれば、東大を目指す生徒もいる、生徒1万7000人の異色の「ネット高校」はなぜ、彼らを受け入れ、応援するのか。

 37人が在籍する同校の「アスリートクラス」でフィギュア選手は、アイスダンス全日本ジュニア2連覇の吉田唄菜、昨年の全日本ジュニアに出場した垂水爽空、ドイツに拠点を置いて昨年のドイツ選手権女王・畑川彩の3人。さらに、テニスのウィンブルドンジュニアで優勝した望月慎太郎のほか、サッカー、バレーボール、サーフィン、スノーボード、スケートボードなど競技は多岐にわたり、パリ五輪出場が期待される逸材もいる。

 2016年のN高創設に携わり、2020年4月に「アスリートクラス」も作った奥平博一校長は「私がN高を作る前からスポーツをトップレベルでやりながら、どう学校に通うか悩んでいる生徒は多かった」と支援の背景を語る。

 以前から通信を利用し、選手を受け入れるスポーツの強豪私学はあった。「それでは学校として応援する形は取れない。行きやすいから所属はしているけど、指導を特別受けるわけでもない」。通信制の新しいスポーツ支援を目指したアスリートクラスを立ち上げた。一般生徒と同様、レポートの提出・スクーリングの出席・テストの受験の3つの項目を完了し、単位を認定する。

 特徴は競技に生かせる授業の充実だ。体作りに必要な栄養学やトレーニング方法に加え、いまどきらしいSNS活用術など、各ジャンルの専門家を招待。本校がある沖縄・うるま市でJリーグ入りを目指すクラブチーム・沖縄SVを立ち上げ、アスリートクラスの顧問を務めるサッカー元日本代表FW高原直泰さんのほか、柔道の元世界女王・山口香さんらも、世界で戦うアスリートの心構えを説く。

「インターネット環境さえあれば、時間も場所も選ばず、どこでもできる」と奥平校長が語る通り、アスリートのメリットは大きい。

同じN高フィギュア選手らの活躍で「他の生徒が勇気づけられる」

 それは、練習環境が特殊なフィギュアスケート選手にはなおさら。拠点とするスケートリンクは数が限られ、練習時間は早朝や深夜が多い。まして遠征が多く、トップ選手になれば10代でも海外での合宿や大会がざらにある。

「世界中どこにいても授業は受けられます。練習の合間をうまく使い、時間がある時はしっかりと受けておいて、試合前には少し休んで調整ができる。その点はフィギュアスケートをする生徒たちに合っています。紙のやりとりも全くなく、すべてパソコンもしくはスマホでできますから」(奥平校長)

 選手もその環境を生かしている。アスリートクラスで長く担任を担当し、選手をサポートしてきた小嶋春輝教諭は「(アスリートクラスには)“やるべきこと”である学習と“やりたいこと”である競技活動をよく考え、計画的かつ熱意をもって取り組むことができ、競技のみならず私生活や苦手なことにも試行錯誤しながら前に進むことができる生徒が多いです」と印象を語る。

 その代表的な存在だったのが紀平だった。中学のジュニア時代から世界レベルで活躍。シニアに転向する18-19年シーズンの春に入学した。「彼女はキツイ練習もこなしながら、勉強も凄く頑張っていた。自己管理がしっかりとできる生徒でした」と奥平校長。在学期間中に4大陸選手権と全日本選手権を連覇するなど活躍。「紀平のN高」と言われることも増えた。

 また、紀平の1年先輩で19年全日本選手権3位・川畑和愛(現早大)は通学コースに在籍。2、3年次に担任を務めた石井郁子教諭は「競技に対する姿勢や生活はもちろんストイックでしたが、単位修得のための学習、受験勉強、学校行事、趣味、何事にも一生懸命で手を抜かない」と振り返る。

「朝の練習を終えてスーツケースを引いて登校し、睡魔と闘いながら真剣にメモを取って動画教材に取り組む姿は忘れられません。海外遠征で朝に羽田空港に到着し、そのまま登校して模試を受けたことも印象的。競技に打ち込みながらも普通の高校生活を送りたいと通学コースを選び、学校行事にも積極的に参加していました。キャンパスごとの文化祭では、屋台の下ごしらえで野菜をひたすら切っていたのを思い出します」(石井教諭)

 ひたむきな努力で結果を求め、競技力を高める彼女たちの存在は、N高等学校として好影響があった。

「同じ15〜18歳というN高の高校生が活躍することで、他の生徒が勇気づけられる。これが一番大きい。アスリートクラスの生徒には『N高1万7000人の生徒がみんな応援してくれている』とよく言います。うちの代表のような存在。特にフィギュアの選手は舞台が世界ですから」(奥平校長)

 前編に記した通り、同校にはさまざまな事情で通う生徒がいる。最も必要としているのは「生徒が自分自身に自信を持つ」ということ。アスリートとして輝く彼らは、同じN高生として希望となり、活力となり、それぞれの成長につながっていく。

 これこそがフィギュアスケートを含め、N高がスポーツを頑張る高校生を応援する理由でもある。

N高として描くスポーツ支援の未来「光っていく過程を応援したい」

 紀平は北京五輪代表の有力候補だったが、右足首の故障により選考会となる全日本選手権を欠場。N高出身初の五輪出場を逃した。しかし、かつて自主トレで沖縄に滞在し、本校を訪問してくれた際に素朴な人柄に触れた奥平校長は「我々としては大会で優勝してほしいというより、なによりも健康で自分の力を出してくれること。その上で、続けられる限りは挑戦してもらいたいだけ」と未来に向けてエールを送る。

 では、N高として描く未来とはどんなものか。

「本当のトップアスリートになれば、それなりに選手として完成していく。私たちが応援するのは、今からそこに向かっていく生徒たち。まだスポンサーがついていない、トレーナーの指導を受けられない高校生世代の選手はたくさんいる。そうやって、これから光っていく過程を応援したい」

 そして、もう一つあるのはセカンドキャリア。

「アスリートとしてやり切った後のことを考えてあげないといけません。うちに来る生徒は単に競技だけではなく、将来もしっかりと考えている。だから、進学しておこうとやってくる。テクニックなど目の前の競技だけでなく、人生の裾野を広げてあげられるように応援していきたい」

 銀盤で輝く選手を陰で支え、未来を明るく照らす。「N高東京」もフィギュア界の大切な“ささえびと”だ。

【私がフィギュアスケートを愛する理由】

「イナバウアーで有名になった荒川静香さん(トリノ五輪金メダリスト)の頃からフィギュアスケートは見ていました。一つの演技で体力を使い果たすと聞いたことがあります。綺麗に美しく見えるけれども、物凄いパワーが必要。競技によっては試合中に苦しさを見せることがある。でも、フィギュアスケートの選手の皆さんは演技中、苦しさなんて全く見せない。これは本当に凄いと思って、魅了されています」(N高等学校・奥平博一校長)

■学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校

 沖縄・うるま市伊計島に本校がある私立通信制高校。2016年に開設し、生徒数はS高等学校とあわせて20,603人(2021年9月現在)。全国に19のキャンパスを持つ。1800人以上の部員がいるeスポーツと美術部のほか、起業部、投資部、政治部などユニークな部活もある。通学コースには特進クラスもあり、2020年度は東大合格4人(うち現役3人)。東京パラリンピック閉会式でオープニングの映像・音楽制作を担当し、パフォーマンスに参加したSASUKEさんのほか、eスポーツ選手、棋士、アイドルなど多彩な在校生・出身者がいる。スポーツ界ではフィギュアスケート・川畑和愛、紀平梨花、テニス・望月慎太郎ら。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)