NY州では大半の屋内の公共施設におけるマスク着用義務が撤廃された。だがインフレはそう簡単には収まりそうもない(写真:AP/アフロ)

2月に入って、アメリカのインフレ懸念が一段と高まっている。まずは4日に発表されたアメリカの1月雇用統計の結果がサプライズだった。

非農業部門の雇用者数は前月から46万7000人増と、20万人前後の増加を見込んでいた市場の予想を大きく上回った。しかも、前年12月の雇用増は19万9000人から51万人に、同11月は24万9000人から64万7000人に、それぞれ大幅に引き上げられた。

アメリカの雇用の先行きは一段と改善へ

サプライズとなったのは、雇用者数の増加だけではない。インフレの先行指標として注目度が高まっている「時間当たり賃金」は前月比で0.7%増と、やはり予想を上回る高い伸びとなった。前年同月比でも5.7%増と、2020年5月以来の高い伸びを記録した。

一方で失業率は4.0%と、前月の3.9%からわずかに上昇した。だが、これも失業率の算出の母数となる労働力人口が139万3000人と大幅に増加、労働参加率も62.2%と、やはり2020年5月以来の高水準になったことが背景にある。

つまり、雇用の先行きが明るくなり、職探しを再開した人が大幅に増加したため、結果的に少し失業率が上昇してしまっただけであり、決して弱気の内容と判断するべきではない。失業率を算出する家計ベースの調査では、就業者数が前月から119万1000人増と、こちらは2020年6月以来の大幅な伸びとなっている。

今回の雇用統計は「新型コロナウイルスのオミクロン株感染拡大の影響があるので、雇用は伸び悩むのではないか」との見方もあった。実際、雇用統計に先立ち2日に発表された民間雇用サービスADP社のレポートでは、雇用数が前月から30万1000人の減少と、マイナスとなった。

季節調整値の変更や、コロナ判定で陽性となり業務につくことができなかった従業員の取り扱いをどうするかなど、雇用増の背景はいろいろと指摘されている。だが、雇用統計の数値が改善したのは「労働力不足の問題が急速に広がる中、企業が過剰に雇用を確保しようとした結果」というのが現実だろう。

アメリカではオミクロン株感染はピークを越えたものの、直近まではそれこそ尋常ではないペースで広がった。確かに重症になる可能性はこれまでの変異株よりは低いものの、感染すると自宅待機を求められる。

テレワーク対応ができる業務ならまだしも、実際に現場に出ての業務が求められるサービス業などの職種では、人手不足の問題が解消していない。昨年のクリスマスあたりから、航空会社がパイロットやキャビンアテンダントの不足によって大量の欠航に追い込まれたことがニュースとなったが、こうした状況は当然のようにほかの業種にも広がっていった。

雇用引き留めのために一部では「2重払い」も

企業側は従業員がコロナ陽性となった場合、業務継続のためには代替の人材を確保する必要に迫られる。今の人手不足の状況下では、そうした人材も簡単には集められず、賃金が急速に上昇しているというわけだ。

一方、感染して自宅待機となった従業員にも、十分な給料を支払い続ける必要がある。そうしないと、コロナから回復した従業員が他社に引き抜かれてしまうからだ。

結果として企業は、コロナ感染で一時業務ができなくなった従業員にも、ピンチヒッターで雇った従業員にも、今までよりも高い給料を支払わざるをえなくなっている。雇用が予想を大幅に上回る伸びとなっているのは、こうした企業の過剰雇用によるものであり、時間当たり賃金の大幅な上昇も同じ理由によるものと、考えてよい。

実は、こうした状況は1918年から感染が急速に拡大したスペイン風邪のときにも見られており、パンデミック特有の現象ということができる。感染が収束に向かうまで、まだしばらく過剰雇用と賃金の上昇が続くのではないか。

こうした状況は、もちろん企業にとって大きな痛手だ。割高な賃金を、業務に必要な数を大きく上回る従業員に支払い続けないといけないのだから、雇用コストの上昇は相当なものだ。当然、これは値上げという形で消費者に転嫁せざるをえない。

代表的なのがアマゾン・ドット・コムの対応だろう。3日の引け後に発表された同社の昨年10〜12月期決算は1株当たり利益が27.75ドルと、3.77ドルとしていた市場予想を大幅に上回った。利益の大幅な増加そのものは株式売却などの特別利益計上によるもので、売上高や今年1〜3月のガイダンスは市場予想を下回ったことからもわかるとおり、内容は決して強気一色というものではなかった。

それでも同社の株価は市場予測を上回ったことで一時大幅に上昇、アメリカ市場全体にも買いが集まった。だが、1株利益や売上高以上に市場の注目を集めたのは、サブスクリプションサービス「アマゾンプライム」のアメリカでの年会費を2月18日から引き上げると発表したことだろう。年会費はこれまでの119ドルから139ドルへと、約17%もの値上げとなる。

これはミクロ的な視点で見れば、同社の収入増につながることから、株価の上昇要因かもしれない。だがマクロ的な視点で見ると、コスト増を背景とした物価上昇が本格的に始まっていることを示唆する、警戒材料と受け取るべきだ。

そもそも、アマゾンは注文の受け付けこそオンラインだが、その後は商品配送という、多くの労働力を必要とする事業が付随している。「アマゾンプライム」の値上げが人件費の高騰を受けての決断だったことは間違いないし、影響力の大きい同社の値上げに同業をはじめとしたほかの企業が今後追随する可能性も高い。

供給不足よりもはるかに厄介な「賃金インフレ」

昨年までの物価上昇は、主にサプライチェーンの混乱に伴う供給不足の問題や、需要の急速な回復、商品価格の高騰による部分が大きかった。だが、今後は賃金上昇がインフレの主因となる可能性が高い。これは供給不足の問題よりもはるかに厄介で、長期的なインフレにつながるとみておいたほうがよい。

実際、10日に発表された1月の消費者物価指数は前年比で7.5%の上昇と、1982年2月以来、40年ぶりの高い伸びとなり、インフレ圧力がさらに強まる可能性が高まった。これでFRB(連邦準備制度理事会)が3月15〜16日に開く次回FOMC(連邦公開市場委員会)で、積極的な金融引き締めを打ち出さざるをえなくなるとの見方が急速に広がっている。

市場では、3月のFOMCで2000年以来となる50bp(0.5%)の利上げが実施される可能性が一段と上昇している。だが、次の5月開催のFOMC以降も断続的な利上げが実施されるのはもちろん、FRBがバランスシート縮小というQT(量的金融引き締め)も速やかに乗り出すことも十分にありうる。

消費者物指数の発表を受けて、アメリカの10年債利回りは2%の節目をあっさりと抜けた。だが、ここがピークとはならず、今後もさらに上昇していくことになりそうだ。FRBが断続的に金融引き締めを行う結果、金利上昇を嫌気する形で株価が下落する局面が長期間続きそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)